続・スナックすまいるにて

やっぱりそうだ。将軍様だ。元猫の私でも将軍様が江戸で一番偉いお人だということくらいは知っている。あああご無礼があったら私斬られてしまうかも!!汗をだらだらかいていると、上様の後ろから入ってきた黒い服装に帯刀した人達の中に知っている姿を見つけて、思わずあっと声をあげそうになった。


「真選組の人達…!」
「え、何か言った?にゃんこちゃん」
「な、なんにも!」


猫のときにお世話になった(?)人達の顔ぶれ。副長さんを見てはマヨネーズのトラウマが蘇り、沖田さんを見てはお昼寝の思い出を思い出し、その流れで近藤さんに視線が行き慌てて視線を逸らした。キャットフードの件があるのでなんだか気まずい。と、一人で百面相していると、お妙ちゃんから肩を叩かれた。


「何してるの?ほら、にゃんこちゃん。あそこに座って」
「あ、うん…って、将軍様の隣!?」
「そうよ?何か不満でも?最高の席じゃない。楽しくお話していらっしゃい」


有無を言わさない笑顔で私の背中を押して将軍様の隣に座らせた。他の女の人もたくさんいるけれど、一番近い席を確保してしまったから緊張で固まってしまう。近くにいる女の人に目配せされるが、将軍様と何を話せばいいと言うのだ。


「あれ、君は!お妙さんのとこにいた子じゃないか!?」


すると、近藤さんが私を指差した。あ、今気づいたのか。なんとか笑顔を作ってぺこりとお辞儀をすると、サングラスのダンディな叔父さんがお酒を飲みながら私を見た。


「なんだァ、近藤。知り合いか?」
「知り合い…かなァ?俺のこと覚えてるか?」
「も、もちろん。キャットフードの、方ですよね」
「おお!そうそう!」


自分で言っておきながらしまったと後悔した。なんでこう墓穴を掘るようなことを言ってしまったのか。


「キャットフードぉ?」
「いろいろあったんだよ!な!」
「はい…」
「そういや、どこに住んでるんだ?名前は?」
「うわ、見てくだせェよ土方さん。近藤さんが姐さんを差し置いてマトモにナンパしてやがるぜィ」
「んだと?近藤さん、何の気の迷いだ?」
「違うわァァ!!ちょっと聞いてるだけ!!お妙さんは俺の永遠のスイートハニーだから!!」


沖田さんと副長さんまで反応した。お妙ちゃんが黒いオーラが漂うのが見えるくらい機嫌が悪そうに近藤さんを見たが、将軍の手前笑顔は絶やさない。後でしばくぞゴルァ、という声が聞こえそうだった。
その間にも、私の話題で持ちきりだ。まだ将軍様は何も言って来ないが、興味深そうに聞いている。下手なことは言わないように、と言葉を選びながらゆっくりと言った。



「私、にゃんこといいます。かぶき町の万事屋に居候してるんです」
「万事屋!?」
「あァ?」


一気に副長さんが目つきを鋭くして、びくっと肩が跳ねる。


「なんであんなとこに居候なんか…」
「ち、ちょっと諸事情で、住まわせてもらってるんですっ」


”諸事情”を話す訳には行かない。真選組はあくまでも警察だ。私について根掘り葉掘り調べられたらとても困る。だからとりあえず、込み入った事情があって聞いて欲しくないような雰囲気を出す。


「ふーん。あの万事屋に居候ねェ…」


副長さんと沖田さんの視線がとても怖いが、ここは我慢だ。


「そうかそうか。深くは聞かないから安心してくれ」
「ありがとうございます」


笑って肩をポンポンと叩いてくれる近藤さん。ホッと息をついた。


「それなら、万事屋に利口な猫が懐いてるのは知ってるだろう?キャットフードは食べてくれたかな」


ぎくりとする。食べてくれたも何も、私がその猫ですけど。とは口が裂けても言えない。少し嬉しそうにしてるあたり、ここは期待に応えなければ。


「こ…この前銀さんが食べさせてました。美味しそうに食べてましたよ!」


なんて、とっさに嘘をついてしまった。でも嬉しそうに笑ってくれたから、ホッとした。まあ、これくらいいいか。


「そうか!よかった。いやァ、奮発したんだよなァあのキャットフード!」
「そ、そんなに…ですか」
「まあ、お妙さんを助けてくれた利口な猫だからな!」


そんなに高級なキャットフードだったのか。た、食べたい…いやいや気をしっかり持て、私はもう猫じゃないんだから。実はまだ銀さんが持っているはずだから、どうにか隠蔽しておかなくては。


「にゃんこチャンはウブな感じでかァわいいねェ〜。新しいタイプ。万事屋のとこなんかやめてオジサンのとこに来ない?俺警察庁の長官なんだよォ。松平片栗虎っていうの、栗ちゃんでいいよォ」
「へっ、あ、えっと…」


サングラスのおじさん、もとい松平さんがお酒ついでくれない?と言いながらコップと酒瓶を私に受け取らせる。こぼさないように注意しながらついで差し上げると、一気に飲んで豪快に笑った。もう一杯、とせがむ。コッチにおいでとまで言われて、私はどうすればいいのか分からず対応に困ってしまう。


「その辺でやめておかないか、にゃんこ殿が困っている」


すると、思わぬ助け舟が現れた。将軍様だったのだ。
松平さんはあっさりとやめてくれて、ぽかんとしつつもありがとうございます、と言うと、微笑みながらすまないなと言ってくださった。なんて優しい方なんだろう。気分が落ち着いてきた。


「居候なんだとか…いろいろ大変だろう?」
「そんなことないです。住まわせていただいてる皆さんはとても優しくて気さくな方たちなので、本当に良くしてもらっていて…楽しいです」


会話を将軍様から始めてくださって、それも万事屋のことだったから、緊張もどこへやら、自然と笑うことが出来ていた。将軍様はそうかと相槌を打つ。


「元の住まいは江戸ではないのか?」
「いえ、江戸ですよ。大江戸公園に…」


ハッとして、言葉を濁し、前は大江戸公園によく行っていて、と繋げた。危なかった、公園に住んでいたなんて言ったらホームレスじゃないか!!危ない、本当に。あまりにも柔らかな心地のいい会話のながれだったものだから、つい口がよく喋る。
将軍様はあまり気にした様子ではない。よかった。


「江戸はいいところだろう」
「はい!本当に!この頃はお気に入りの甘味処があって、よくあんみつなんか食べるんです」


銀さんがよく行く甘味処を思い浮かべる。甘党な銀さんをずっと見ていると、私まで甘党になったようで。あんみつに限らず、お団子やら何かと甘いものを食べる。うふふと笑ってから、ハッとする。く、食い意地が張ってると思われたかも…!しかし将軍様は楽しそうにふっと笑った。


「それはぜひ行ってみたいな。あまり甘味処には詳しくないんだ。今度連れて行ってはくれないか?」
「もちろんです!あ、でも…将軍様のお口に合うかどうか、」
「にゃんこ殿がそんなに美味しそうに語るのだから、美味しいに決まっている」
「そんな顔してましたか?」
「ああ、それはもう」


くすくすと笑う将軍様。お恥ずかしいです、とつられて笑うと、そこで自分のしでかしたことの重大さに気がついた。待て待て将軍様と二人きりで甘味処に行くの!?え!!えええ!!


「にゃんこ殿は可愛らしい方だな。甘味処ではゆっくりとお話をしたいものだ。楽しみにしている」
「……!」


私の動揺なんて全く察さない将軍様。確かに緊張するし不安だが、でも、本当に優しくて良い方だし、きっと楽しいはずだ。将軍様の息抜きにもなるかもしれない。ここはしっかりお役目を果たさなければと、私はしっかりと頷いた。


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