お妙ちゃんと

「お邪魔しますっ!」
「あらいらっしゃいにゃんこちゃん」


お妙ちゃんが出迎えてくれる。そう、お妙ちゃんに会いに、新八くんの家に遊びに来たのだ。それにしても大きな道場だ。
友達の家に遊びに行くだなんて、野良猫時代にもあまりなかった。すごく楽しみで、昨日はあまり眠れなかったものだ。


「ふふ、来てくれて嬉しいわ。ゆっくりしていってね」
「うん!私も嬉しい。ありがとう、お妙ちゃん」


座布団に座り、出されたお茶をずず、とすする。猫舌なのでちびちびと飲んでいると、お妙ちゃんがゆっくりと話し始めた。


「どう、あの家での生活は?慣れたかしら?」
「まだ慣れないけれど楽しいよ!皆とても優しいの」
「そう。でもバカだから、あの人たちは。にゃんこちゃんにもそのうちバカがうつらないか心配だわ」


バカバカと真面目にそう言うものだから可笑しくてくすりと笑う。大丈夫、賑やかなのはずっと見て来たから知っている。相変わらず賑やかで、その輪の中に入れてすごく楽しい毎日なの。


「それで、どうなの?記憶の方は。何か思い出した?」
「記憶?」


聞き返してしまい、慌てて口を閉じる。記憶喪失の設定だったことを忘れていた。お妙ちゃんは不思議そうにするが、真剣だ。本当に心配してくれているのだ。少なからず嘘をつくことに罪悪感を感じる。


「ええと…、まだ、よく思い出せなくて…」
「そう…焦らなくていいわ。そのうち思い出せるわよ」
「うん、ありがとう…」


罪悪感から目を見れずに視線を落とすと、お妙ちゃんは話を変えた。明るい話題にしようとしたのだろう。


「そうそう、一日だけでも今度私のお店にいらっしゃいな。楽しいわよ」
「お妙ちゃんのお店?」
「私、キャバ嬢なの」


きゃばじょう、という聞き慣れない単語に首を傾げる。お妙ちゃんの説明によると、男の人をお酒でおもてなしする、きゃばくらという楽しいお店で働く人なのだとか。楽しそうではあるが、私男の人じゃないのに良いのだろうか。


「良いのよ、スタッフとしてなら大歓迎だから」
「…スタッフ?」
「にゃんこちゃん可愛いもの、私の目に狂いはないはず。きっとたくさん儲かるわ」


なんだかお妙ちゃんが黒いオーラをまとっているような気がするのは気のせいだろうか、うん、気のせいにしておこう。
ぽかんとする私を気にせず、お妙ちゃんは立ち上がってカレンダーをめくりながら言う。


「にゃんこちゃんはいつ暇?」
「えーと…今度の月曜日なら、お登勢さんのお店がお休みだけど」
「じゃあ来週の月曜日にしましょう。朝から予定を空けておいてね。銀さんには私から伝えておくわ」
「え、ど、どういうこと?」
「来週の月曜日、私と一緒に遊びましょう」


にっこりと言われる。スタッフ、ということは、私もしかしてきゃばくらで働くということなのだろうかと思ったが、遊びということなら楽しそうだ。私は笑顔でこくりと頷いた。お妙ちゃんは嬉しそうにカレンダーに書き込み、準備しなくちゃと呟いた。遊ぶ準備までしてくれるのか、楽しみだな。
そのとき、ガサリと音がして、庭を見ると人影が現れた。


「やあ、奇遇ですね!今日はご友人と一緒なのですかお妙さん!」
「さも今来たかのように出て来んなやストーカーがァァア!」


お妙ちゃんが突然現れた男の人にジャンピング飛び蹴りをかました。お妙ちゃんのキャラ違いすぎるでしょ怖っ!!でっ、デジャヴ!?


「やだなあ、今来たんですよ?」
「どうせ今まで隠れて見てたんですよね消えてください」
「はっはっは照れなくても」
「いっぺん死んで来ます?」


ぽかんとして、というかドン引きで見ていると、ようやく男の人と視線があった。


「これはご友人!申し遅れましたな、俺は近藤勲です!お妙さんと将来を約束しぐはぁっ」


途中でお妙ちゃんからのパンチで膝をついたその男性、近藤さん。見たことあると思ったら、やはりあの時の。以前ひったくりにあった時の、お妙ちゃんにボコられてた人だ。私は一歩後ずさりをして、引きつった笑いでどうもと頭を下げた。


「お…お妙さん。今日はちゃんとした用事があって来たんですよ」
「そうなんですか?珍しい」
「これです、以前約束した」


そう言って取り出したのは、小さな缶詰め。少しばかり高級そうなキャットフードだった。私はぎくりとして肩が跳ねた。


「ひったくりの時、猫にやると言ったではないですか。武士に二言はないですから。これをあの猫に与えてやってください!」
「ああ、あの時の。わかりました。あの猫ちゃんなら、確かスナックお登勢に通っていたはず。今度見つけたらあげますね」
「そうしてください!いやあ、お妙さんを助けた利口な猫ですから、少しばかり奮発しましてねェ。気に入ってくれるといいんだが!」


はっはっは、と豪快に笑う近藤さん。気持ちは嬉しいが、もう少し早く欲しかった。すごく美味しそうだが、今となっては食べられない。いや、そんなことよりも。
その猫は言うまでもなく私のことである。猫が来なくなったのと入れ替わりのように私が現れたと気づかれると、あやしまれるかもしれない。もしかしたら、元猫だったとバレる……いやいやそんなはずはない。常識的に考えて、そんなこと無理だし。頭を小さく振って、自身を落ち着けた。


「ところで、にゃんこちゃんは今日何時に帰るつもり?」


急に話を振られ、慌てて答える。


「銀さんたちから、夕飯前には帰って来いって言われてるの」
「あら、今日は夜ご飯はうちで食べて行きなさいな。手料理をごちそうするわよ。私卵料理が得意なの」


再びぎくりとする。実は、なぜかはよくわからないが、銀さんや新八くんからお妙ちゃんの手料理だけは食うなと念を押されて来たのだ。料理が恐ろしいほど壊滅的なんだとか。
でも、好意でそう言ってくれてるのだし、断るのもあまり良くない気がする。少し下手なくらいなら、耐えられるし大丈夫。そう思って、私はにこりと微笑んだ。


「…ありがとう、じゃあ、ごちそうになろうかな」
「本当?嬉しいわ!楽しみにしててね」
「俺も食べますっ、たとえダークマターでもお妙さんの手作りなら!」
「何がダークマターじゃァア!」


銀さんたちだいぶ脅してきたけど、食べられないことはないでしょと考えていた私は甘かったのだ。
黒い物体と成り果てた卵の残骸が皿に乗っていたのを見た時には、気づくのがもう遅かった。


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