休日の食堂は人が多い。当真師匠といない今日のようなときは、出来るだけピークの時間とずらしてこそこそと昼食を食べにきて、一人すみっこで昼食を食べる。今日の昼食はグラタン。今日も食堂のご飯は美味しくて幸せだ。

「よう、瑠花ちゃん。相席いいか?」
「!?っ、ぐ、ゴホ!じっじじ迅さん!!」

うどんを持って私の相席に来たのは迅さんだった。驚きすぎてせき込みつつ、慌ててどうぞと言うと、サンキューと言って座った。迅さんと昼食…!この前迅さんに泣き顔を見せてしまったので、ちょっと気まずい。しかしそう感じているのは私だけのようで、普段通りの迅さんはいただきますと言ってからうどんを食べ始めた。

「この前、遊真に会ったんだって?」
「あ、えっと……、はい」
「この町に来て初めての友達とまた会えた、さらにボーダー隊員だったってずいぶん嬉しそうだったよ」
「ともだち……」

あの決して長くはない時間の出来事で、空閑くんは私のことを友達と思ってくれていたんだ。もう、後ろめたいだなんて思わない。この前あれだけ泣いたから、吹っ切れたはずだ。ただ単純に、嬉しいと感じる。

「私もまた会えて、話せてよかったです」
「そうか。よかったな」
「はい」

そう言って、眉を下げて笑う。迅さんのおかげです、と心の中で付け足した。ところで、と迅さんが話を切り出す。

「今日はな、ちょっとお願いがあってきたんだ」
「わ、私にですか……?」
「そう、瑠花ちゃんに」

うどんを食べる手を休めて私をまっすぐ見る。思わず私もグラタンをすくったスプーンを置いて背筋を伸ばす。

「近々、結構大規模な近界民の侵攻があるみたいなんだ。そこでお前の力を借りたい」
「え、侵攻って…!?」
「落ち着いて。こんなときのための俺のサイドエフェクトでしょ?できる限りの対策を練ってるとこだ」

こくこくと頷きつつ、予想外の言葉に驚きを隠せない。大規模な近界民の侵攻がある。この町に。この前イレギュラーゲートが出現したときの被害を思い出して青ざめる。あれよりどのくらい規模が大きいのだろうか、市民に被害はでるのだろうか、けが人は出やしないだろうか。私なんかに力を借りたいと思うくらいなのだから、相当深刻な未来が視えたのだろうか。聞きたいことがつぎつぎに思い浮かぶ。

「今のところ、どんな未来に転ぶかわからない。とにかく確定してるのは、大規模な侵攻が近々あるってこと。それから、メガネくん…三雲修が結構ピンチになりそうってことなんだ」
「み、三雲くんが…!?」
「うん。それで、メガネくんのピンチにもしかしたらお前が居合わせるかもしれない。これも不確定な未来なんだけどな。…で、もしそうなったら、メガネくんを助けてほしい」
「……わ、私…役に立てるか…」
「瑠花ちゃんの目が必要な時がくる。俺のサイドエフェクトが、そう言ってる」

迅さんにそう言われては、断れるはずがない。そもそも、断る道理もない。三雲くんがピンチになる、そこに居合わせるかもしれないなんて。そんなの、助けるなという方が無理だ。一介の狙撃手である私が三雲くんを助けられる自信はないが、私の目が役に立つなら。私にできることなら、なんでもしたい。他ならぬ迅さんの頼みでもある。恩返しのチャンスかもしれないのだ。

「もちろんです。が…がんばりますっ」
「ありがとう、そう言ってくれると思ったよ」
「でも…いつ、どのようにすればいいのかわからないと…」
「瑠花ちゃんが、今だと感じたときだ。そのときになれば、分かる」

迅さんはいつもこうだ。含んだ言い方をして、今は何も教えてくれない。それでも、私は信頼できる。

「……よ、よくわかりませんが…了解です」
「うん。頼んだよ。…あー、それと、もう一つ」

うどんを食べるのを再開した迅さんが、思い出したように言った。

「このごろ三輪が元気ないみたいなんだ。それ食べ終わってからでいいから、三輪に声かけに行ってやってくんないか?」
「ええっ、わわ私がですか…!?」
「ああ。中庭の自販機のとこにいるみたいだから、ま、ひとつよろしく」

ぐっと親指を立ててガッツポーズで言った。そう言われても私が三輪先輩を元気づけるなんてどうすればいいんですか…!?そもそもなぜ私!?三輪先輩が元気がない理由もわからないのに!!無茶ぶりにもほどがある!!しかし迅さんに頼まれては断れない。汗をだらだら流しながら、わかりましたと返事をした。



とりあえずどうやって元気づければいいかわからないまま自販機に向かっている。すると、確かに自販機の近くのベンチに座っている三輪先輩の姿が見えた。自販機にジュースを買いに来た風を装って、私に気付いた先輩がこちらを見たのでぺこりと頭を下げる。目の下にくまが出来ているようだ。私に気付く前、ベンチで一人座っている雰囲気からも、迅さんの言う通りやはり元気がないように感じられた。

「こ…こんにちは…」
「…ああ」

とりあえず挨拶はしたぞ!第一関門突破!しかしこの後どうすればよいのだ。わからない。とりあえずリンゴジュースを買ってみる。ど、どうしよう、どうしよう。このままじゃ私帰る流れにしかならない。悩んだ挙句、ある一つの嘘を思いついた。我ながら完璧な嘘だ。

「みみみ三輪先輩、ベンチ…隣、いいですか?」
「え?ああ…かまわないが、…どうしたんだ?」
「あのっ、と、友達とここで待ち合わせしていて…!」
「…?菊地原か?」
「え”っ。ええっと、そそ…そうです」

なぜそこで菊地原くんが出てくるのかわからないが、とりあえずそういうことにしておいた。まあでも確かに、菊地原くんは私の数少ない友達の代表と言っても過言じゃない。ごめんなさい菊地原くん、名前お借りします…!
そうして嘘をつくという最終手段に訴えながらもなんとか三輪先輩の隣に座ることに成功した。第二関門突破だ。しかし、本題はここからだ。元気づける…ううむ。まずは会話を作ろうと必死に考える。

「あの、何飲んでらっしゃるんですか…?」
「コーヒーだ」
「あ、そういえば、この前も同じコーヒーでしたよね…?」
「よく覚えてたな。…蒼井は、リンゴジュースか?」
「はい、これお気に入りなんです…!」
「そうなのか」
「はい、………」

会話終了のお知らせ!!どうすればいいんですか迅さん!私には元気づけるなんて高度な技術持ち合わせていませんでした!泣きそうになっていると、三輪先輩が口を開いた。

「…蒼井は」
「は、はいっ」
「玉狛の近界民と知り合いだったんだよな」
「あ…はい」
「……どんな奴だと思ってる?」

その質問で、三輪先輩の元気のない原因がわかってしまった。お姉さんを以前の侵攻で亡くされているからこそ、近界民との因縁は深いはずだ。それなのに、遊真くんという皆が敵ではないと言う人型近界民が現れてしまった。それで悩んでいるのだろう。
こんな深刻な問題に私が口をはさむことなんてできないし、かける言葉も見つからない。でも、遊真くんが悪い近界民じゃないということを、わかってほしい。

「…第一印象は、不思議な人だなあ、と。それから、笑顔が素敵な人でした」
「……」
「私、このとおり、コミュ障で…すぐ、人を見た目でこわそうって決めつけちゃう節があって…でも話してみたら、想像と全然違う人たちが多くて…。
ボーダーに来てから、知らないっていうことが一番こわいことなんだと学びました。ボーダーのことや相手のことを知ろうともしなかった今までの私は、本当に損をしてたんです。だから、遊真くんのことも、ちゃんと一つ一つ知っていけたらいいなって、思うんです」

だから今は、仲良くなりたいなって思ってます。そう締めくくって、言いたいことを終えた。少しでも伝わっただろうか。

「……そうか。」

三輪先輩はコーヒーの缶を握りしめた。説教がましくなってはいないだろうか。不安になって、たとえばと話を付け加えた。

「た、たとえば、菊地原くんとか。以前はクラスは同じでもどういう人か全然知らなくて、雰囲気が近寄りがたいなあなんて思っていたんですが…ボーダーに誘ってもらってから、知れば知るほどどんなに優しい人なのかわかってきて…今では、もっとたくさんの人が知ってくれればいいのに、もったいないなって思うくらいなんです……!」
「…なるほどな。……仲がいいよな。菊地原と」
「…そう見えるなら、嬉しいです。…でも、菊地原くんはそうは思ってないかもしれないけれど……」
「なんでそう思うんだ?」
「だ、だって私いつも迷惑ばかりかけてて…面倒な奴だと思ってるかもしれないし…。き、嫌われてはいないと思うんですが……」

そっけない菊地原くんの態度は、私が勝手に都合よく脳内変換している節もある。菊地原くんが私のことを実際どう思っているかはわからない。もしかしたら、いつも迷惑ばかりかけている私を面倒だと思っているかもしれない。でも。それでもいいや、なんて思えるくらいには、私は菊地原くんに心を許しているようだ。
そのとき、足音が聞こえて誰かが来たと思って振り向く。そしてその人物を見て固まった。

「…ドーモ。あ、邪魔でした?」
「きっきききっきくちはらくん!?」
「どもりすぎ、声と心臓うるさすぎ。何、僕が来ちゃいけなかったの」

ぎゃあああああ!まさかのご本人登場!!ひいいいいと内心パニック状態だ。まさか今の話聞こえていたのだろうか。もしそうならはずかしい、恥ずかしすぎて死ねる。しかしこの反応なら聞いていなかった可能性もある。そうでありますように!!

「えーっと、そ、そんなことないよ」
「…やっと来たか。蒼井ずいぶん待ってたぞ。あまり待たせるなよ」
「待ってた?僕を?」
「え?……はっ!あの、えっと、そう、菊地原くん!ま、待ちくたびれちゃった…!早く行こうっ。す、すいません三輪先輩!しし失礼します…!」

すっかり忘れていたが、そういえば菊地原くんと待ち合わせしている設定だったのを思い出した。菊地原くんがここへ来たのはむしろ好都合だったようだ。これ以上ボロを出す前にこの場を去ろうと思い、菊地原くんをひっぱって歩き出した。三輪先輩に別れを言うのも忘れずに。
しばらく離れてから、菊地原くんが口を開いた。

「…ちょっと、何なのさ、さっきから」
「あっ、ええっと、いろいろあって菊地原くんと待ち合わせしてることにしちゃってて…ご、ごごごめんなさい」
「…何それ、まあ別にいいけど。」

菊地原くんはため息をひとつついてから、手、と短く言った。はっとして手を離す。とっさに菊地原くんの手をひっぱってきてしまったのだ。ごめんと謝ると、菊地原くんはすたすたと歩き出した。

「ジュース買いに行ったのに結局買えなかったじゃん」
「あ、ごめん……」
「じゃあ食堂の自販機まで行くからついてきてよ」
「えっ、わ、わかった」
「…それと。…面倒なやつだとはいっつも思ってるけど、別に迷惑じゃないし。…嫌いだったら、そもそも話しかけないから」

ぎくっとして思わず立ち止まる。振り向く菊地原くんの顔をまじまじ見て、引きつった笑みをこぼした。

「…………や、やっぱり、聞こえてたんだ……」
「途中からね」
「ぐ、具体的にはどのあたりから…?」
「……ぼくについて、相当恥ずかしいこと言ってるあたりから」

本人に聞かれて一番恥ずかしいところばっちり聞かれてるううう!あああ菊地原くんってば〜〜〜!ばっと手で顔を覆う。恥ずかしさで前を見れない。もう帰りたい。

「ほんと、よくあんな恥ずかしいことすらすら言えるよね。何話してたわけ?どういう文脈でぼくの話になったの?」
「………今までずっと知らなかったけど知ってよかったこと、で…一番に思いついたのが、菊地原くんのことだったから……」

あのとき、礼を挙げようと考えたとき、ぱっと思いついたのが菊地原くんのことだった。ただそれだけなのだ。必死すぎてなんて言ったかうろ覚えだが、まさか本人に聞かれているなんてつゆ知らず、言いたい放題言ってしまった気がする。

「…ばっかじゃないの」

菊地原くんはそう言ってまた歩き始めた。慌てて私もそのあとを追う。歩くスピードがさっきより早いので、怒ってはいないだろうかと不安になる。しかし髪の隙間から、耳が真っ赤に染まっているのを視てしまった。もしかして照れているのではないかと思い至ると、こっちまでまた恥ずかしくなってきた。頬の熱を冷ますように、空のジュースの缶を押し当てた。


革命前夜のうそのこと


×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -