帰宅のため医務室を出る私は、松葉杖でひょこひょこ歩いていよいよ怪我人らしい格好だ。自分でコケた程度の捻挫なのに大げさだと訴えたのだが、医務室の先生はなかなかに頑固で、痛いんだろうが捻挫ナメんなとばかりに有無を言わせず待たせたのだった。
松葉杖を使って歩くのは初めてで、ひょこひょこと不格好に医務室を出る。

「よいしょ、」
「うわ。そんな大怪我だったの?」
「ふぁっ!?」

いきなり声が聞こえて横を勢いよく見ると、医務室の壁によりかかるようにして立っていたのは制服姿の菊地原くんだった。

「きき、菊地原くん…!?」
「歩き方下手すぎ、松葉杖でまたコケるんじゃない」
「〜〜、こ、これは、私、いらないって言ったんだけど…先生が…!」
「そのやりとりは聞こえてたけどさ」

無茶したバチだね、と私の足と杖を見て呆れた表情の菊地原くん。うう。まあそれはいいとして、菊地原くんを見て首をかしげた。

「それで菊地原くんは…ど、どうしてここに…」
「…迎えにきてやったんだけど。悪い?」
「え、わわ悪くない!でも、わざわざ来てもらっちゃうなんて……ごめ」
「謝ったら殴る」
「ひえっ」

慌てて口を閉じる。菊地原くんはじとりと私を見てから、言う言葉他にあるでしょ、と言う。少しだけ考えてからすぐに気がついた。

「あ…ありがとう。迎えに来てくれて…。」
「…はあ。帰るんでしょ?ほら、行くよ」

そう言って歩き始めた菊地原くんの肩には私のリュックがあった。防衛任務の前に風間隊の作戦室に置いていたものだ。迎えに来てくれただけでなく、荷物をとりに帰らなくていいように持ってきてくれたのだ。ジェントルマンすぎる。

「ええ、荷物まで…!ごめ、」
「は?」
「…ええと、ありがとう」

これだから瑠花は、と菊地原くんはため息をついた。今名前!!と過剰反応して慌てふためいている間に、菊地原くんはすたすたと先を行ってしまう。慌てて杖を使いつつ歩き始めると、菊地原くんは立ち止まって振り向いた。どうしたのだろうときょとんとしていると、何ぼーっとしてんの、と言われる。私が追いつくのを待っていたらしい。ひええ、ごごごめんなさい!でもちょっとだけ嬉しくて顔がにやけそうだ。

「あ、でも待って菊地原くん、リュックは背負うだけだし、自分で持つよ…!」
「だめ。ただでさえ慣れない松葉杖でしょ。倒れられたら迷惑だし」
「だ、大丈夫だよ!」
「説得力皆無。却下」
「ええええ」

教科書が入って軽いわけではないのに、持たせてしまうだなんて申し訳なさすぎる。しかし譲る気は皆無のようだ。もう私が折れるしかない。

「どうせ申し訳ないとか考えてるんでしょ?」
「うっ」
「いーんだよ、ぼく彼氏なんだから」

ぐあああっ。えええ、今のはちょっと反則では!?あまりの衝撃に松葉杖を変に出してしまい、ガクンと体が揺れる。なんとかコケる前に体勢を持ち直すと、菊地原くんが焦った声でバカと私の頭にチョップした。

「言ったそばから何やってんのさ!」
「だだだって菊地原くんがぁ…!」
「なんでぼくのせいになるわけ!?」

ぎゃあぎゃあと言いながら再び進みだす。ふたりでゆっくりとロビーを目指していると、その道中、三輪先輩と米屋先輩と奈良坂先輩に出くわした。先輩たちも今から帰宅のようだ。

「うお、瑠花、松葉杖で帰んのか!やべー、大丈夫か〜」
「…モールモッドにやられたんだったか?」
「みみ、三輪先輩…!噂はほぼあってないので信じないでくださいぃ…!!」
「もしほんとにモールモッドにやられてたら足なくなってるでしょ」
「菊地原、それはそうだが、さらっと言い過ぎだ」

菊地原くんの言葉に奈良坂先輩が冷静に返答する。ひええ…私生きてて本当によかった…と一人でどきどきしていると、三輪先輩が私と菊地原くんをかわるがわる見て言った。

「…菊地原は、荷物持って送ってやってるのか」
「まあ、仕方なく。またコケられても困るので」
「ずいぶんジェントルマンじゃねーの菊地原く〜ん。何?まさか付き合った?」

三輪先輩の隣の米屋先輩がにやにやする。一瞬で私の顔が熱くなってしまった。顔を覆いたいが残念ながら両手は杖でふさがっている。ひえええもう逃げよう菊地原くん!!とばかりにちらりと隣の菊地原くんを見ると、菊地原くんはさらりと返事を返した。

「だったら何ですか?」

ええええ菊地原くん!それってもしかしなくても肯定してますよねー!!いや、まちがってないけど!まちがってないけどそこはぐらかしてもよかったのでは!?恥ずかしくて死ねる!!と内心パニックになりつつ必死で目を逸らす。米屋先輩たちの顔が見れない。うわあああ。

「え?マジ?…マジ!?」
「……驚いたな。ところで…蒼井、それ当真さんには言ったのか?」
「えっ、とと当真師匠にですか…?まだ、です…い、言うべきですかね、やっぱり」
「早めに言ったほうがいいぞ。遅れれば遅れるほど暴れそうだ」
「わ、わかりました……」

真っ赤になりながらもこくこくと頷く。うるさいだろうがまあ頑張れ、となぜか応援された。実は報告するかどうか迷っていたのだ。確かにすぐばれそうだし、早めに報告したほうがいいような気もしてきた。
じゃあ、僕たち行くのでと菊地原くんが切り出す。すると別れる際、三輪先輩が引き留めるように言った。

「蒼井」
「!?は、はい!」
「…よかったな」

三輪先輩はふっと微笑んでそう言った。よかったな、とは。私が以前、三輪先輩に菊地原くんの話をしたときに、何か感じ取っていたとでもいうのだろうか。ぱちくりしてから、さらに顔が熱くなるのを感じつつ、とりあえずこくりと頷いた。
しばらく歩いてから、私は声を絞り出して菊地原くんに声をかけた。

「…言っちゃうなんて…びっくりした…」
「どうせいつかバレるし」
「…う…噂になっちゃうよ。いいの…?」
「僕は別に気にしないから。…あーそっか、噂されるの嫌か」

菊地原くんがごめん、と言った。ウワサされるのは確かに嫌だった、ボーダーで私がやることなすこと噂になっていたから。入隊したときからずっとそうだった。視線が集まって、こそこそ話されて、嫌で嫌で、当真師匠に隠れるように過ごしていた。でも。でも、この噂は、嫌じゃない気がする。

「…菊地原くんとの噂なら、いいや」

そう小さく言うと、菊地原くんはあっそ、とそっけなく返事をした。そしてしばらく黙ってから、ぽつりと言った。

「帰り道コンビニ寄っていい?」
「いいけど…どうしたの?何か買うものあるの…?」
「飴食べたくなってきた」
「!そういえば、ブルーベリーの飴、そろそろなくなっちゃう…」
「アレまだ持ってたの?」
「お気に入りなの…。また買おうかな」

そんな会話をしながらのんびり歩く。ボーダーの扉をくぐると、ざあっと肌寒い風が吹いた。眼鏡もなく、前髪も風に揺れてクリアな視界が広がる。
日はとっぷりと暮れてしまっていたが、私の目には鮮やかなまでな世界が広がっていた。私が両手で目をふさいで生きてきた世界は、目隠しを外せば、こんなにも素敵でこんなにもやさしい。あいた両手で抱えきれないほど、大切なものがたくさんできた。
自然と口元が弧を描く。きっとこれが幸せっていうんだ。


指を鳴らせばきみが笑う
Fin.



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -