約束の放課後までの1日はとても長く感じられて、気が気じゃなかった。授業中はずっとボーダー見学のことを悶々と考えていて、授業どころではなかった。一応、板書だけはノートにしっかりとったけれど、何と書いたかあまり覚えてもいない。

今は数学の授業中だが、問題を解こうとシャーペンを走らせたところでやはり放課後のことを考えてしまう。
だって、だって。ボーダーの本部って、三門市を象徴するかのような、あの大きな建物だ。その中に部外者も良いところの女子が見学に、さらには菊地原くんの紹介とあってはきっと注目の的だ。大勢の視線に晒されることが一番苦手なコミュ障にとっては、地獄でしかない。こわすぎる。胃が痛い。
いまからでもキャンセルしたい、と思っていると視線が自然と菊地原くんの背中に移る。ちなみに私の席は一番後ろのすみっこ、クラス中を見渡せるのだ。菊地原くんの席はかなり見やすいところに位置している。

じっと見つめていると、その体があまりにも動かなさすぎることに気がついた。もしかしなくても、居眠りをしているのだろうか。気になって、目を凝らす。背中を通して視たノートには、とっくに解説が終わった問題が不自然に途切れていて、その上シャーペンを握る手も止まっている。完全に居眠り中のようだった。
菊地原くんって授業中に居眠りすることあるんだ、耳が良いのにうるさくないのかなあ、なんて思っていると、ふとした拍子に目に入った耳に何かがはまっているのを見つけてしまった。あ、あれはまさか。そう、菊地原くんは耳栓をして居眠りをしていたのだ。さすが菊地原くん、用意周到だ…と感心していたが、そこでハッとして、これはあとでノートを見せてあげなくては、テスト前に困るだろうと気づき、慌てて黒板に向き直ったのだった。




そしてついに放課後がやってきた。帰りの支度を手早く済ませると、早くも緊張で心臓が脈打ちはじめたので、精神統一させようと深呼吸を何度もする。そこに菊地原くんがやってきた。

「そんなに緊張しなくてもいいのに」
「だだだだって!ぼ、ボーダーだよ……!?あのヒーロー養成所に私なんかが入っていいのかどうか…!!」
「何言ってんの?とりあえず落ち着けば?」

冷静かつ容赦ないツッコミを入れる菊地原くん。そんな彼には渡すものがあるのだ。そっとノートを差し出すと、菊地原くんはキョトンとそのノートを見た。

「何?これ」
「今日の数学のノート……授業中、寝てたみたいだったから、必要かと思って。余計なお世話かもしれないけど…」
「え、僕寝てたのバレてんの。誰にも気づかれないで寝る自信あるのに」
「だって、ノート不自然に途切れてるし、シャーペンも止まってたから…耳栓してたのには驚いたけど」
「待って。蒼井、僕の席より後ろじゃん。なんでそこまで分かるわけ?………あ。まさか」

ぎくりとした。私これ自分で墓穴掘ったパターンですね。人様の居眠り中の姿を観察するだなんて失礼なことを。自分のしたことに今更ながら恥ずかしくなって縮こまると、すべてを察した菊地原くんが深いため息をつきながらノートをするりと私の手から取った。

「サイドエフェクトの無駄遣いってこのことだよね。覗き見なんて趣味悪いし。…まあ、一応借りとくけど」
「ごごごごめんなさいっ、悪気はなかったんだけど、その…放課後のことが気になってたら、菊地原くん見ちゃって…つい……」
「何それ。ていうか蒼井も授業中に何やってんのって話だよ。ちゃんと授業聞いてんの?」
「………そ、それは…菊地原くんには言われたくないような………、」
「は?」
「ななな何も言ってませんごめんなさい」
「ばっちり聞こえましたけど」

ひいいい降参ですすみませんでしたぁぁ!私が降参のポーズをとるべく両手を上げかけたとき、近くからぶはっと笑いを吹き出したような音が聞こえて振り向く。そこには、クラスメイトの歌川遼くんが肩を震わせながら立っていた。えええっ、聞かれてた!私の目のこと、知られてしまった!…と思ったが、彼もボーダー隊員だったのを忘れてた。別にいいのか。いやいやそれより、そんなことより。私は歌川遼くんとは。
話したことがありません!!!

「ちょっと歌川。何笑ってんの」
「あ、ああ、悪い。でもなんか、仲良いなーと思ってさ」
「は?そんな会話してなかったろ、今のは」
「いや、まあいいんだ。それより、俺のこともそろそろ会話に入れて欲しいんだが」
「…はいはい。蒼井、ボーダーまでこいつも一緒に行くけどいいよね、……って、何で遠ざかってんの」

歌川くんの紹介がやっと菊地原くんからされる間に、後ずさりを5歩ほどしていたのをじとりと見られた。慌てて取り繕う。話したことがないとはいえ相手は歌川くんというクラスメイトであり、さらに菊地原くんのチームメイト。何も緊張することはないと自分に言い聞かせ、自己紹介をする。

「な!!何も!ないです!よ、よろしくお願いします、蒼井瑠花です……!」
「ああ、よろしく。歌川遼です。いろいろ話は聞いてるよ、サイドエフェクトのこととか」
「!そ、そっか、」
「歌川は僕のチームメイトだし、ま、使える奴だから。相談するならこいつかなと」
「そっ、か。……今日は見学だけ、だけど、よろしくお願いします。」
「うん、案内は任せて。俺でよければ相談に乗るよ」

歌川くんは小さくガッツポーズをしてみせた。確かになんだか心強いし、頼り甲斐がありそうだ。
二人はチームメイトというだけあって、確かに仲が良さそうだしお互いに信頼しているように見える。いいなあ、こんな親友がいたら楽しいだろうなあ。ちょっとだけうらやましい。



ボーダーまでの道中、私が徒歩で登校しているのに合わせて二人とも自転車を押してくれた、少し申し訳ないが、それよりふたりとも優しいなあとしみじみする。その間、ボーダーの仕組みや菊地原くんと歌川くんのチームの話や、いろんな話を聞いた。すごく楽しいし、楽しそうなのも伝わってくる。
私の話もした。サイドエフェクトの話が主な話だ。どのくらいの強化視力なのかをちゃんと具体的に聞いとかないと、という歌川くんの的確な意見による。

「視力は、3.0以上で…それ以上は測ったことないんだけど…あと、目を凝らせば建物の中が見えることもあるし、暗い中でも見えるし……」
「へえ、結構便利じゃないか?悪いことってあるのか?」
「確かに。何をそんなに嫌がってるわけ?前髪なっがいし、分厚い眼鏡までかけてさ」
「それが、…お、……おばけ的なものが……視えるから……」
「「ええ?」」

二人の声がハモった時はびっくりした。息ぴったり。…じゃなくて。

「おばけェ?僕そーゆーの信じない主義なんだよね」
「どういうことだ?それは霊感があるから、とかじゃなくてか?」
「うん、だって眼鏡したらちゃんと見えづらくなったし、お祓いしても意味なかったから、目のせいだと……視えるのはだいたい、火の玉っぽいのとか、女の人とか男の人とか、いろいろ…害はないし、視えるだけなんだけど、とっても嫌なの……」
「「………」」

二人の哀れんだ眼差しは、どういうことだったのだろう。何言ってんだこいつ、でまかせ言いやがって、という視線だったのか、それとも、あーそれでこんなコミュ障が出来上がったのか、という視線だったのか。後者な気がする。


おしゃべりしている間に、ついにボーダーについてしまった。大きな建物を真下から見上げて、ほぁ〜とよく分からない声を発して圧倒されていた。は、入るのか。中に。今からでも引き返せ……ないな。

「ほら、突っ立ってないで入るよ」
「大丈夫だ、そんなに怯えることないぞ。いい人たちばっかりだし」
「でっでもでもでも私部外者中の部外者なんだよ…!?」
「埒あかない、連れて行こう歌川」
「だ、大丈夫だぞー、俺たちがついてるから。な、蒼井」
「うううう…い、行きますぅぅ」

しびれを切らしてすたすた歩いていく菊地原くんと、小さい子をたしなめるように言い聞かせる歌川くん。二人の励まし(?)を受けて、私は覚悟を決めて踏み出した。自動ドアが私を迎え入れる。さあ、いよいよボーダー内へ。


みつめすぎたら空いた穴


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