秘密と正体

睡眠時間が少ないと、こんなに眠いものだとは。朝からずっと、お登勢さんから怒られっぱなしで、キャサリンさんにはけなされっぱなし、たまさんには迷惑かけっぱなし。これでは私は使い物にならない。というわけで、スナックお登勢から追い返されてしまった。
ちょうど銀さんたちは仕事にでていて、私だけが留守番。ちゃんと鍵をかけたことを確認してから、布団にくるまって重い瞼を閉じた。
しかし、何か物音がして瞼をこじ開ける。まさか泥棒?


「ちょっとアンタ、起きなさい」
「どっ、どろぼ……!あれ、あなたは…」


紫の髪に眼鏡、一風変わった服を着た女の人が布団から顔を出した私を見下ろしていた。いつの間に入ったのだろう、玄関は閉めたのに。いやそれよりも、この人、見覚えがある。そうだ、私が最初にこの万事屋に入ったときに、銀さんに蹴られたり天井裏に忍び込んだりしていた人だ。名前は知らないが、銀さんは私のものだと豪語していた人だよね、とまじまじと見ると、彼女はすっと目を細めて私を睨むように見た。


「………私のことを知ってるのね?」
「あっ、いや!知りませんどなたですか!!それにどこから来たんですか!」


慌てて取り繕うが、視線が痛い。眼鏡の奥で射抜くような鋭い目が私をじっと見ていた。そして口を開く。


「私はくノ一、猿飛あやめ。よくここの天井裏に忍びこんでるの。今もそこから降りてきたんだけど」
「はあ……」


ずっと前の、銀さんが彼女に言っていた、ストーカー行為を堂々と当たり前のように言うなという台詞が頭をよぎった。私は引きつった笑みで相槌を打つ。


「昨日、久しぶりに天井裏に忍び込んで、ここに銀さんが来るのを待ってたんだけど。知らない女がここに寝に来たのよ」
「……それって私?」
「いつのまに銀さんってば私を差し置いて、と思って、クナイを構えてたの。そしたら」


なんて恐ろしいことを。私何も知らないうちに殺されそうになっていたのか。いやそれよりも、まさか。青ざめた私は瞬きもせずに彼女の言葉を聞いていた。


「あなたの異変に気がついたの。猫のような、耳と尻尾が生えてることに。そして、言った言葉覚えてる?なんで猫に戻ってるの、そう言ったのよ」
「………!!」
「自分でも頭がおかしいようなことを言ってると思うわ。でも、これしか考えつかないのよ。まさかとは思うけど…絶対にあり得ないと思うけど、あなた………正体は、あのときの猫なの?」


ついに。ついにばれてしまった。いつの間にか流れていた涙がひとすじ、私の頬を伝っていった。それを見て彼女は悟る。私の正体を。


「……一体どういうことなのか、説明してくれるわよね?」
「…………、はい」


私は全てを放棄して、打ち明けることを決めた。





「ということです」


ずび、と鼻を啜る。猿飛さんは何も言わずに聞いていた。
私が猫のときから銀さんのことが好きだということ、せめて想いを告げたいと思っていたらいきなり人間になっていたこと。それからここに至るまでの経緯を大まかに、猿飛さんに説明した。


「それが本当だとしたら…まあ、嘘を言っているようには見えないけど、全く健気なことね」


猿飛さんはハンカチを取り出し、私に差し出した。何を意図しているのかわからず、きょとんとしていると、顔に押し付けられた。


「あなた今酷い顔なんだから、使いなさい!貸してあげる」
「あ、ありがとうございます…」


確かに、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだっただろう。ハンカチは今度念入りに洗って返すことにする。それを猿飛さんは苦笑して見ていた。


「私にばれたからって泣く必要がどこにあるのよ」
「だって…ばれたらもうここでは暮らしていけません。お願いですから、誰にも言わないでくれませんか…?」


じっと猿飛さんを見つめる。眼鏡を押し上げて、猿飛さんは言った。


「……銀さん達が、あんたの秘密を知ったとして、そりゃ驚くだろうけど…出ていけと言うような人たちじゃないと思うけど」
「…そうでしょうね。でも、だめなんです」


そんなの分かっている。優しい銀さんたちのことだ、私がたとえ猫だとしてもきっと受け入れようとしてくれるに決まっている。でも、それじゃだめなんだ。銀さんは私を猫だとしか見てくれなくなる。対等じゃなくなる。そんなの、姿形が人間だとしても、猫だった時と変わらない。猫としての私なんかじゃ、私の銀さんへの想いは伝わらない。
第一、私がずっと嘘をついていたことがばれてしまう。知らないふりをして、記憶喪失なんてことにして、皆を巻き込んで。全部嘘だったと知れば、皆はきっと怒る。でも許してしまうだろう。私はそれが耐えられない。ここの人たちが優しすぎるから。それに甘えてしまう。私にもけじめというものがあるんだ。


「この秘密を知られたら、ここにはいられないんです。どうしても。」


猿飛さんは強く言い切る私の目を見つめる。そして、立ち上がり、腰に手を当てて私を見下ろした。眼鏡が光を反射してきらりと光る。


「わかったわ。あんたの銀さんへの想い、認めてあげるわ。あんたの秘密を守るのに手を貸す。何か困ったことがあれば私に言いなさい、出来る限りはしてあげる」
「…!さ、猿飛さん!」
「さっちゃんと呼んで。敬語もいらない。あんたを私のライバルとして認めるんだから、ライバルにはそんなのいらないわ。銀さんを渡すわけじゃないわよ、銀さんは私のものなんだから!」
「…うん!」


にっ、と笑ったさっちゃんはすごくきれいに見えて、眩しかった。満面の笑みで大きく頷くと、じゃあ、また来るわと窓から飛び去って行った。慌てて窓の外を見ると、屋根の上を颯爽と走り抜けていく。かっこいいなあ、くノ一。

恋のライバル、が、できた。ということは、銀さんを巡って戦わなければならない。私が、銀さんの隣にいれるだけで幸せなんだと言っているような甘っちょろいことではだめなんだ。そんなことを言っている隙に、さっちゃんが奪い去ってしまう。そんなの嫌だ。私だって、銀さんを渡したくないという気持ちは負けない。


「私だって負けないよ」


そう、小さく呟いた。



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