お見舞いで

目が覚めると、お腹の痛みはだいぶ治まっていた。とはいえ、まだ鈍くぐるぐると唸るような痛さは残っていたが、だいぶマシにはなった。トイレにいける程度までは回復したのでトイレに行き、顔を洗いに洗面所に行くと歯磨きをし終わった銀さんと鉢合わせした。


「お、起きれたか。どうだ、腹は」
「昨日よりは、だいぶ。でもまだちょっと…」
「そーか。朝飯食えるか?おかゆでも食えそうなら作ってやってもいいけどよ」
「うーん、と…食欲はないかな」


実を言うと、うーんと、と言っている3秒の間にものすごい葛藤(銀さんが私のために作ってくれるおかゆ食べたいいいいいい!でもまだお腹痛いいいい)があったのだが、顔には出さないようにして大事をとった。ちょっと残念だ。


「今日、俺たち三人、依頼でいねェから、留守番頼んだ。つっても、鍵も閉めとくし、誰か来ても寝てていいから」


皆いないのか。わかった、と頷いてからハッとした。


「あ、バイト…!私、今日お登勢さんのバイトいかなきゃ!」
「バーカ、休みに決まってんだろ。そんな体じゃ何もできねェよ。ババアには俺が言っとくから、お前はとっとと寝とけコノヤロー」


迷惑をかけてしまった。お登勢さん、ごめんなさい…しゅんとして頷く。


「あと、腹減ったら、下のババアんとこ行ってせがんで来い。今、食うもんねェから。今日の朝食で尽きるんだよねー、食料。ま、報酬入ったらたんまり買ってくるからよ」
「わ…分かった…」


悲しい食卓事情まで聞かされてしまった。報酬たくさんもらえるといいね…と心の中で呟いた。
じゃあ行ってくる、と言って歩いて行く銀さんの背中に声をかけた。


「銀さんっ」
「ん?」
「ありがとう」


そう言うと、ぱちくりと瞬きした銀さんは、何もしてねーよ、と言って立ち去った。銀さんのそういうところが好きだ。いや他のところも好きだけど!






ピンポーン。チャイムが鳴る。お布団で丸くなって寝ていたが、甲高いチャイムの音で意識が浮上する。眠りから目覚めてむくりと上半身を起こす。ふと時計を見ると、もう夕方、日も暮れるころ。結局、昼食も食べていない。
出るべきか、出ないべきか。銀さんには誰か来てもでなくていいとは言われたが、何度も押されると出ないといけないという気がしてくる。
おろおろしていると、鍵を閉めたはずの玄関がガララと開いた音がした。


「邪魔するよォ。にゃんこいるかい」
「お登勢様とたまです。お見舞いに来ました」


ぱあっと顔を輝かせる。そうか、家主のお登勢さんは合鍵を持ってるのか。お登勢さんとたまさん!こっちです、と言って居間にとてとてと歩いて行った。


「あ、にゃんこ様」
「気分はどうだい。腹壊したんだって?全く、何食べたんだい」
「ええっと…あはは」


お妙さんの手作り料理です、とは言えない。笑顔でごまかすと、まあいいけどね、と呆れたようにため息をついた。お登勢さんのことだからもう察しはついているのかもしれない。


「お腹の調子はいかがですか?お見舞いにプリンを買ってきたのですが」


たまさんが差し出したプリンは、朝昼抜きの体には嬉しい糖分だった。


「ありがとうたまさん!いただきます」


もうほとんど痛みは治まったから、食べてもいいだろう。
どさ、とビニール袋を置くたまさん。プリンの他にもたくさん材料が入っている。にんじんやじゃがいもから始まり、たくさんの食料。お登勢さんはやれやれと肩をすくめて言った。


「銀時のことだ、どうせ冷蔵庫の中はすっからかんなんだろ?にゃんこもいるのにろくな飯食べてないのはいただけないからねェ、仕方ないから買って来てやったんだよ。今回だけだ。見舞いだからね」
「わあ、ほんとですか!ありがとうございます!すごく助かります!今日の依頼の報酬でたくさん買ってくるって言ってたけど、朝食で尽きたらしいから」
「相変わらずだね全く。にゃんこからももう少しまともに働くよう言っておくれよ」
「銀時様には何を言っても無駄です」
「分かってるけどねェ」


そう言いつつ冷蔵庫の中へ食料を次々入れていくお登勢さん。ほとんどからっぽだった冷蔵庫はぎっしりとまではいかないがまあまあ中身が詰まった。


「さて、じゃあおいとまするよ。キャサリンに店番させてるからね」
「わかりました、いろいろありがとう!明日には治ってるだろうから、明日は来ます」
「わかったよ。じゃあお大事にね」
「お邪魔しました、にゃんこ様」


ぺこ、と丁寧にたまさんがお辞儀をして、ガラガラと玄関が閉められた。プリンをゆっくり食べながら、銀さんたちが帰ってきたら冷蔵庫を見て嬉しがるだろうと想像してくすくすと笑った。
そして間も無く、ドタドタと階段を駆け上がる音と賑やかな声が聞こえてきた。帰ってきた、と顔を向けると、やはり玄関が開けられて神楽ちゃんが飛び込んできた。


「ただいまヨにゃんこー!!大量アル、今日はすき焼きアルよー!!」
「久しぶりにたくさん報酬もらいましたよ!大収穫です!」
「働いた分、がっつりしぼったからなァ。あのジジイ人使い荒すぎだっつーの。いやー疲れた疲れた」


靴を放り投げて神楽ちゃんが入ってきて、次にがさがさとビニール袋を両手に持った銀さんと新八君。本当にたんまり買い込んできたものだ。もう冷蔵庫に入らないだろう。少し驚きつつも笑顔でお帰りと言うと、神楽ちゃんが飛びついてきた。


「にゃんこ何でプリン食べてるアルかっ?独り占めアルか?ずるいヨ!」


キラキラした目で問い詰める神楽ちゃんに笑って答える。


「お見舞いにって、お登勢さんがくれたの。他にもたくさん、食料もらったよ。あ、一口いる?」
「キャホーウ!あーーん!」
「あーん」


スプーンで口に運んであげると、幸せそうに食べた。かわいいな。新八君が冷蔵庫を開けておお、と声をあげた。


「ほんとだ。空っぽだったのにたくさん入ってますよ、銀さん!お登勢さん、いつもはこんなことしないのに!にゃんこさんがいるからですね」
「マジでか。よっしゃ、当分は困らねェな。チョコとかはねェの?」
「今日これでもかってほどチョコレートと酢昆布買ったでしょ!」
「あのババアわかってねーな。銀さんにくれるなら糖分だろーが」


そう言いつつも、買ってきた食料も詰め込んでぎっしりになった冷蔵庫を満足げに見る。冷蔵庫に入らなかった分の肉と野菜はすき焼きの材料だろう。
私もお腹はほとんど痛くないし、プリンを食べた後だけど夕食は少しもらおう。せがむ神楽ちゃんにもう一口プリンを与えながら、そう考えた。


「おいしーアル、プリン!!」


にこにこと嬉しそうな神楽ちゃん。私も一口食べると、いつのまにか残りあと一口分だ。スプーンにすくったところで、すき焼きの準備をしながらちらちらと羨ましそうにこっちを見ている銀さんに気がついた。


「…銀さん食べる?最後の一口」
「マジでか!さすがにゃんこちゃん、わかってるねー。じゃ、イタダキマス」
「はいどーぞ」


スプーンを差し出し、にこりと微笑むと、銀さんは近づいて来て顔を寄せ、パクリと口に含んだ。ごくんと動く喉を至近距離で見つめながら、はたと気がついた。これって、


「あーんからの間接ちゅーアル!銀ちゃんラッキースケベアルな!」


神楽ちゃんがはしゃぎながら叫んだ。顔がボッと熱くなるのを感じる。即座に顔を引いて距離を取った銀さんがスプーンごと奪い取って神楽ちゃんに言い返した。


「はァァ!?おまっ、違う!!銀さんそんなつもりじゃなかったから!!にゃんこがいいって言ったからだな!ってお前も何か言えよ!!」


銀さんに急に振り向かれたが、動揺で口をぱくぱくして何も言えずにいる。これが人間の間で話題の、間接キスというものか。はわわわわ!


「にゃんこどうしたネ。急に動かなくなったアル。あ、まだお腹痛いアルか?すき焼きなのに、食べれないアルか?私がにゃんこの分まで食べてあげるヨ!」
「勝手に決めんな食べたいだけだろうが!」
「だ、だ、大丈夫。うん、食べる、よ」


どもりながらこくこくと頷くと、新八君がキッチンから叫んだ。


「何やってんすか、もうすぐすき焼きの準備できますよ!にゃんこさん、弱気だと肉食べれないかもしれませんよ。今日は肉多いとはいえ、すき焼きのときは戦争ですからね!」


いつのまに準備を進めていたと言うのだろうか。手際のよさは主婦並みだ、新八君。感心してる間に鍋がテーブルに置かれ、言い合っていた神楽ちゃんと銀さんがいそいそと席に着く。そんなにすき焼き楽しみなのかなあなんてのんきに考えていた私は、その後起きる肉を争っての合戦など、予想だにしていなかったのだ。
結局、肉は新八くんに譲り受けた一枚しか食べられなかった。でもすごく楽しくて、肉を奪い合う三人を眺めていたらお腹いっぱいになった。


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