出会う
青い空、白い雲。昼は夜ほど人はいないけど、賑やかな街並み。今日もかぶき町は平和だ。
塀の上で大きく伸びをすると、塀を蹴って地面へ降りた。つやのある毛並みの体をしならせ、尻尾を揺らしながら歩く。野良猫にしては綺麗な体に、周りの人が視線を向ける。
向かった先は、スナックお登勢。私は、ここのおばあさんが好き。ぶっきらぼうだけど優しくて、ご飯を恵んでくれたり、撫でてくれたりする。居心地が良くて、ここには何度も来ている。
少し開いていた扉からするりと入り、ぴょこんとカウンターに飛び乗る。にゃあ、と一声鳴けば、お登勢さんはすぐに私に気づいた。
「おや、また来たのかい、あんた」
「にゃあ」
「エサせがみに来たのかい?あいにく今日は魚はないのさ。残念だったね」
エサ目当てじゃないんだけどなあ。撫でてくれるのが気持ち良くて、ごろごろと喉を鳴らした。
「とりあえずこれでも飲んどきな」
浅い皿につがれたミルク。ぺろぺろと舐めた。
「また来たんですね、その猫」
近寄って来たのはたまさん。からくりなんだけど、綺麗だ。そういえば、あと一人、従業員がいたはずなんだけど、今日はいないのかな。
「キャサリンはまだ来ないのかい」
「ええ、まだ降りて来ません。今日こそは家賃をしぼりとる、と言ってましたから」
そうそう、キャサリンだった。名前に反してお世辞にも可愛いとは言えない容姿の、猫耳の天人だ。あんなのに私と一緒の猫耳をつけないでほしい。
「オラ、サッサトシロヨ!」
「あー、分かった分かった。ったく」
「銀ちゃんがいつまでたっても家賃払わないからヨ」
「そうですよ、銀さん」
ドタドタ、と足音がいくつも聞こえて来て、ぴくりと耳を動かす。ミルクを舐め切って、ぺろっと口を舐めた。
「おらよ、ババア。家賃持って来てやったぜ」
「三ヶ月分溜まってんだ。やっと払う気になったかい」
ぺし、と雑に封筒をカウンターに置く男。うわあ、と思った。びっくりして。
目を引くふわふわの銀髪。着流しに木刀をさした死んだ魚のような目をした男。
そしてそんな風貌の男が家賃を三ヶ月貯めてたなんて。こんな人間もいるものなんだ、と。
「すみませんお登勢さん」
「なんか食わせろヨ!」
そしてその仲間らしき、眼鏡の男とチャイナ服の女の子。なんか、すごい人間達だなあ…
「わ、猫アル!!可愛いーっ」
チャイナ服の女の子が私を撫でる。
「野良猫アルか?にしては綺麗でおとなしいアルな!」
「ほんとだ。かわいいですね!銀さん、猫ですよ」
「猫ォ?」
銀髪が私を見た。大きな手を伸ばして撫でて来る。
「へー、マジで大人しいな。お利口じゃねーか。なんつーか、お嬢様ーって感じだな。毛並みといい、態度といい」
「野良猫だよ。ウチに時々来るんだ」
「じゃあ、名前まだないアルか?私つけるアル!」
「おいおい、お前がつけたら残念な事になるだろうが。神楽」
「じゃあ銀ちゃんも考えるヨロシ!」
私を見つめながらうーんと考え込む神楽と言われたその子。名前、か。野良猫だから、名前なんてまだない。少し楽しみ。
「じゃあ、にゃんこ!」
にゃんこ?
「いや、チョコがいいだろ」
「アンタが食いたいだけだろ!」
却下、なんでチョコ。引っ掻いてやろうかと思った。
女の子はもう決定したとばかりににゃんこ、にゃんこと連呼しながら撫で続ける。てか、この子の撫で方痛いんだけど!手加減してほしい。
「酢昆布食べるアルか?にゃんこ!」
酢昆布!?猫に何食べさせようとしてんのこの子!ぶんぶんと首を振る。
「食べたくないってよ、酢昆布なんか」
銀さんと呼ばれた男がニヤニヤする。
「酢昆布馬鹿にすんなよ天パが」
「天パ馬鹿にすんなよ酢昆布が」
何この二人。もういいや、帰るからね。お登勢さんに向かって、にゃあと鳴いてカウンターを降りた。
「あ、行っちゃいますよ。猫」
「猫じゃないにゃんこネ!」
「もう行くのか?」
喧嘩をあっさりとやめて私を見る二人。
「ニャー」
〈ばいばい。〉
尻尾を揺らして扉に向かう。
「また来てネ!にゃんこ!」
「ばいばい」
「気をつけるんだよ」
うん。ミルクありがとう、お登勢さん。
そして、出ようとしたとき。
「またな、にゃんこ」
なぜか、振り向いてしまった。もう一度顔を見ておかないといけない気がして。男は、さっきより優しい顔で私を見ていた。
「…にゃー」
そして私は外へ出た。
今後、その男、"銀さん"と大きく関わる事になるだなんて、微塵も思っていなかった。