いつのまにか空は晴れていた。戦いは終わったのだろうか。わからない。でもそんなの全く気にならないくらい、頭の中は菊地原くんでいっぱいだった。

「ずっとずっと感謝してるの。菊地原くんがあのとき…私に声をかけてくれたから。誘ってくれたから。こんな私でも変わることができた。菊地原くんがいれば何もこわくないの、本当だよ、だから、」
「ちょっと待って」

私の言葉を遮った菊地原くんは足を止めずに、でも少しだけゆっくり速度を落とす。まだまだ言い足らないくらい、今は伝えたい言葉であふれているのに。遮られてしまった。

「さっきから何なの?頭でも打った?」
「う…打ってないよ。…どうしても言いたくなったの」
「……」
「それで、私…、っはう!」

続きを言おうとすると、菊地原くんが頭を勢いよく傾けてきた。私の頭とぶつかる。つまり頭突きされたのだ。じんじんと痛む頭に手をあてながら、驚きを隠せず言葉を飲み込んでしまう。すると菊地原くんが言った。

「…僕にだって言わせてよ」
「……う、うん」

頷かざるを得なかった。菊地原くんがぼそりぼそりと、しかしちゃんと聞こえる声で紡ぎだす。

「蒼井は……バカ真面目で、常にネガティブでめんどくさい性格、冗談も通じないし、心臓うるさいし」
「ええっ…!!」

いきなり悪口をマシンガンのように言われてこっちのメンタルはあっという間に削られていく。そこで菊地原くんは、一呼吸おいて、でも、と言った。

「そういうのも全部ひっくるめて…蒼井のこと、とっくに好きだったよ」

早く気づいてよ、にぶすぎ。そう、照れ隠しのように最後に言った。
ぽかんとして固まっていたが、菊地原くんの言葉を頭の中で何度も繰り返して繰り返して、やっと意味を理解した。途端、ぶわっと顔が熱くなる。頬に一気に熱が集まり、鼓動がうるさいくらいに鳴っている。

「……ちょっと。何か言ってよ」
「そそ、そう…言われても……な、何が何だか、」
「…心臓うるさすぎ」

ふっと小さく笑った菊地原くんが、まあ僕もだけど、と付け足した。菊地原くんも同じくらい、緊張しているのだろうか。ドキドキしているのは私だけじゃないのだろうかと考えて、胸がぎゅうっとした。

「…着いた」
「えっ」

そうしている間に基地に着いていた。菊地原くんは私をおぶったまま、基地に入って医務室へ向かう。途中何人か見知った人々におんぶされて連れて行ってもらう様子を目撃されてしまったが、正直私はそれどころではなかった。さっきから混乱していて、頬の熱が冷めなくて。
どこかに救急で出ているのだろうか、誰もいない医務室の椅子に降ろされ、ハッとして菊地原くんと目を合わせた。

「風間さんに報告してくる。医務室の人帰ってきたら処置うけて、安静にして」
「……う、ん」
「…じゃあ、ぼく行くから」

離れようとした菊地原くんの隊服の裾をとっさにつかんだ。驚いたような表情の菊地原くんが私を見下ろす。私は視線をしばらく彷徨わせたあと、覚悟を決めたように口を開いた。

「あ、ありがとう」
「…うん。それで?」
「えっ」
「それだけ?」
「え、っと…そ、それだけ…」

他にも言いたいことがあるような気がするけど、言い出せないようなもどかしい気持ちがする。その感情の名前はよくわからない。へにゃりと笑うと、菊地原くんが一歩私に近づき、向き直った。

「?き、菊地原くん?」

菊地原くんは私の頬に両手を添えると、そのまま頬をむぎゅ、と軽く押しつぶした。ぱちくりと瞬きする。いきなりどうしたのだろう。そこではたと自分が変な顔になっているだろうことに思い至ると途端に恥ずかしくなってくる。

「え、な、なに…?ほ、ほっぺた…」
「わかってなさそうだからちゃんと言っておくけど、今からぼくの彼女だからね、瑠花」
「……へ、」
「じゃあまたあとで」

それだけ言い残して頬から手を放した菊地原くんは医務室から出て行った。静寂を取り戻した医務室にひとり取り残された私は、呆然として瞬きすらできない。
い、今、私の名前。それに、彼女って。
じわじわと心を占める言いようのない感情の名前は、きっと。それを自覚すると同時に、体温も上がった気がする。菊地原くんの手が触れていた頬が、とても、熱かった。


その瞬きがたった一つの合図


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