初めてのおつとめ

今日から、スナックお登勢で働く。
大人しめの着物に身をつつみ、髪をまとめあげて、最後にエプロンをすれば準備は万端。何をすればいいのか、さっぱりわからない私に、たまさんが手取り足取り教えてくれる。


「にゃんこ様は、注文を聞き、お登勢様に伝えて、出された品を運ぶ。これをお願いします」
「聞いて、伝えて、運ぶ。分かったわ」
「最初は、ゆっくりでいいですからね。少しずつ覚えていきましょう」


にこりと微笑むたまさん。優しいなあ、と思いながら頷いた。こんなに微笑みが優しい人がロボットだなんて信じられないほどだ。ガラリと扉が開く。さっそくお客様だ。


「いらっしゃいませっ…って、」
「よ。やってるかー」


ぎ、銀さん!緊張を解いてへにゃりと笑い、駆け寄る。


「銀さん!」
「お、エプロン似合ってんじゃん。見なりはそれっぽいぞ」
「そうかな」


そう言われるとなんか嬉しい。カウンター席に座った銀さんに見守られながら、おつとめを開始した。テーブルを拭いたり、お客様の注文を聞いたり、運んだりとせっせと働く。まだぎこちなく、遅いしとてとてではあるものの、一生懸命働く姿が良く見えたのだろう、お客様からは好印象だった。嬉しい限りだ。


「にゃんこちゃん、おーいこっちこっちー!酒ー!」
「にゃんこちゃーん!注文していいかーい」
「はっ、はい!」


にしても、こんなに忙しいものなのか。いつも猫の姿で見ているときは、こんなに注文多くなかった気がしたんだけどなあ。人間は大変だ。


「あちらのお酒は私が運びます」
「ありがとう、たまさん!」


にこ、としてたまさんが代わってくれる。良かった、混乱しかけていたので少しホッとした。ぱたぱたと注文を取りに行く。


「えっと、ご注文は?」
「んー、にしてもにゃんこちゃん、可愛いねえ!初々しいし!おじさん、ここに通っちゃおうかなあ!」
「あ、ありがとうございます…?」


何て返せばいいのか困る。とりあえずお礼をしておいた。お客様はかなり酔っているようだ。酒臭い。猫の頃よりは鼻が効かなくなったとはいえ人間の鼻でも十分なほどに酒の匂いがむわんと臭い、鼻をつまみたくなる。
すると、頭に重み。見上げると、銀さんが頭に腕を乗せたのだった。


「おっさんたちよォ。新しい店員にテンション上がるのはいいけどよ、あんま困らせないでくんない?」
「いやあ、ついついな」
「うーい」
「わかったよ」


じゃあ酒のおかわりな、と言われて終わった。それからはぱったりと注文が止み、ちらほらと出てくるだけだ。…銀さんが助けてくれたんだ。カウンターの席へ戻った銀さんをじっと見つめる。目があうと、銀さんがおいでおいでと手招きした。慌ててぱたぱたと寄る。銀さんはにっと笑って私の頭をぽんぽんと叩いた。


「接客はほどほどにな。すぐ調子に乗るからよォ。変なことされそうになったら蹴っていいからな」
「わ、わかったっ。ありがとう銀さん!」
「いいか、そういうときは、男の股に足を振り上げるんだぞ。たいていはそれでなんとかなっからな」
「なんてこと教えてんだい銀時。にゃんこは純粋なんだから変なこと言うんじゃない」
「本当のことを言っただけですけどおー。わかったか、にゃんこ?」
「わかった!ありがとう!」


銀さんは本当に優しいなあ、今度危機感を感じたらやろう。頭ぽんぽんされたことに感動しながら考える。蹴っていいのか、なるほど。蹴るより引っ掻く方が得意なのだが、それでも良いだろうかなどと思っていると、注文のお酒が用意された。


「おら、持っていきな。…ありゃ、にゃんこ。一度に働き過ぎたかい?」
「え、そんなことないですよ。なんでですか?」
「あんた、顔赤いから。疲れたなら休んでいいさね」


赤い、と指摘されてぱっと頬を手で覆う。熱いような気はする。心臓もなんだかどくどくと早く脈をうっている。銀さんをちらりと見ると目が合って、ぱっと目をそらす。また心臓がうるさくなった気がする。人間の体って不思議だなあ。 


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