結局私は晴れ上がった足を見た医務室の先生に捻挫だと診断された。それもかなりの。転んだだけだというのに、どういう運動神経をしているのか自分でも疑う。捻挫にしては大げさすぎる処置を受け、医務室のベッドで休養していると、どたどたと走ってきて医務室の扉をあけ放ち、ベッドのもとまで駆け寄ってきたのは当真師匠だった。

「瑠花!!」
「は、はい、瑠花です……」
「…瑠花ですじゃねえよこのバカ弟子!心配させやがって!」
「はうっ、すすすすいません…!!」

すぱーんっと頭をはたかれたが、そのあとすぐにこれでもかと頭を撫でてくれたのであまり痛くはなかった。

「大丈夫なのかよこれ?近界民にやられたんだろ?」

私の吊っている足を見てそう心配そうに言ってくれるが、ちょっと罪悪感を感じる。そうじゃないんです。

「あ、いえ、これは自分で転んで…」
「はあ?なんだそりゃ。そんだけか?他に怪我は?」
「あ、ありません」
「ねえの?だってお前、生身でモールモッドと戦ったんだろ?」
「えっ!?そそそそんなことできませんよ…!!菊地原くんに助けてもらったので戦ってはないです!」
「やっぱりそうだよなあ。ビビったわ、すげえ噂流れてるからよ」
「う…噂とは…?」

嫌な予感がしたがごくりとつばを飲み込んで聞いてみると、当真師匠はにやにやしながらこう言った。

「風間隊の狙撃手女子が生身でモールモッドを撃退してピンチの子供を救出した、ってよ」
「えっえええ!?」

噂とは怖いものだ。あってるようで事実と全く異なる。私は生身でモールモッド撃退できるようなスーパーマンじゃないです!!!手も足も出なかったし、何なら自爆してこのざまです!!!と声を大にして言いたい。ぶんぶん首を振って否定した。

「ちち、違いますよ…!!も、モールモッド撃退したのも、子供を救出してくれたのも、菊地原くんで…!!私は、何も…!」
「子供の件については完全にお前の手柄だろ!お前がいなきゃそいつは助けられなかったんだぞ。頑張ったな」

当真師匠は満面の笑みで頭を撫でてくれる。そう言ってもらえると努力が報われる。ワガママ言ったし心配もかけたが、がんばってよかった、と改めて思えて、はい、と返事を返した。
そこではたと大事なことを思い出した。誰かにずっと聞きたかったのだ。

「あの!み…三雲くん、無事ですか…!?」
「三雲?ああ、そいつなら、」
「それは俺から報告しようかな」

当真師匠の声を遮って現れたのは、迅さんだった。よう、無事か?なんて笑顔で手を軽くあげる迅さん。私は突然のことに驚き、表情を強張らせた。迅さんの頼みを聞けなかった。恩を返すチャンスだったのに、結局役立たずで終わってしまったのだ。思わず視線を逸らしてしまう。

「迅さんじゃん、いきなりどうしたよ」
「うん、当真、ちょっと瑠花ちゃんと二人にしてくれない?話したいことがあってさ」
「…いいけど。じゃ、隊長とでもまたあとで来るわ。じゃーな瑠花」
「あ、と、当真師匠…」

当真師匠は私の気持ちなんてつゆしらず、すたすたと歩いていってしまう。今迅さんと二人にしないでほしかった。逃げたかったがベッドから動けないし、何もできない。おずおずと視線をあわせると、迅さんは眉を下げて笑った。

「お疲れ様、瑠花ちゃん。ずいぶん無茶したなあ」

その声を聞くと、じわっと涙が滲んできた。迅さんに謝らなくちゃいけないのだ。

「……ご…ごめんなさい…っ!!あの、私、頼まれてたのに、三雲くんの援護…結局…!」
「大丈夫。メガネくんは無事だ。瑠花ちゃんのおかげだよ」
「わたし…なにもしてないです、…狙撃、外しちゃったんです…っ」
「いや。近界民の気を引いてくれて、時間を稼いでくれた。一分一秒でも惜しかったんだ。瑠花ちゃんの稼いだ数秒が、未来を変えたよ。これでよかったんだ。ありがとう」
「………ほんと、ですか?」
「そんなに俺信用ないかなあ」

涙を拭う私に、そんな風に言って頭をぽんぽんと撫でてくれる迅さん。私を慰めるために言ってくれてるのかと一瞬思ったが、信じてよ、と言う迅さんの声が真剣そのものだったから。信じます、とか細い声で言うと、迅さんは嬉しそうに頷いた。

「そうそう、そんな瑠花ちゃんにいい知らせがあるよ」
「いい知らせ、ですか…?」
「うん。論功行賞ていうのがあってさ、手柄を立てた奴らにボーナスあげるぞってやつ」
「は、はい」
「瑠花ちゃん、風間隊とは別に個人で一級戦功だってさ」
「…ええと…?」

いっきゅうせんこう、と言われても、ピンとこないで首をかしげる。

「ものすごい頑張ったで賞って感じ。風間隊チームでも一級戦功だけど、それとは別に個人でも取ってるって瑠花ちゃんだけだよ」
「ひえ…そ、そんな、大したことしてないです……」
「いやいや。助けた子ども、瑠花ちゃんが助けてなかったら、唯一の民間人死者になってた可能性が高いんだ。民間人死者を0に抑えたってことと、他にも近界民退治にも貢献してたしね。一級戦功に値する活躍だったってこと」
「えええ…!」

にこにこして説明してくれる迅さん。涙は引っ込んで、今度は汗が出てきた。私なんかがそんなすごい名誉もらってよいのでしょうか…!!そして助けたのは実質菊地原くんなのに。

「じゃあ、俺行くね。これからちょっと大変だろうだけど、ま、がんばって」

大変、とは、何のことだろう。キョトンとしつつ、とりあえず迅さんを見送った。
その後迅さんが何を予知していたのかすぐに理解することになる。迅さんと入れ替わりに冬島さんと当真師匠がやってきて、東さん、太刀川さん、諏訪隊のみんな、それから出水先輩米屋先輩緑川くんの三人組が代わる代わる来てくれた。嬉しいが私はてんてこ舞いだ。さすがに疲れてぐったりしていると、そこへ風間さんと三上先輩と歌川くんが来てくれた。一級戦功のことも、子どもを救出したこともたくさん褒めてくれて、今度お疲れ様会をしようと言ってくれた。

「それで、菊地原と何かあったか?」

そう切り出したのは歌川くんだった。あまりに突然そう聞かれたので、ええっと小さく叫んでしまい、それも声が裏返った。明らかに動揺した私を見て、三人とも顔を見合わせた。

「何だ、何があった。言ってみろ」
「まさか、もしかして?」
「もしかするのか!?」

なぜこんなに食いついてくるのか。動揺しまくりで、いやあの、あのあのっと挙動不審になっていると、そこへガラッと菊地原くんが入ってきた。ええええ!!ご本人登場!!タイミング良すぎませんか!!

「…さっきからうるさいんですけど。」
「いいところにきたな」
「菊地原くん!」
「聞いてたのか」
「うるさすぎてイヤでも耳に入ってくるよ」

すたすたとこちらまで歩いてくる。視線がばっちりあって、思い切り目を逸らしてしまった。ぎゃあああもうちょっとほんと心臓が!!破裂しそうです!!心の準備が!!

「聞こえてたなら、お前が代わりに答えてもいいぞ」

風間さんがそう言うと、菊地原くんはため息をまじりにわかりましたよと言った。

「…付き合うことになりました。ハイ、おわり。これでいいでしょ?」

その瞬間私は、はぅあ、とよくわからない声を出して顔を枕に埋めた。無理ですこんな羞恥耐えられません。風間さんと三上先輩と歌川くんは声を揃えて、おおー!と歓声をあげた。何なんですかみなさんそろって…!!

「やっとか。めでたいな」
「もう、ほんとに嬉しい…!よかったね、菊地原くん!」
「ああ、よかったな!おめでとう!!」
「やめてそういうの、ホントうざい!」

一連の声を聞きながら、しゅううと頭から湯気が出そうだった。もう恥ずかしすぎる。恥ずかしい、けど、嬉しいような、むずがゆい気持ちもある。うう、どうしたらいいんだ。とりあえず、枕から顔を離さないままその場をやり過ごすことに決めた。

「……ばーか」

そう言う菊地原くんの声が聞こえたかと思うと、枕を通して顔にぼすっと軽い衝撃をくらった。たぶん菊地原くんが枕を殴ったのだと思う。思わず枕の向こう側に目を凝らすと、顔が赤い菊地原くんが視えた。ぎゅんと顔の熱が上がる。私ってば、今、何で見ちゃったんだろう!ますます枕を手放せなくなってしまうのだった。


瞬間、瞳が煌めいた


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