夢を見た。できる限り思い出したくない、脳裏に焼き付いて離れないあの日の夢を。
学校から帰宅後、明日の小テストに向けて問題集を解いていると睡魔に襲われて、ほんの少しの間だけ、と机に突っ伏したのが最後、どれくらい寝ていたのだろうか。うんと長く寝ていたように感じられたが、時計を見ると30分ほどの間だったようだ。
その30分の間に、私は大規模侵攻のときのモールモッドに襲われる夢を見ていた。目の前にこどもがいるというのに、私にしか助けられないひとがいるというのに。無情にもモールモッドの鎌の餌食になってしまう。その夢では菊地原くんは来なかった。ああ、菊地原くんがいなかったら私なんて今ここに居ないんだと思い知らされた。あのときに終わっていた命なんだ。夢はそれで終わりではなく、自分だけではなくて、こどもが次に狙われるところまで息も絶え絶えに見つめていた。やめて。一生懸命、心のなかでは叫んでいるのに、その声は誰にも届かない。
目を覚ましたら汗をかいていて、吐き出した息は震えていた。首の脈がどくどくと音を立てているのがわかり、やっと生きていることを思い出した。

「…………ゆめ」

あれは夢、ただの夢と言い聞かせるようにつぶやいて、スマートフォンに手を伸ばす。どうしても、今。彼に会いたくなったのだ。

『菊地原くん、起きてる?』

もう寝る前の時間でかなり夜は遅かった。今から会おうなんてわがままを言うつもりはなかった。それでも、連絡をとりたくて。菊地原くんに、大丈夫だよと言ってほしくて、メッセージを送った。
起きているだろうか、もし寝ていたら起こさないでと怒られるだろうか。少し緊張しつつ画面を見ていると、既読の文字がついたのを見た。うわっ、起きてる!!

『そろそろ寝るところ。どうしたの』

寝るところなのに邪魔してごめんなさい!!!と思いながらそのとおりに書いてすぐに送った。すると、別にいいけど、明日のテストの勉強してたし。と返ってきて少しホッとした。
菊地原くんも勉強中だったのか。テスト前なのだから当たり前かもしれないけれど、同じことをしていたなんてちょっとだけ嬉しい。少し気分が落ち着いてきたようで、少しだけ頬が緩んだ。

『私も勉強してたところ、明日頑張ろうね』
『別に、小テストだし頑張るほどでもないけどね』
『さすが菊地原くんだね!私は数学苦手だからなあ。』
『とか言って、しっかり満点とってきたら怒るから』
『ええ!』
『で、何の用だったわけ?』

菊地原くんとメッセージを交わしていると少し気分は楽になり、このまま寝てもいいやと思ってきていると、本題に戻された。文字をすらすらと打っていた指が止まる。なんでもない、とごまかしてもよかった。菊地原くんは、なんでもなくないでしょと追求してきそうだったけれど、それでも、もう大丈夫になったからと言ってそれで終わりにしてもよかった。でも、菊地原くんの優しさに少しだけ甘えたくなってしまった。つい、と指を画面に滑らせる。

『勉強中にちょっと寝ちゃって。怖い夢見たから、菊地原くんと話したくなって』

あああ、送ってから恥ずかしくなってきた。こんなことで夜分遅くに連絡しちゃっただなんて、呆れられるに違いない。でも、もう落ち着いたから大丈夫、と繕うように送った。しかしすぐに、どんな夢?と返信がきた。そして、返信内容を考えるひまもなく、着信音が部屋に響き渡った。菊地原くんから電話がきたのだ。えええ電話!?!?どうして!!ちょっと待ってなんでどうして、と突然の電話に驚きすぎて、机から慌てて離れてベッドに飛び込む。毛布をかぶって家族に聞かれないようにしてから、光る画面をタップした。

「もっもしもし……!!」
「遅いんだけど。出るの」
「ご、ごめんね、びっくりしちゃって……」
「……、瑠花が電話してこないから、ぼくからかけてあげたんだよ」
「え、……ありがとう……?」
「電話したかったんでしょ?」

話したくなって、というのは、電話したくなってという意味で送ったのではなかったのだが。でも、菊地原くんの声が聞けて嬉しくて、じわりと涙が滲んだ。

「……ありがとう、菊地原くん」
「別に。で、どんな夢見たの。悪夢って人に話したほうがいいらしいよ」

菊地原くんはいつものような口調ではあるがその声は優しかった。私は少しだけまだ迷っていたが、隠す必要もないかと思って話し始めた。

「……大規模侵攻の、ときの夢を見たの。でも、今度は菊地原くんは来なくて。私はモールモッドに、そのまま……」
「……あーあ、しっかりトラウマじゃん」
「そ、そうだね……私、も死んじゃうけど、こどもも助けられなくて終わっちゃった」

そうだ、私は自分が殺される夢だったからという理由だけで怖いのではなかった。目の前のこどもを助けられなかったことも、為す術もなく殺されていくのを見たのも怖かったのだ。
私もあのときの子供も、今生きているのは運がよかっただけ。もし、また同じようなことがあれば、私は目の前の人を助けられるのだろうか。もし菊地原くんと逆の立場だとしたら、私は菊地原くんを助けに行けるのだろうか。

「……私、誰も救えないんじゃないかな」

それは弱音だった。来る日も来る日も狙撃の練習をしていても、まだまだ未熟には変わりない。いざというときに使えなかったら意味がない。当真師匠なら助けられる人を、菊地原くんなら助けられる人を私は助けられないかもしれない。そばにいるのが私のせいで救えなかった人が出てくるかもしれない。
私は強くなるために当真師匠に弟子入りして、修行を重ねた。でも、もしかしたら、大規模侵攻を経てからは理由が変わっていたのかもしれない。私のせいで救えなかったなんてことになりたくなくて。いざというときに役たたずになりたくなくて、修行していたのかもしれない。ぽつりぽつりと、抱えていた不安を吐き出した。菊地原くんはじっと黙って聞いていたが、私が話し終わると少し呆れたように返した。

「何言ってんの、瑠花は」
「……し、心配したってしょうがないよね、わかってるんだけど」
「そんなことあるわけないでしょ。瑠花はもう強いんだから、大丈夫だよ」

あっけらかんと、そう言い切る。強くなんて、ない。そう言おうとすると、菊地原くんは私を遮って続けた。

「そもそも狙撃手一人で戦うわけないんだから。もし瑠花が一人で戦っていて、それで誰かを助けられなかったなんてこと起こったら、その采配をした人が悪いし。もはやどうにもならない事態だよ」
「……う。」
「ぼくが保証する。瑠花がやってきたことに、無駄なことなんて一つもないから」

だから大丈夫だよ。耳元に流れてくるうんと優しい菊地原くんの言葉。欲しかった言葉は枯れたようだった心をじんわりゆっくり包んでくれる。溢れた涙が布団に染み込んでいく。

「それに、まあ。瑠花のことはぼくが助けるから、安心しなよ」

照れくさそうにそう付け足した菊地原くんに今すぐ抱きつきたくなった。うわもう、涙でぼくの服濡らさないでと言われるだろうな、なんて想像してくすりと笑った。

「なに笑ってるのさ。ぼくは真剣に言ってるんだけど!」
「ううん。わかってる、……ありがとう。ごめんね、いきなりこんな、変なこと言い出して」
「瑠花がよわよわメンタルなんていつものことじゃん。……弱音なんていくら言ってもいいから。繕わないで、瑠花は瑠花のままでいて。ぼくは瑠花が好きなんだから」

とどめとばかりにそんなことを言われて、私はもうお手上げ状態だった。菊地原くんはいつだって欲しかった言葉を、それ以上の言葉でくれる。どう感謝を伝えたら良いのかわからない。私も好きですという言葉で返すしか思いつかない。

「……ぎぐぢはらぐんん」
「あーもう布団びちょびちょじゃん絶対」
「すき、です」
「……はいはい。ぼくも」

じゃあおやすみ、と耳元で聞こえる声には少しどきどきしたけれど、それよりも安心した。きっと私は明日からも、また頑張れる。
その日は初めて、電話をつないだまま寝た。もちろん、起きたら充電が底尽きていつの間にか電話は切れていて、朝から慌てて充電する羽目になったのだった。


ナイトタウンにて


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