迅さんから大規模侵攻の話を聞いた翌日に、風間隊作戦室で緊急ミーティングが開かれた。

「近日中に近界民の大規模な侵攻があると迅が予知した」
「大規模な侵攻…!?」

風間さんがそう伝えると、菊地原くんと歌川くん、三上先輩は驚いた表情で聞き返した。そんな中、一人黙っていると、風間さんは意外そうに私を見た。

「…蒼井は妙におとなしいが、なぜ驚かない?正直お前が一番動揺すると思っていたが」
「あ…私はつい昨日、迅さんから直接話を聞いていて…」
「迅が直接だと?」

眉を顰める風間さん。何か他には言われたか、と尋ねられ、話すかどうか迷ったが、部隊の皆には言っておいたほうがいいかもしれない、と思い口を開いた。

「…私の目が必要になるかもしれないから、そのときは力を貸してくれと…頼まれました」
「…なんだそれは」
「蒼井の目が?」
「何それ。どういうこと?」
「く、詳しくは何も…ただ、そう頼まれただけで…」
「…そうか。」

本当に詳しくは何も聞いていないのだ。大丈夫か不安になってきた。綿密に作戦を立てる必要があるのではなかろうか。今だと思ったとき、と言われても、ただ見えるだけの私の目をどう使えばいいというのか。

「まあいい、とにかく、何が起こるかわからんが…単独で動くのだけはやめておけよ。常に近くに他の隊員がいるように。いいな?」
「もももちろんです…!!」

必死にこくこくと頷く。一人で行動する勇気なんてない。そもそも狙撃手だし。風間さんはわかっているならいい、と言って話を進めた。
攻めてくる恐れがあるのは、4つの近界。広大で豊かな海を持つ水の世界、海洋国家リーベリー、特殊なトリオン兵に騎乗して戦う騎兵国家レオフォリオ、厳しい気候と地形が敵を阻む雪原の大国キオン、そして近界最大級の軍事国家、神の国アフトクラトル。それらのうちのどれか、あるいはいくつかが今後攻めてくる可能性が高いという。

「ど、どど…どれも強そうな名前ですね……」
「名前でそんなに怖がっててどうすんの」
「そ、そうなんだけど…!騎兵とかも、こわいし…特に、最大級の軍事国家なんて…神の国って…もう勝てる気しないというか…」
「確かにそこは強そうだな」

神の国と呼ばれている所以は全く知らないが、もうとにかく強そうなイメージがすごい。こわい。攻めてくるの、そこじゃありませんように。

「中でも攻めてくる可能性が高いのは、キオンかアフトクラトルだと言われている」
「ええっ」
「なんでそこまでわかるんですか?」
「玉狛の近界民…空閑が情報を提供した。最近出現した爆撃型トリオン兵を扱うのはその二つらしい」
「出た、空閑」
「遊真くんが……」

遊真くんはそんなことまで知っているのか。すごい。いやそんなことより、雪原の大国キオンか神の国アフトクラトルが攻めてくるのか。神の国じゃありませんようになんて思っていたら二択まで残ってしまった。でもキオンも強そうだからもうどっちも来なければいいのに…なんて考え始めた。チキンですすいません。

「そこで、攻めてきたときのために、二国を見分ける目印も伝えておく」
「目印があるんですか?」
「ああ。人型近界民に遭遇した時、頭を確認することだ。頭にツノが生えていれば、アフトクラトル。そうでなければキオンだ」

風間さんによると、アフトクラトル独自の研究により、トリガーを加工したトリオン受容体を頭部に埋め込んでトリオン能力の高い人間を作り出しているらしい。恐ろしいことを考え付くものだ。さすが近界最大の軍事国家。

「ツノつきの人型近界民の戦闘力は通常トリガーを大きく上回るらしいから心してかかる必要がある」
「なるほど…」
「さらにツノが黒いと黒トリガーだ」
「黒トリガー…!」

黒トリガーと聞いて、迅さんの風刃を思い出して青ざめる。風神で黒トリガーの脅威を思い知った。あんなのが何人も攻め込んできたらと思うとぞっとする。

「とにかく、いつ攻めてこられてもいいように心の準備だけはしておくように。だからといって俺たちがすべきことは変わらない、いつも通り防衛するだけだ。わかったな」

不安が募る中、了解です、と声を絞り出して言った。



それからというもの、防衛任務のシフトの日はいつもド緊張しながら過ごしていた。心臓に悪いので早く何事もなく過ぎ去ってしまえ、と思うが、迅さんのサイドエフェクトによるといずれかの近界からいつか攻め込まれるのは不可避な未来だという。この、怯えて過ごすこの期間が一番こわい。

「きょ…今日も何事もなく、終わればいいですね…」
『そうね。報告によれば、あと十日もすればキオンもアフトクラトルも離れていくらしいけど…』

今日も防衛任務のシフトの日である。イーグレットを持って移動する私の言葉に三上先輩が返事をしてくれる。あと十日。胃がきりきりと痛み、ふうと息を吐き出す。

「それにしても今日は何事もなさすぎじゃない?ゲート一回も開いてないじゃん」
「…嵐の前の静けさ、だったりして…」

自分で言っておきながら、あながち間違っていないかもしれない気になってきてこわくなってきた。えええ嫌だそんな、心の準備が!

「…どうだかな。念のため、三上、異常はないか本部に確認してくれ」
『はい。…今のところ、異常はないようです』
「そうか。…交代までまだ時間がある。気を引き締めておけよ」
「はい」
「了解」
「はいぃ……」

風間さんそんなに脅さないでくださいいいい…。イーグレットを抱える手に汗がにじんできた。ああ、もう、とりあえず早く防衛任務交代したい。そろそろお昼時だし、ごはん食べたい、なんて思っていたそのときだった。
視界の端にゲートが開く前兆の筋が発生したのが見えた。次の瞬間には異変を感じた。一つ二つではないのだ。無数のゲートが出現する様子が広がっていき、愕然とした。

「きたか」
「噂をすればなんとやら、だな」
「うっわ、うるさっ」
「…な、に、これ…」

空は真っ黒、ゲートはあちこちに開き、見たこともない光景に足が震える。さっきから鼓動もうるさいくらいに鳴っている。怖い。足が動かない。
青ざめて立ち尽くす私を見て、風間さんが背中をぽんぽんと叩いてくれた。

「大丈夫だ。まずは深呼吸しろ。お前はひとりじゃない、俺たちがいる。…一緒に三門を守るぞ」

風間さんが言い聞かせるようにそう言う。その言葉で、不思議と足の震えはいとも簡単に止まった。はい、とすんなり声が出てきて、自分でも驚くくらいだった。
そうだ、ひとりじゃない、だから怖くない。仲間の存在が、私を強くするのだ。

『任務中の部隊はオペレーターの指示に従ってトリオン兵を撃滅せよ!戦闘開始だ!!』
「行くぞ」
「「了解!」」

大規模侵攻、抗戦、開始。


彼方と此方の攻防戦


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