空に願う
しとしとと雨が降る中、大きな水たまりの中を覗き込んだ。
「…」
映るのは、どこからどう見ても、猫の私。人間じゃない。小さくため息をつく。
この前、ミケちゃんや眼鏡の女の人に言われたことが頭に蘇る。
_____誰に惚れようがあなたの勝手だけど、猫と人間なんて、叶うはずないのに。
_____猫なんかが私と銀さんの間に入ろうなんて、無駄なんだから。
そう、私は猫だ。所詮、猫。どんなに銀さんが好きでも、この想いは届かないし叶わない。こう思うと、なんて大きな壁。人間と猫の恋なんて、絶対に結ばれることはない。わかっているけど、もう止められない。ああ、人間に生まれたかった。なんで私は猫なの。
水たまりから視線を離し、空を見上げた。空は私の心を映し出したかのように、どんよりと曇っていて、泣いていた。
「…にゃあ…」
〈神様…〉
私は空に向かってつぶやいた。
「にゃー…にゃー、にゃーん」
〈私を、どうか人間にしてください。猫じゃ、この想いを伝えることすらできません。どうか、私の願いを聞いてください。〉
言って、空を見つめて願う。でも、当然のことながら、神様は答えてくれない。馬鹿みたいだ、と俯く。
その数秒後。
突然、体がとても熱くなった。まるで、発熱したかのように。
「…っ!?」
頭が痛い。割れそうに痛い!頭だけじゃない。体の節々、体全体が全て痛くてたまらない。
耐えられずに、どさっと倒れた。荒く息をつきながら、身をよじって痛みにもだえる。うめき声をもらしながら、痛みに耐えること数秒。痛みがスッと消えていった。まるでさっきまでの痛みが嘘のように、なんともない。
「…?」
とりあえず、ゆっくりと上半身を起こす。
「なんだったの…?」
はあ、と息をついてふと水たまりに視線を落とす。
「え?」
そこには、裸の女の人が水たまりを覗き込んでいる様子が映っていた。後ろを振り向くが、誰もいない。もう一度、覗き込む。
そういえば、女の人の姿はあるのに私の___猫の姿がないじゃないか。
「…え?」
ま、まさか。おそるおそる、自分の前足を見る。それは、つややかな毛に覆われた短い足ではなく、人間の皮膚で覆われた色白の手だった。
「!?」
ばっと自分の体を見ると、猫の体なんかじゃない、人間の女の人の体だった。
「え!?嘘!…あ、声も!」
声も、ソプラノに近い人間の女の人の声。しゃべれている。頭に手をやると、耳はなく、かわりに濡れた長い髪の毛が。尻に手をやると、尻尾もあとかたもなく消え去っていた。
「…じゃあ、本当に?」
どうやら、神様はとても気まぐれで、暇を持て余しているようです。