コンビニに行く
あれから私は暇さえあればスナックお登勢に向かった。頻繁に来るようになった私に、お登勢さんやキャサリンさんやたまさんはとても良くしてくれた。いつしか私はスナックお登勢の看板猫と言われるようにもなった。野良だけど。
「にゃぁお」
とことこと歩いて酒を運ぶたまさんの後をついて行く。からくりと猫というのも、なんだかおかしいけど、まあ微笑ましい様子で。
「にゃんこ、ほら。ミルクいるかい」
「!」
お登勢さんに呼ばれ、カウンターへジャンプする。
もうすっかり"にゃんこ"が浸透して、お登勢さん達だけでなくお客さんまで私をにゃんこと呼ぶ。それを聞いた友達の猫達までにゃんこと呼ぶものだから、もう私は自分でもにゃんこと名乗る事にした。
お皿につがれたミルクをぺろりと舐めた。しばらくしてミルクがなくなると、座ってうたたね。すると、待ちわびたあの声が聞こえて、すっくと立ち上がる。
「ジャンプジャンプ…お、にゃんこ。また来てたのかよお前」
あの時私を助けてくれた"銀さん"だ。銀さんに会うために、私はここに通っている。銀さんの足にすり寄った。
「にゃあ」
____銀さん!
「おーよしよし。じゃ、銀さん用事あっから」
「にゃー?」
____どこに行くの?
「また今度構ってやるからよ」
頭をぐりぐりと撫でられて、足早に去って行く。私はその後をついて行った。スクーターに乗った銀さん。その頭、ヘルメットに飛び乗った。
「うわっ!?て、てめー…何かましてくれてんだオイ」
何もかましてないよ。飛び乗っただけだよ。てしてし、とヘルメットを叩く。
「にゃーん」
____私も一緒に行く。
「あーもう降りなさいっ、もう出発すんぞ、振り落とされても知らねーぞ!」
銀さんは手を伸ばして私を降ろそうとするけど、その手を猫パンチで迎撃した。
「いてっ!ったく、しょーがねェな。行くぞ」
「にゃ!」
___うん!
言葉が通じなくても、まるで通じているかのようだ。銀さんはほんの少しスピードを落として、発進した。
辿り着いた先は、コンビニ。ヘルメットから着地して、うーんと伸びた。
「にしても、お前よく落ちなかったな…」
ヘルメットを外しながら感心したように言った。そしてジャンプジャンプ、と言いながら店内へ入って行く。もちろん私もついて行った。
たくさんの商品が並んでいる。すごいなあと見上げながらのんきに歩いていると、銀さんは分厚い本を脇に挟みながら雑誌を立ち読みしていた。ブーツにすり寄ると、銀さんがちらりと私を見下ろした。
「何。ちょっと今銀さん読書中なんだけど。え、なになに、お前も読みたい?お前にゃまだ早ェよ」
「にゃ?」
____どういうこと?
銀さんのエネルギーのない目を見つめると、銀さんはほんの少し動揺した。
「そ…そんなつぶらな目で見ないでくれる?銀さん、何もいかがわしい本なんか読んでないからね。銀さん健全だから、うん」
そそくさと雑誌を直し、あーもーとぶつぶつと何か言いながらレジに向かった。すると、店員さんが知り合いだったらしく。
「あれ、銀さんじゃん。いらっしゃい」
「長谷川さんじゃん。バイト?」
「そうそう、バイト先見つかってさ。…てか、銀さん」
「あ?」
「猫店内に入れないで欲しいんだけど」
サングラスのおじさん___長谷川さんと銀さんが私を見下ろす。え、何、私?ぴょこんっとレジへ飛び乗った。
「うわ!ちょっとォ!」
「んだよ、いーじゃんよ。猫ぐらいよォ」
「困るよー!毛が落ちるだろ!不潔だし、なんか商品食うかもしれないじゃん!何するかわかんないじゃん!」
「こいつはお嬢様だからんなことしねーよ。…あ、にゃんこ。そこのレジから札取れ。そして俺にやれ」
「にゃ?」
「なんてことさせてんだアンタはァァア!」
長谷川さんは私を降ろそうとしきりにグイグイ押して来る。あ、あ、落ちる、落ちる。仕方なく、銀さんの頭に飛び移った。
「うがっ!〜ってめーはまた…!そんなに俺の頭が好きかコノヤロー!」
うん、銀さんの銀髪好きだよ。ふわふわしてるし、居心地良い。銀さんはため息混じりにお金をレジに置いた。
「まいど。ていうか、銀さんそんな猫飼ってたっけ?」
「飼ってねーよ。野良だよ野良。なついただけだよ」
「へー…野良にしては綺麗だな」
「だろ。まあ、ウチのしつけがいいからな」
「アンタ今飼ってないって言っただろーが」
長谷川さんが撫でようと手を伸ばして来る。大人しく撫でられていると、急に鼻がムズムズして来た。
「お?なんかもごもごしてるぞ」
「え!?ちょっと待て!そこでおしっことかすんじゃねーぞ!オイ!おしっこならこのおっさんの上でしろ!」
「おいいいい!やめろや!」
「ッブシュン!!」
ぶしゃっ、と。長谷川さんめがけて、盛大にくしゃみをした。鼻水とつばがこれでもか、というほど長谷川さんにかかった。
「…!!ぎゃぁあああ!」
「あーあー」
…ご、ごめんなさい。
騒ぐ長谷川さんを置いて、銀さんは私を乗せたままジャンプを手に店内を出たのだった。