とある部屋の前に来て、菊地原くんは止まった。私を振り向いて、部屋を指差す。

「ここ、僕と歌川のチームの隊室」
「は…入るの?」
「うん。僕らの隊長がいるはずだから、会わせようと思って」
「ええっ」

自動ドアを開けようとする菊地原くんだが、心の準備も何も出来ていない。隊長って、あの、ボーダーまでの道中で聞いたナンバー2の実力者だという”風間さん”って人だよね…!?ナンバー2の実力者、自分にも他人にも厳しくて、トレーニングは怠らない真面目な人。菊地原くんのサイドエフェクトの可能性に気が付いて自身の隊にスカウトしたのもその人だというのだから、私の想像では、強面で筋骨隆々のすごく近寄りがたいようなこわい男性が構築されている。私が挨拶しようものなら、なんだこいつは、ぶった切ってやるとすぐさま叩き出されてしまうのではなかろうか。
菊地原くんを止めようとしたが、遅かった。自動ドアが無慈悲にも開いて、部屋の中があらわになる。もはやここまでか…

「風間さん、ちょっといいですか」
「菊地原か。どうした」
「会わせたい奴がいるんですけど」
「…ああ、例の強化視力の奴か?」

奥から声が聞こえて震えた。思っていたよりいかつい声ではないが、やはりまじめそうな声だ。それに私のことを菊地原くんから聞いていたようだが、菊地原くんは何と言っていたのだろう。ちらりとこっちを見た菊地原くんにぶんぶんと首を振って無理です帰りますアピールをしていたが、がしっと手を掴まれたかと思うとぐいぐい引っ張られる。ぎゃあああ無理無理!こわすぎる!助けて歌川くん!涙目で歌川くんを見たが、苦笑するだけだった。味方ゼロ!もうだめだ!もう覚悟を決めるしかない。

「この人が昨日言ってた、クラスメイトです。」
「そうか。顔をあげてくれ。別に取って食ったりしないから怯えなくていい」

菊地原くんと歌川くんの隊長さんに失礼な真似はできない。おそるおそる顔をあげると、想像とはかけ離れた"風間さん"がソファに座っていた。想像より、その…小さい。

「…は、はじめまして。蒼井瑠花です」
「ああ。はじめまして、風間隊隊長の、風間だ」

拍子抜けしてさらっと自己紹介できた。いやいや身長の問題じゃない。赤い目の鋭いまなざしや真面目そうな物腰は確かに隊長という風格がある。しかし個人的にちょっと緊張が緩んだ。もしかしたら身長のことは気にしていることなのかもしれないから、絶対に言わないが。座ってくれと促され、そのまますとんと座った。どんな話をされるんだろう。

「今日は見学に来ているんだってな。どうだ、ボーダーは」

もっとサイドエフェクトのこととかを根掘り葉掘り聞かれると身構えていたので、また拍子抜けだ。私が緊張しているのを見て普通の話をしてくれたんだろうな。

「ええと、…建物は広いし、人は多いし、圧倒されています…」
「まあ、そうだろうな。菊地原、どこを見て回ったんだ?」
「まだあんまり。模擬戦のブース通ってここに来たばっかりですよ」
「そうか。今日は確かB級ランク戦があったから、せっかくだし見ていくといい」
「ランク戦…?」
「まあ、平たく言えば、ランキングの上位を狙ってのチーム戦だな。みんな上位をめざして本気で戦っている。俺たちもそこで勝ち抜いてきた」

なるほど。そういうものがあるのか。私がうなずいて相槌を打つと、何か質問があるなら受け付けるが、何かないかと言ってくれた。あえてサイドエフェクトのことは話に出さない意向のようだ。私も上手に話せないので、菊地原くんから聞いてもらうほうが良いだろう。ずっと聞きたかったことがひとつあるので、この機会に聞いてみることにした。

「あの、一つだけ…」
「なんだ」
「こ、怖くないんですか?」
「…近界民と戦うことが、か?」
「はい。私は近界民を見たことがありますが、あんな大きな怪物に斬りかかっていくと思うととても怖くて…だから、みなさんすごく勇気があるんだなあと…わ、私にはできそうにありません」
「まあ、それはあれだな」
「…?」
「慣れだ」

慣れ、ですか。本日三度目の拍子抜け。私がきょとんとしていると、説明を加えてくれた。

「誰だって最初は怖い。攻撃手ならもちろんだが、射手も銃手も狙撃手も、オペレーターも、誰だって怖い。街を守る使命を背負っているのだから、当然だ」
「…はい」
「だから、訓練する。強くなろうとする。近界民と仮想戦闘をして、何度も何度も繰り返して経験を積む。ランキングで順位をあげて、自信をつける。そうしたら、自然といつか怖くなくなるものだ。…それと、もうひとつあるな。怖くない理由」
「それは…?」
「仲間だ」

どきっとした。仲間。私にはなくて、ボーダーの人たちにある、決定的なもの。

「俺は強いが、俺一人じゃ街を守ることはできない。でも仲間がいれば、欠点を補いあってその強さは何倍にでもなる。たとえ恐怖を感じても、ひとりじゃないから怖くない。近界民との戦いは、個人戦じゃない。団体戦なんだ。負けるわけがないだろう」

風間さんは冷静に、しかし自信たっぷりにそう言ってみせた。説得力が半端じゃない。途端に怖くなくなった気がした。やはりこの人は菊地原くんたちの隊長さんだ。御見それしました。なんだかすっきりした気持ちになって、はい、と頷いた。




その後、部屋を出てからB級ランク戦というのを見て、荒船隊、二宮隊、諏訪隊という部隊の戦いを見た。一通りのポジションを知ることができた。荒船隊の狙撃手も、二宮隊の射手も、諏訪隊の銃手もとてもかっこよくて終始口が半開きだった。

「どうだった?」

帰り際、ボーダーのロビーで菊地原くんが私に聞いた。風間隊はこれから任務があるらしく、私だけが家に帰ることになる。

「すごく素敵だったよ。みんなかっこよくて、楽しそうで…貴重な体験ができたよ。来てよかった」
「…ふーん。で、入りたくなった?」
「……それはまだ、…わかんないかな」

私がもごもごと言うと、菊地原くんはなーんだと面白くなさそうに言う。仕方ない、本当にまだわからないのだ。気持ちの整理がついてないというのが本当のところだ。短い時間でいろんなことがあって、頭はパンパンなのだ。

「私なんかが入っても、貢献できる自信はないし…人助けなんて、私には…。でも、みんなすごくいきいきしてて、"仲間"がいて…うらやましくはなった、よ。」
「…それって、入りたくなったって言うんじゃないの?」
「……そ、そうなのかな?」
「僕に聞かないでよ。…じゃ、僕任務あるから。」
「きょ、今日はありがとうっ!また明日ね…!」

へらっと笑って手を振ってみる。菊地原くんは私をまじまじ見たあと、なんだ、笑えるじゃん、と呟いてすぐに歩いていってしまった。そういえば菊地原くんと話してから初めて笑った気がする。うわぁぁぁ、変に思われたかな。急に帰りたくなってきたのですぐにずいぶん人が少なくなったロビーを後にした。
ボーダー、か。楽しいことばかりではないのだろう、強くなるために、みんな頑張っている。でもそれさえも私の目にはきらきらして見える。一生懸命になれるって、仲間がいるって、いいなあ。私もボーダーの人たちみたいに、なれるのだろうか。


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