「人型。来ましたよ、風間さん」
「ああ、しかも黒いツノ。俺たちはアタリのようだ」

どくどくと激しく心臓が鳴る。こわい、こわい、こわい。見るからにこわそうだし、強そうだし。でもこんなときこそ、私の狙撃手というポジションは重要だ。私が唯一、近界民に気づかれていない。いつでも不意打ちができるように狙撃ポイントを変えて、じっくり観察する。黒いツノ以外普通の人間と変わりはないように見える。今のところは、だが。

「どっからどう見てもクソガキ3匹だが…ラービット殺す程度の腕はあるんだよなあ?がんばってくれよ、オイ」

発せられた声にびくっと肩を震わせる。やはり私には気づいていないようだ。イーグレットを構えてスコープを覗く。いつでも狙撃はできる体制を整えている。

「黒トリガーか…どんなタイプかが問題だな」
「天羽みたいなパワータイプか、迅さんみたいな搦め手からくるタイプか…」
「迅さんタイプでしょ、性格悪そうだし」
「私はいつでも狙撃できますが…ど、どうしますか…?」
「いや。まだ相手がどんなタイプのトリガーかわかっていない。長距離にも対応していると厄介だからな。ここぞというときに温存しておく。アイビスは届く距離か?」
「はい、ではアイビスで待機しておきます…!!」

相手にばれないよう内線で話を進める。じっと様子をうかがっていると、いきなり風間さんたちがジャンプした。ほぼ同時に地下から鋭利な黒い刃が飛び出してきた。驚きすぎて1人でひゃあっと叫んでしまう。

「えええっ、い、いまのって!」
『敵の奇襲ね。でも菊地原くんが音を聞き取って回避できたみたい』
「なな、なるほど…!」

1人慌てていると、三上先輩がすぐに教えてくれた。菊地原くんの耳センサーすごい。

「なるほど、こういうタイプか。三上、菊地原の耳をリンクさせろ」
「ええ〜〜」
『了解です。聴覚情報を共有します』
「頼むぞ、おまえのサイドエフェクトが頼りだ」
「はあ…これ疲れるからイヤなんだけど」

菊地原くんが髪を結う。でた、菊地原くんのサイドエフェクトを最大限に利用した”耳のリンク”。何度か練習で見たことがある。私はリンクしたことはないが、歌川くんいわく、聞こえすぎて時間が経つと酔うらしい。でもこれで三人が見えない攻撃にも対応できるようになった。菊地原くんの耳は風間隊がA級3位までのぼりつめた最大の理由だともいえるのだ。
私も目を凝らして視てみると、うにょうにょと動く液体がコンクリートを潜っているのが視える。私の視覚情報も共有できたらいいのだが、あまりに膨大な視覚情報は通信に乗せにくいらしくあまりうまくいかないのだ。何より、風間隊は視覚の処理能力をくわないコンセプトチーム。私の視覚情報は、とりあえず情報として提供するのみにとどまる。

「蒼井、何か視えるか?」
「敵の足元から液体がわきだし、壁や地面を…液体化したものがもぐっているように視えます!」
「なるほど、やはり敵のトリガーは液体化できるブレードのようですね」
「攻撃は風刃に似ているな。だが風刃ほどのスピードはない。視覚を通っても俺たちにとっては、見えている攻撃だ」

内線で風間さんがそう分析する。敵が、こちらが音で回避していると気づいたのか、液体の動きが激しくなった。音がさっきより激しく鳴っているはずだ。

「うっ、動きが変わりました…!!」
「そこらじゅうから音が…!」
「さすがに”音”に気付いたようだな」
「ふーん…原始人レベルですね。右上と、左の上下。それ以外は無視していいです」

音を正確に聞き分けた菊地原くんの指示に従って風間さんと歌川くんがきっちり回避する。すごい、と呆然となってしまう。これが風間隊の真髄なのだ。

「……玄界の猿が…!!あ〜〜〜面倒くせえ!雑魚に付き合うのはもう終わりだ!!」

いらだちを見せていた敵が我慢できなくなって最大規模の攻撃を仕掛けてきた。敵の体中から刃がそこらじゅうに出現し、建物に激しく突き刺さる。さすがにこれは回避が難しく、歌川くんと菊地原くんが傷を負う。その瞬間、カメレオンを使用した風間さんが死角からスコーピオンで敵の首をはねる。獲った、と確信した。
しかし、はねた首までもが液体化して風間さんを襲った。

「!?」

風間さんはとっさに刃を受け止める。敵のトリガーはブレードだけが液体化できるのではなく、全身がそうなっているのか、と思ったが、私の目に映ったものはそうではなかった。
もやもやしたガスのようなものが、敵と風間さんの近くに漂っている。あれは、何なのだろう。

「全身が液体になれんのか、と思ったろ?残念、ハズレだ」
「!!」

風間さんが口からごぼりとトリオンを吐く。歌川くんと菊地原くんが異常な事態に目を見開く。攻撃は受けていないのに、いきなり風間さんのトリオンが内部から漏れ出しているのだ。

「なんだ…!?攻撃はくらってないはず。…三上!」
『わかりません…!!原因は不明です!不明ですが、風間さんのトリオン体の内部に敵のブレードが発生しています!!』
「内部…!?」
「あっ、あの!!」

伝えなくては、と思った。たぶん、この様子では、風間さんたちにはあのもやのような気体が見えていないのだ。それはどんなに希薄であろうと、そこに存在するかぎり、私の目には視えている。

「敵と風間さんの付近に…ガスのような気体が視えます!!もしかしたら…それが、原因かも…!!」
「なんだと…!?じゃあそれがトリオン体の内部に入ったというのか…!?」
「わ、わかりませんが、それなら説明がつくかと…!!」

しかし敵は理解の時間を与えてはくれない。次の瞬間には、風間さんのトリオン供給機関を突き刺すブレードが内部から発生した。風間さんが緊急脱出してしまったのだ。

「相手の大技を待って姿を隠し、囮の2匹が気を引いて影役のチビが斬りかかる。頑張ったなあ、でも残念。オレは黒トリガーなんでな。一瞬でもオレに勝てると思ったか、雑魚チビが」

風間さんを罵られ、怒りがふつふつと沸くが、どういうことかと焦る頭脳をフル回転させて、引き金にかけていた指を離す。全身が液体化できるとわかった今、撃っても攻撃は通用しない。ならばどうすれば。

「来いよガキども、遊んでやるぜ!!チビの仇をうってみろ!!」
「!」
『二人とも、退け』

風間さんをやられ、敵に煽られるがまま怒りを見せる二人に、作戦室に緊急脱出した風間さんが指示した。今にも攻撃に入りそうだった二人が動きをとめる。

『攻撃手はそいつの液体化トリガーとは相性が悪い。狙撃も弾が効かないなら猶更駄目だ。不用意に戦えば無駄死にだ』
「むかつくんですよこいつ、このままじゃ引き下がれないでしょ」
『諏訪隊の笹森はおまえらより聞き分けがあったぞ』
「!」
『好きにやりたいならそうしろ、おまえたちの仕事はそこで終わりだ』

そこまで言われて動くことはできない。わかりましたよ、と言って菊地原くんが戦闘を離脱するのに続いて歌川くんも離脱したのを見て、1人、ぎりっと上唇をかむ。私は見ているだけだった。何もできずに、終わってしまう。

『蒼井』
「!は……はい、…すみません、私、何もできなくて…」
『そんなことはない。お前のおかげで対策を立てられる。黒トリガーの性質を暴いた、十分な成果だ』
「……はい」
『お前は姿を確認されていない。離脱せず、そのまま引き続き他の局面にまわれ』
「蒼井、了解…!」

風間さんに声をかけられ、敵をちらりと見る。そうだ、いくら悔しくても、非力さを嘆いている暇はない。逆に、トリオンを節約できたと考えることにしよう。まだまだトリオンは十分にある。あの黒トリガーは確かにもっと対策が必要だ、それは今は置いておいて、今できることをしよう。そう自分に言い聞かせて、バッグワームを翻した。



近くで私の加勢できそうな場はないだろうか。そう思って三上先輩に聞くと、今出水くんたちがツノ付き人型近界民と交戦するみたい、と言われた。もう人型には当たりたくないなあと思わないではなかったが、人員が必要なのは明らかだ。私でも力になれるなら、と思ってその方向へ向かう。三上先輩が出水先輩に通信をとってくれた。

「あの!出水先輩…!蒼井です。そ、狙撃手、足りてますか…?」
『お!瑠花じゃん!加勢してくれんのか?助かるぜ!東さん、瑠花が来るらしーっす!』
『…!蒼井か。テレポーターを持ってる蒼井なら、ある程度向こうの反撃も回避できる。よし、いいところにきた、狙撃手組の前線に立ってもらおう』
「えっ、えええ…!?前線って…!!」

東さんもその対近界民チームにいたらしく、内線でそう言われてしまい、大役を任される雰囲気になってしまった。そこまでできるとは思えないのですが!!回避っていっても、隠岐先輩ほどの機動力はないし…!!と言おうとしたが、作戦がどんどん立っていってしまう。ひえええ。

『瑠花ちゃん〜、やっほー。今、東さんたちの戦闘記録送るね〜』
「く、国近先輩!こんにちは…って、…これ…」

視界にウインドウがぶわんと広がり、戦闘記録が再生されていく。こんな機能もあるのか、すごい、と感心している場合ではない。敵の強力な弾トリガーになすすべもなく大勢やられていく様を見て、ぶるりと震える。私こんなのと戦うんですか。役にたてる自信皆無なんですが!!

「わ…わわ私、どどどうすれば……」
『蒼井はとにかく、米屋たちの作る隙を狙え。イーグレットを止めるレベルのシールドを持ってる、隙をつかないと厳しいぞ』
「あっ荒船先輩!りょ、了解です…!」
『蒼井、こちら東だ。俺たちももちろん援護するが、位置が割れた際の反撃を警戒するとあまり連発はできない。その点、テレポーターを使えば、俺たちよりは撃てるはずだ』
「ひええ…蒼井了解……!」

トリオン残しておいてよかった、と心底思う。ここまで当てにされているからには、期待に応える働きをせねばと意気込む。

『おし、じゃあ、瑠花頼んだ!』
『やられんなよー』
『蒼井先輩、よろしくお願いしまーす』
「がが、がんばります…!!」

出水先輩、米屋先輩、緑川くんの声が聞こえて、国近先輩が示してくれたあらかたの狙撃ポイントを目指して走る。何気に緑川くんと初めて話したが、今はそれどころではない。走りつつ、ターゲットの近界民を目で追う。先ほどの黒トリガー近界民と同じ服装ではあるが、余裕の溢れるゆっくりとした歩き方、しかし油断は全く見せないふるまいは、全く違うタイプであるようだ。狙撃ポイントにつくと呼吸を落ち着けて、めぼしいテレポート位置を確認しておく。
今度こそ、やってやる。私だって、皆を守るのだ。


悪夢なんか食べてしまえ


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