さわらせる
「頼みがあるのだが」
塀の上でうたた寝をしていると、突然誰かが声をかけて来た。私はびっくりして返事も出来なかった。そりゃあ驚きもするわ、だって相手は人間の男。普通、大の大人が猫に話しかけるなんてしない。それも塀の上に私と向き合って小さく座っている。長髪の男は若干ほおを染めて早口で言った。
「肉球を触らせて欲しいのだ!」
「………」
肉球?またおかしな人間に会ったものだ。
「その綺麗な容姿と態度からして、肉球もきっと普通の猫とは違ったまた高級な肉球に違いない!触らせてもらえないだろうか!?」
きらきらとした瞳で見つめてくる。どんだけ肉球触りたいの?
「…む。やはり、言葉が分かっていないのか?だからな、これ。肉球。触りたい。」
私の前足を指差して、ジェスチャーで伝えはじめたその男。ここ、町の中って分かってる?町の人達が見たら…なかなかシュールな画だよね。
しばらく動かずに様子を見ていたけれど、全く諦める気配がない。…仕方ないわね。ちょっとだけなんだからね。スッと右前足を前に出した。
「おおっ!分かってくれたか!では失礼して!」
すぐさま手に取ってぷにぷにし始めた。あんまり気持ち良いものじゃないんだけどなあ、こっちは。私の気持ちなんて知るはずもなく、ひたすらぷにぷにしている。
「すごいな!やはり、ぷにぷに感が違うぞ。猫の中の猫だな。猫様と呼ばせてもらおう!」
なにそれ!猫に様って!
「素晴らしいな肉球というものは!」
ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに。
…てか、もういいかな。もういいよね?いつまでぷにぷにする気なのこの人。いいかげんうんざりなんだけど。
「この快感…くせになりそうっ!」
テンションが上がっているのだろうけど…引くわー、ものっすごい引くわー。私はしゅばっと前足を奪い返して体当たりした。
「うお!」
男は受け身もとれずに塀から落ちた。
「にゃあ」
〈もうおしまい。〉
「ああっ、猫様ァァァ!」
男を一瞥して、歩き始める。お昼寝しようとしてたのに…台無しだわ。仕切り直し。…今度から場所変えよう。