自動ドアをくぐると、まず広いロビーに出る。眼鏡をとって明瞭な視界にしようかとも思ったが、眼鏡と前髪は私を守るバリアなので、やめた。精神安定剤のようなものだ。
菊地原くんはどこかアテがあるのか、すたすたと歩いていくのでその後ろをついて行く。歌川くんは隣を歩いてくれている。
やはり想像通りの人の多さだ。そして思ったより学生が多いようだ。みんな街を守ってくれているんだ。すごいなあ、なんて思いながら、進んで行く。

「さっきから黙ってるけど、大丈夫か?」

歌川くんが声をかけてくれた。優しい。紳士だ。歩きつつ、こくこくと頷いた。

「あの…人多いなあと思って……」
「まだ序の口だぞ。今日平日だし夕方だからな、これでも少ない方だろう」
「えええっ。これで少ないの……!?全部で何人くらいいるのかな?」
「600人くらいだって聞いたことあるけど、正確なところはわからないな」
「ろ、ろっぴゃく!?」

目眩がするようだ。600って。おそろしい。さすがボーダーだ。そんなに街を守ってくれる人がいるなら、三門市は安泰だなあと再認識した。
その後エレベーターを使って上の階についた。かなり上の方まで来たけど、菊地原くんはどこへ向かっているのだろう。歌川くんはどこに向かっているのか分かっているようだが。

「ここは………?」
「模擬戦のブース、戦闘の練習するところ。ここが目的地じゃないから通り過ぎるけど……って、あー」
「どうかしたか?」
「米屋先輩の声が聞こえた。出水先輩もいる。絡まれたらめんどくさいから早く行こう」
「ああ…わかった」

早歩きになった菊地原くんの後を頑張ってついて行く。誰かわからないけど、先輩がいるようだ。私もできるだけ話しかけられたくないから何事もなく通り過ぎようと思うが、模擬戦のブースというのがちょっと気になって、きょろきょろと周りを見る。いくつも部屋があるが、窓から見える室内では人間同士で戦っている。力試しをしているのか。刀を持って戦っている人が多い気がするが、刀とはまた違う剣らしきものを使う人もいれば、中には銃を使う人もいる。物騒でぎょっとしたが、みんななぜか楽しそうだ。ブースの周りにいる人たちも、嫌な顔をしている人は一人もいない。楽しんでるんだなあと思うと、自然とこっちまで笑顔になってしまう。

「あれ?菊地原と歌川、誰連れてんの?」
「おっ!?女子連れてきた!?」
「!?」
「あーあ…捕まった」

そこへ、例の菊地原くんたちの先輩が二人現れた。どちらも学ランを着ていて高校生だということはわかる。私の苦手なタイプだということも、わかる。私は瞬時に菊地原の背中に隠れ、覗き込まれても目を合わせないようにした。緊張で体が固まる。

「誰ー?」
「ただのクラスメイトで、見学に連れてきただけですよ」
「見学か?へー、ボーダー入りてえの?」
「さあ。とりあえず、見学だけです」
「ふーん。…で、さっきからどうしたのこの子」
「………こ、こ…こんにちは…」
「コミュ障らしいので、そっとしといてください。嫌なイメージ持って欲しくないし」

菊地原くんの背中で縮こまりつつも、なんとか蚊の鳴くような声で挨拶をすると、歌川くんが説明を加えてくれる。ナイスフォローです。助かります。すると先輩たちはあっさりと聞き入れてくれた。

「あー、そういうことね。おいこら弾バカが怖がらせてんだぞ!」
「お前だろ槍バカ!悪い悪い、変なことしねーからそんな怯えなくていいぞー。ゆっくりしてけよー」
「あ、そうだ。これやるよ、ほら。」

何やら手渡され、おずおずと受け取る。ころりと手のひらに渡されたのは袋に包まれたキャンディで、ちらりと見ると先輩らも今口に含んでいるもののようだった。先輩の口からほんのり甘い香りがする。

「ん、うまいぞそれ!」
「…ぁ、ありがとうございます……」

お礼だけはなんとか言えた。よし私頑張った!よくやった!!

「おう!じゃーな、菊地原、歌川」
「ちゃんとエスコートしろよー」

二人が去っていくと、隣で菊地原くんが呟いた。

「はあ、やっと行った。うるさかった……大丈夫?心臓の音やばいけど」
「………大丈夫、たぶん」

飴を握りしめつつ、今のやりとりでなんだか受ける視線が増した気がするが、一応話しかけては来ないので先へ進む。
すると、前方に見覚えのある人が歩いてきていた。あの人は。あの顔、あの服装、間違いない。あのときのヒーローだ。

「あ、迅さん」
「よう、菊地原と歌川。んん?そっちの子は誰だ?」
「僕と歌川のクラスメイトで、」
「ま、待って、菊地原くんっ」

この方には自分で挨拶しなければと思った。勇気を出して菊地原くんを遮って、勢いよくお辞儀をした。緊張しすぎて何を言えばいいのかわからないが、とにかく、あのとき言えなかったお礼を伝えたい。震える声を絞り出す。

「あ、の………!わたし、以前に助けていただいたことがあります……!覚えていらっしゃらないかもしれませんが……その節は、本当に、ありがとうございました!」
「……ああ、あのときの!」
「!お、覚えてるんですか……!?」
「うん。印象的だったからなあ。ふわふわロングヘアーに、その前髪とその眼鏡」

何人も何人も助けているだろう中のたった一人のことを、覚えてもらっていたなんて感激すぎる。ありがとうございますともう一度お礼を言ってぺこぺこと頭を下げた。想像よりも本物がかっこいい。間近で見るとさらに。

「ボーダーには見学?入ろうと思ってる感じ?」
「あ……ええと……いえ。今のところは、見学だけです……」
「そうか。ボーダーはいいとこだぞー。今日は楽しんでいってね」
「あ、は、はいっ」
「ぼんち揚げ食う?」
「ぼ…ぼんち…」

ぼんち揚げの袋をずいっと出された。よくわからないがおそるおそるぼんち揚げをひとつもらった。おいしそうだが、なぜぼんち揚げ。我がヒーロー”迅さん”は、ぼんち揚げを受け取った私を満足そうに見下ろして、よしよーし、と頭を撫でた。ななな撫でられた!ボーダーに入らない限りはもう会わないだろう。ちゃんと目に焼き付けておこう。眼鏡外して見たかった…。

「じゃあな、諸君。あ、そうだ。君の名前は?」
「わっ私ですか!?蒼井瑠花です…!」
「瑠花ちゃんね、了解。俺は迅悠一。ボーダー入隊待ってるよ」

そう言って、爽やかな笑顔を残して去ってしまった。勢いで名前を教えてしまった!そしてさらっと名前呼び……ひえええ。すごい。なんかすごい。
ぼーっとその背中を見つめていると、歌川くんに肩をぽんぽんと叩かれた。ハッとして前を向くと菊地原くんがもうとっくに歩き始めていて、慌ててその後を追った。





「そうか、来たか。」
あのとき一瞬視えた未来。ほとんど可能性がなかったこの未来を選んで、あの子は来た。もうあとは、道は一つ。
「おもしろいことになりそうだ。…俺のサイドエフェクトが、そう言っている」


巡り巡って文明開花


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