女の近界民をさっきから狙っているが、ワープを繰り返すので狙いが定まらない。乾いてきた眼を一度スコープから離してこすっていると、内線から三上先輩の声が聞こえてきた。

『瑠花ちゃん、手伝うことないかな?』
「三上先輩…ありがとうございます、でも、大丈夫です…ワープばかりでなかなか狙いづらくて…」
『そうね…。ちなみに三雲くんは基地まであと100メートルよ』
「…了解です…」

その100メートルが三雲くんにとってどれだけ遠いか。もう一人のサカナの近界民は三輪先輩が駆けつけて食い止めているが、女の近界民をどうにか振り切らなければ一向に基地にたどり着けない。私が、私が狙撃できれば万事うまくいくのに…!スコープをもう一度のぞく。焦ってはいけない、慎重に。外れたら最後、位置がバレれば二度目はないだろう。
なかなか引き金を引けないでいると、そこへ黒い新型がどこからかやってきて襲い掛かってきた。なんてタイミング。三雲くんが挟まれてしまったのだ。

「し、新型確認!う…撃った方がいいのでしょうか…!?」
『待って!あれは…空閑くんの自律トリオン兵が作った新型コピーよ!つまり、味方!』
「ええ!?自律トリオン兵って、…ああ!」

先ほどから三雲くんについてまわっている黒い炊飯器のようなものは見覚えがある。遊真くんと最初に会ったときに遊真くんについて浮かんでいたロボットだ。遊真くんのお供のトリオン兵だったようだ。仕組みはよくわからないが、相当デキる遊真くんの相棒ということだけは理解した。ええと、とにかく、味方ということは、一気に形勢逆転したのかもしれない。実際、近界民が黒い新型に攻撃をし始めたのでワープが止んだ。チャンスが来たのだ。新型に気をとられている隙を狙うしかない。
息をひそめ、神経を集中させる。目が冴えわたっていくようだ。この一瞬で勝負だ。私の全てを、この一撃に!

そのときだった。視界の端で遊真くんの相棒が真っ二つにされたのは。

ドンッ!

「……ッ、」

撃ってしまった!
撃ってしまった、今、動揺した瞬間に!引きかけた指を、まだ戻せたのに!
打った瞬間に外れたとわかってしまった。ぶわっと汗が噴き出る。近界民の頭を狙った一撃が、ツノをかすったのがスコープから確認してしまった。震えだす手に力を込めて、必死で引き金を再度引いた。二度目が当たるわけがないとわかっていても、何かの間違いだと信じたかったのだ。はずしたなんて。
二度目の銃声が鳴り響くが、今度はかすりもしなかった。スコープから近界民の姿が消える。ワープをしたのだ。

『…!瑠花ちゃん!テレポーターを!!』

三上先輩の声がやけに遠くで聞こえた気がした。じわりと涙がにじむ。渾身の一撃が無駄になってしまったのだ。もうトリオンもほとんどない。いまさらテレポーターなんて。それより、頭が真っ白で何も考えられなかった。

「…す、いません、…私、……」
『こちら風間だ、蒼井、いいから早く__』
「か、風間さん、すいません…迅さん、……結局私、」

力になることができなかった。
ブゥンと頭上で音がする。ゆっくりと上を向くと、私を見下ろす近界民と目があった。冷徹で残酷な目に射抜かれて、ごくりとつばをのみこむ。

「まさかこんなところに狙撃手がいたなんてね。さすがに不覚だったわ…まあ、当たってないけれど」
「……っ、」
「残念だったわね狙撃手さん」
『蒼井!』

冷ややかな笑みとともに手を少し持ち上げると、キュキュ、と音をたてて黒い小さな穴が私を囲んだ。穴からのびた棘が一斉に私のトリオン中枢器官を突き刺す。途端にピシピシと体に亀裂が入る。それを見た近界民はまたワープをして去っていった。ああ、私はここで終わってしまうのか。せっかく迅さんに頼まれたのに、何も果たすことができないで。
少しは力を得たと思っていたのに、自分を買いかぶっていた。そうだ、どんなに実力を得た気になっていようと、私はまだまだ経験の浅い未熟者。所詮私は、この程度なのだ。当真師匠なら動揺せずに当てていただろうか。そうに違いない。それより遊真くんの相棒はどうなったのだろう、真っ二つにされてしまっていたが、まさか死んでしまったのだろうか。三雲くんは?基地に逃げ延びることができるのだろうか。
短い一瞬の間にいろいろなことを考え、諦めとともに目を閉じようとして、視線をふと遠くにやったときだった。
まだ幼い子供の姿が視えた。様子からして逃げ遅れた一般市民のようだ。そしてハッと気が付いた。無意識に強化視力で視ていたが、がれきで埋まった中に子供が閉じ込められているということに。

〈戦闘体活動限界、ベイルア__〉
「…トリガー、オフ!」

まだ、私は終われない用事が出来てしまった。誰も気が付かない。私しかわからない。あの子を助けられるのは、私だけなんだ。
とっさに叫ぶと、瞬時に換装が解かれる。制服に前髪、眼鏡が出てきた。いつもならバリケードとして欠かせない前髪と眼鏡が今だけはうっとうしくて、眼鏡をすぐに取って胸ポケットにしまう。前髪はどうしようもなく、振り乱しながらビルを駆け降りる。トリオン体のように軽やかには動かず、もどかしい。何度も踏み外しそうになりながら、階段を降りる。じわりじわりと涙がでるのは、何の涙なのか自分にもわからなかった。今はただ、自分の足で駆け抜けた。






『蒼井!?応答しろ!…三上!』
『…!トリオン反応が途絶えました!緊急脱出した様子がありません!…となると、残るは…』
『…トリガーを自分から解除したのか!?』

内線から聞こえてくるのは動揺した風間さんと三上先輩の声。新型を一匹駆逐し終え、報告しようとした矢先これだ。蒼井がトリガーを自分から解除?なんのために?というか、緊急脱出するに至ったということは、狙撃が失敗したのだろうか。聞きたいことがいくつもあって、我慢できずに内線に口をはさんだ。

「こちら菊地原、どうしたんですか」
『蒼井が狙撃に失敗した。その後反撃にあって緊急脱出するはずだったんだが…そのままトリオン反応が途絶えた』
「…途絶えたって、」
「途絶えた!?トリガーを解除したってことですか!?」

たった今内線をつないだ歌川も参加した。トリガー解除。つまり生身に戻ることを指す。

『…それ以外には考えられないが…とすると、今生身ということになる。もしまたワープ女の攻撃にあえば、…ただではすまんぞ』
「…他の可能性もあります。考えたくはないですが…」
『なんだ歌川、言ってみろ』
「…近界民にワープさせられた、とか。」
「………はあ?」

心底機嫌の悪い声が出た。歌川を振り向いて見ると、歌川は少し驚いたような顔をして僕を見ていた。

「ワープ?どこに?」
「い、いや、わからないけど…」
「まさか向こうの遠征艇の中とか言わないよね?」
「…あり得ないとは思うが、可能性は…」

歌川はそこまで言うとぐっと口を閉じた。まだ決まったわけじゃない、あいつを捕らえたところで何の意味があるというのだ。トリオンが膨大というわけでもないのに。しかしトリガー使いを捕らえる動きがあっただけに、可能性は否定できない。
何してんのあいつ、と声に出してため息をついた。ぐしゃっと髪をまとめて結びつつ、走り出した。背後から歌川の声がする。

「!?おいっ、どこ行くんだ!菊地原!」
「探してくる、ワープされたんじゃなければ、そこらへんにいるかもしれないし!」
「おい、勝手に…!」
『いい、行かせておけ。ワープされたということでないならば生身なのだからまだそう遠くにはいっていないはず。菊地原が声を拾うことを願おう。…三上』
『はい!菊地原くん、瑠花ちゃんがいた地点を送るね!』

本部基地屋上から飛び降りて、三上先輩が示すビルを目指してひた走る。だから嫌な予感がしたのだ。無茶するなよって、言ったのに。何やってんの、本当にバカなんじゃないの。どれだけ…どれだけ僕に心配させたら気がすむの。
無事でいてほしい、ただそれだけを考えて、真っ黒な空の下を駆け抜けた。


駆け抜ける両の心臓


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