危機と救済

今日は将軍様と二度目のお茶会。喜ばせる作戦の結果はありのまま報告することを決めて、がっかりなさるだろうなあと少し足取りが重い。


「あれ、あの人」


甘味処には見覚えのある姿があった。真選組の沖田さんだ。みたらし団子を食べている。まさかこんなところで会うとは。お仕事の休憩中だろうか。目があってぺこりとお辞儀をした。


「こんにちは、沖田さん」
「ども。えーっと、花子さん」
「花子じゃなくてにゃんこです…」
「あ、すいやせん。つか、俺の名前教えたっけ」
「あ、えっと、有名人なので…!よく新聞で見かけるし!」
「フーン」


ぎくりとしたが、本当のことだ。猫のときに名前を知ったわけじゃない、本当に新聞で知ったんだし、うん大丈夫、と自分に言い聞かせた。なんだかこの人の目が怖くて、びくびくしてしまう。どちらかというと可愛らしい、整った顔をしているのに、いやに鋭い眼差し。


「にしても早かったですねィ。もっと待ち長いと思ってやした」
「え?私を待ってたんですか?」
「はい、あんたにちィと用があって。今日は将軍は来れなくなったんで、代わりに俺が来やした」
「そうなんですか…何かあったんですか?」
「まあ、落ち着きなせェ。団子でも食べながら話しましょう」
「あ、はい…」


店員さんに沖田さんがみたらしを二本頼む。一本は自分のらしい、すでに一本目の団子を食べ終え、もぐもぐごっくん、と飲み込んだ。間も無く団子が運ばれてきて、受け取った私は沖田さんの視線に気がつき、お話とは、と促す。嫌な予感がしてごくりとつばをのむ。


「あんたのこと、勝手に調べさせてもらいやした。将軍と二人きりで出かける以上、相手がもしも身元もわからない得体の知れない女じゃ困るんでねィ」


ぎくりとした。冷や汗が流れる。待って、私のことを調べたの?そんなの、結果は決まっている。


「そうしたら、驚くことに、あんたに関する情報は一切ないんでさァ。過去一切のあんたに関する情報がない。住所どころかフルネームさえもわからねェ。万事屋に居候してるって言ってたが……あんた、何者なんでさァ」


真選組とは江戸を守る警察だ。いざとなればどんな手を使ってでも情報を手繰り寄せられる。それでも私の情報だけがない。それもそのはず。私は野良猫だったのだから。
何も言い返せない。うまい嘘も思いつかず、団子を食べる気にもならず。ただ目を逸らしている。


「嘘ついても身のためになりやせんぜ。なあ、にゃんこさん。あんたは一体どこの誰なのか、教えてくだせェよ」


どうしよう。どうしよう。何と答えればいい。何と言えば_____


「あん?何で沖田くんがいんの?」
「………旦那」


そこへひょっこりと現れたのは、銀さんだった。なんでこんなところに。しかし張り詰めた空気が一気に緩み、私は心底ホッとした。


「なんで旦那がここにいるんでィ」
「え、いや…にゃんこが将軍に粗相してねェかと心配になってだな!いや別に、二人がどんな話してるのか気になったとかじゃないけどね!?」


もうこの際理由なんてなんでもいい、とにかくヒーローみたいな登場だった。助かった。もう少しで、あっけなく白状していたかもしれない。もし白状したら、私はどうなっていただろう。監禁されて取り調べにあって、それだけで済むならいいがどうなるかわかったものではない。
沖田さんはため息をついて、しかし真剣な眼差しはそのままで銀さんに話しかけた。銀さんが来たことは良いことだったけれど、逆に、さらに事態は悪化したかもしれない。万が一沖田さんにバレたとしても、銀さんにだけはバレちゃいけないんだから。


「良い機会でさァ。旦那はこいつのことどこまで知ってるんですかィ」
「ああ?何がだよ」
「勝手に調べやしたが、こいつの身元、個人情報が何もわからねェ。どうも、おかしいんでさァ。旦那は知ってんですよね?居候してんでしょ?」
「身元が何も?」
「何も。それを今問い詰めてたんだが、何も喋らねェから困ってたところでさァ」


銀さんも眉を顰める。ああ、神様。ことの成り行きを祈るしかない。すると、救いの手が降りた。


「そりゃ、喋らねェに決まってんだろ。こいつ今、記憶喪失なんだよ。なァ、にゃんこ」


そ、そ、そういえば…!!!銀さんに後光が差して見える。私はこくこくと大きく頷いた。沖田さんはあからさまに眉を顰めた。


「記憶喪失ゥ?そりゃマジもんですかィ?」
「マジマジ大マジ。だって俺が拾った最初の頃なんか、箸の持ち方さえままならなかったんだぞ。まだ記憶は戻ってねェんだよな?」
「う、うん。まだ何も…」
「だから自分でもわかんねェんだよ。あんま問い詰めてやんな、辛いんだからよ」
「………ふーん。そりゃあ、大変ですねィ。それはそうと早く言ってくれりゃあ良かったのによ。問い詰めてすいやせんでした」


あっけないほどにあっさりと、ぺこりと頭を下げた。私は慌てて大丈夫ですと言うと、立ち上がった沖田さんは私を見下ろした。


「とにかく身元がわからねェ限りは将軍には会わせられねェんで。俺ァこれで帰るんで、なんか思い出したら教えてくだせェ。んじゃ、また」


ひらひらと手を振って、その場を離れた。背中が離れてから、長く息を吐き出した。まだ心臓がどくどく鳴っている。すごく怖かった。


「ったく、なんだったんだよ。大丈夫か、にゃんこ」
「うん…大丈夫」


若干青ざめたままの私の顔を覗き込み、銀さんはぽんぽんと私の頭を叩いた。


「何言われたか知らねェけど、気にしなくていいからな。記憶は、まあ、そのうち戻るだろうしよ」
「……うん。」


励ましてくれる銀さんの優しさが、今だけは痛い。騙してる、嘘をついてる後ろめたさに押しつぶされそうだった。帰るか、と銀さんが言い、私は頷いて立ち上がった。


「あ、お会計しなきゃ。あれ、三本分…?」
「待て待て。なんで三本分?…まさかアイツ………金払わねェで行きやがったコノヤロー!!」


結局、私は三本分の団子のお会計をして、帰ったのだった。


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