また明日ね、なんて菊地原くんに言ってしまったが、ボーダー見学の翌日、つまり今日は、普通に休日だった。恥ずかしい。
それにしても、この一週間でいろいろありすぎた。この休日を利用して、頭の中を整理しよう。散歩でもしながら、考えよう。そうしよう。靴を履いて外に出る。休日でも外に出るときは眼鏡は欠かせない。てくてくと歩きながら、眼鏡ごしの景色をぼーっと見ていた。

ボーダーに入るか、否か。正直、かなり揺れていた。見学はとても楽しくて、隊員のみなさんもいきいきしていて、見るものすべて輝いて見えた。入りたい気持ちはある。でも。サイドエフェクトが有効活用できるのかと聞かれると正直わからないし、人助けや街を守るなんてことが私にできるのか。何よりも、この性格で、私はあの組織でやっていけるのか。…ああ、だめだ。できっこない。…でも。の、繰り返し。終わらない自問自答。はあ、と深くため息をついたとき、ふと周りの景色を見ると、違和感に気が付いた。
あれ、ここどこだろう。
見覚えはある。昨日通った道に出ている。自分でも気が付かなかったが、ボーダーのことを考えるうちに、足はボーダーへ向かっていたのだ。それももうかなりの距離歩いていたようだった。びっくりした。とりあえず、引き返さねば。もうここは、警戒区域に入っているはずだ。まあ、そんなにタイミングよく近界民が出てくることもないだろうが。
なんて思っていた馬鹿な私の耳を、警報の鋭い音がつんざいた。

「……嘘、」

かすれた声が出た。周囲に人はいなくて、私の声を拾う人はいなかった。
バチバチと爆ぜるような音を出して、黒い穴がぽっかりと開くのを見た。近い。目の前ではないが、かなり近い。まばたきできずに見つめていると、穴からでてきたのは、見たこともないようなでかさの怪物。まっしろくて、ぎょろりとした一つの目がこちらを見る。
私はがちりと固まったように動けなくなってしまった。走らなきゃと思うたび、体がかたくなるようだ。来るな、来るな。そう念じるのもむなしく、ずしんずしんとゆっくり一歩一歩近づいてくる。近づくたびに、私の眼には涙がたまっていく。
大きい。でかい。こわい。こんなのに勝てるわけがない。ボーダーの人たちなら、このばけものもあっという間にやっつけてしまうのだろうか。なんであの人たちは、そんなに強いのだろう。わたしも。私も、強くなりたい。恐怖の塊を前にして、自分の無力さを痛感して、思うことはそれだった。
とにかく逃げなくては。生き延びなくては。こんなところで死んでしまったら、すべて終わってしまう。まだ何も始めてさえいないのに!
動かない体に鞭打って、やっとのことで一歩踏み出した。やった。次の一歩、次の一歩。早く、早く早く。走り出したときには、もう、間に合わない。

「だ、誰か、助けて_______」


「アステロイド!」
「旋空弧月!」


出したこともないような声で叫んだ瞬間、二人の男の人の声がほぼ同時に聞こえた。そして私は勢いよく転んだ。転んだ先に片方の男の人がいて、派手にスライディングしてきた私をひょいっと起こしてくれた。

「大丈夫か!?…あれ、お前。昨日の!」

土をはらってもらう間、放心状態だったが、だいたい現状を理解してきた。ボーダーの人が助けにきてくれたのだ。助けてくれた人は、昨日キャンディをくれた菊地原くんの先輩の一人だった。

「太刀川さん!女子は無事でーす!」
「よっしゃ、危ねー!よくやった出水」
「あざーっす。お前、なんでこんなところにいるんだ?ここ警戒区域だぞ。一人か?」

もう大丈夫だ、生きてるんだと思うと、ぶわっと涙が押し寄せてきた。我慢できずに、嗚咽を漏らす。

「…っく、ひっく、ううっ」
「よしよし、こわかったなー。もう大丈夫だからな」
「ひっく、……あの、」
「ん?」
「ボーダーに、入りたいですぅぅっ…!!」
「……んん?」

一思いに叫んだあと、ついでに鼻水もでてきて、二人のボーダー隊員に見られていることも忘れて我慢することもせずに延々と泣いていた。




私が泣き止むまで二人はずっと待ってくれていた。太刀川さんと出水先輩というのだという。一般人の介抱があるんで残りの防衛任務は頼みます、となにやらどこかに連絡しているようだったのをぐすぐす言いながら聞いていて、申し訳なく思った。
私が泣き止んでから、とりあえず警戒区域を出て安全なところまで誘導してもらう。かなり家の近くまで送ってもらってしまった。道中、少しずつボーダー入りたいです発言の経緯を説明していた。

「…で?瑠花は菊地原にボーダーを紹介してもらって、悩んでたけどさっきの襲撃にあって決心ついたって?」
「…はい。このままじゃだめだって思ったんです。強くなりたいって…精神的に、です。昨日見学して、入りたいとは思ったんですけど、私なんかが入っても役に立たないって、思いました。今でも、思ってます。…でも、変わらなくちゃ」
「お、おお。」

なぜかすらすらと思っていることが口から出てきて、止まらなかった。ずいぶん泣いて、すっきりしたからだろうか。太刀川さんと出水先輩がちょっと引いているのにもかかわらず、一息で言うと、きゅっと口を結んだ。聞き終えた太刀川さんはなるほどなあと何度か頷いてから、にやりと笑みを見せて言った。

「つーことは、ボーダーに入隊希望ってことだな?もう覚悟はできてんだな」
「…は、はい。」
「よし。わかった。実は、俺の師匠はここの本部長様なんだ。直々に頼んでやるから、あとは俺に任せろ」

きらりと光る笑顔で言った太刀川さんと、よかったなと肩をたたいてくる出水先輩。本部長って一番偉い人じゃないですか!そんな人に直々に…。う、うれしいけど、恐れ多い。そんなおおごとにしなくてもいいんですが…。しかしそんなことを言い出すことはもちろんできず、とりあえず頷いたのだった。
もう後戻りはできない。いいのか、私。がんばれるのか。…いや、がんばってみせる。変わってみせる。つよくなるんだ、と自分に言い聞かせた。
私の新たな世界が、今、幕をあける。


夜明けは待たない


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