それは衝撃の噂だった。ただの噂でしかない、それでも私にとって間違いなく波乱を呼ぶ噂だったのだ。

「当真先輩に彼女ができたァ?」

ボーダーへ向かう道、歌川くんが聞き返し、本当かどうかはわからないと慌てて言った。菊池原くんがああその噂、と知った風に言うものだからビクッと過剰反応してしまった。

「この頃何度か聞いたことある。C級の奴らが何人かこそこそ話してたよ。本当なの?」
「ええ、俺は初めて聞いたぞ。知らなかった」
「本当なのかわからないの…私は茜ちゃんに聞いただけで…というか聞かれただけで」

茜ちゃん情報で定かではないが、神妙な表情で当真先輩に彼女ができたって聞いたけど本当なんですか、と私に聞いてきたのだ。私が知る由もない。聞いていない。そんな、当真師匠に、彼女が。
本当だろうか、もし本当ならば私はボーダーでは金魚のフンのようにくっついていたが態度をあらためねばいけないしこれまでのような師弟関係ではいられない。噂の真偽が気になりすぎて昨日の訓練は全く身が入らず、早々と帰ったものの、ほとんど眠れず学校に来て眠い一日を過ごしたのだった。

「今日直接本人に聞いてみれば?」
「そそそそんなこと…できないよ…」
「なんで?別にそのくらい…」
「だって、………」

だって。当真師匠に彼女ができたと、面と向かって言われたら、私はどうしたらいいんだ。おめでとうございますと祝福するのが、弟子のあるべき姿なのかもしれない。好きな人と結ばれるというのがどんなに幸せなことか知っているのだから、当真師匠もそうなるのならお祝いしなければ。喜ばしいことだ。それなのに、今私は想像して泣きそうになっている。さみしい。私のお師匠様が遠くに行ってしまうのがさみしいのだ。

「ちょっと瑠花?泣いてんの?」
「えっ!?ちょ…まだ聞いてみないとわからないだろ?俺から聞いてみようか?」
「な、泣いてないよ…!冬島さんに、聞いてみるから大丈夫…」
「そうだな、うん」

あふれそうになった涙をぬぐったら二人がぎょっとした声をだした。うう、こんなことで泣くなんてどうかしている。深呼吸をして涙を引っ込めて、冬島さんに聞く決心を固めた。





冬島隊の作戦室に向かった瑠花の後ろ姿を歌川と見送る。その後ろ姿はどこか元気がなさそうで、とぼとぼという効果音が似合いそうな歩き方。ぼくはぼそりと呟いた。

「……わかんないなあ」
「ん?」
「瑠花が当真先輩に片想いしてるとかなら失恋だって泣くのもわかるけど、あいつの彼氏ぼくでしょ。なのにさ…」
「…すねるなよ。いって!」

歌川がそう言った瞬間足を踏んでやった。別にすねてない。ヤキモチとかでもない。

「恋愛感情とはまた別の、師弟の絆ってもんがあるんじゃないか?お前だって風間さんが彼女できたって言ったらちょっとは寂しいだろ」
「……」

別に風間さんが彼女作ったからって風間隊抜けるわけじゃないんだから。まあでも、どこの女がぼくらの風間さんをそそのかしたんだ、とは思うかもしれない、と少しだけ納得した。歌川の例えが予想外によかったので、ちょっとくやしくなってスタスタと歩き出した。噂がもし本当なら、今度こそさめざめと泣くだろう瑠花を慰めてやるくらいはしてやってもいいかな。





冬島隊の作戦室を前にしてうろうろすること数分。未だ中に入れずにいる。何て言って冬島さんに聞けばいいんだ、それよりまだ来てないとは思うけどもし当真師匠が中にいたらどうしよう、などと考えだすときりがない。何度も考えてようやくノックした。

「蒼井です、冬島さんいらっしゃいますか…!!」
「はいよー」

返事が聞こえて自動ドアが開く。少しだけ緊張しつつ入ると、当真師匠の姿が見えなかった。やはりまだのようだった。安心して声をかけようとすると、冬島さんがパソコンから手を離して私を見る。

「どうした瑠花ちゃん、当真なら今日は来ないみたいだぞ」

がーんと衝撃をくらった。今日は来ない。当真師匠は別に毎日来てるわけではないし、学校も人付き合いもあるのだからもちろん気にすることではないのかもしれないけれど、今の私はそれに過剰反応してしまう。彼女さんと一緒にいるのだろうか。一瞬でうるっと視界がにじみ、冬島さんはそんな私を見てぎょっと目を見開いた。

「えっ何!?瑠花ちゃん!?待って俺なんかしたっけ!?」
「い、いえ、違うんです、その」
「あーっとこれ!アイス!食べていいから、な」
「いえだいじょぶ、……じゃ、じゃあいただきます…」
「真木のやつだけど大丈夫、食え食え」
「えっっ」

開けてからそんなことを言われて青ざめたが、開けたものはしょうがないので食べさせてもらった。高級カップアイス、おいしくないわけがなかった。心に染みるおいしさだ。今度買って返そう。

「で、どした?言ってみ」
「…当真師匠に…」
「当真に?」
「かの、彼女さんができたというのは…本当なのでしょうか…」
「彼女?……はあ!?彼女!?そうなの!?」

私が消えそうな声で絞り出すと、きょとんとしてから大声を出した。冬島さんのこの反応は予想だにしておらず、逆に聞かれてぶんぶんと首を振った。

「いえししし知りませんっっ」
「いやいねえよ絶対。聞いてねえもん。それどこ情報?」
「えと、噂で…」
「どっから湧いたんだか…。とりあえず当真呼んだわ」
「え!?」
「本人に否定してもらったほうがはえーだろ。俺が聞いてないだけで万が一ってこともあるし」

スマホを話しながら起動させて何やら打ち込んだかと思えば、そう言った冬島さん。呼んだわ、とは、どういうことだろうとおろおろしていると、ほどなくして当真師匠がベッドに落ちてきた。えええ何!!?

「隊長ォ、五秒以内に来いとか無理すぎる招集やめろって!お好み焼き注文したとこだったのによ!」
「お前今度は誰を足に使うかと思えば」
「トリガーオンからのベイルアウト」
「聞かなかったことにしといてやる」

えええそれはアウトですよ当真師匠!!見境なさすぎますよ当真師匠ー!と心の中で叫びつつ、当真師匠が私を見たのと目が合った。

「何かあったのか?」

心配そうな表情がいつもの優しい当真師匠で、また泣きそうになっていると冬島さんが説明してくれた。

「お前に彼女ができたっつー噂聞いて真偽を確かめに来たんだとよ」
「はあ?なんだそれ、できてねえよ。出来たら一番に隊長に報告して焼肉おごりのはずだろ!!」
「だよなあ。絶対いねえと思ったよ俺は。けど瑠花ちゃんが信じちゃって泣くもんだからさー」
「マジで?……ったくもー、俺のこと大好きかよ可愛い奴め!」

ぐりぐりと頭を撫でられ、恥ずかしさで縮こまっていると、でもなと当真師匠が続けた。

「たとえ俺に彼女ができたとしても、お前は俺の弟子ってことに変わりはねえし、変に距離おく必要もねーかんな。そのぶん彼女のことも可愛がってやるし愛してやるからいいんだよ。師弟の絆に文句言うような奴が彼女とか願い下げだっての」

だから変な心配すんなよ、と言う当真師匠にまた涙がこみあげてきた。今日の涙腺はどうなっているんだかわからない、でも今のは当真師匠が悪いと思う。そんなかっこいいことを言われては、降参だ。

「……も、もし出来たら、次はちゃんとお祝いするので…私にもすぐ、教えてください、ね」

瞬きを何度かして、しゃーねーな、と当真師匠は嬉しそうに言った。きっといつかそんな日がくるのだろう。私のお師匠はかっこよくて強くて優しいから仕方がない。でもそのときは、もう泣かずにいの一番に、祝福してあげるのだ。


泣き虫コンチェルト


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