今日はなぜかボーダーに人が多い。それもC級隊員ばかりだ。狙撃手訓練室に向かおうとしたが人の多さに呆気にとられていると、嵐山隊のみなさんに呼び止められた。例の一件を思い出して少なからず気まずく、どきまぎしていると、嵐山さんにいつものように話しかけられた。

「蒼井!もしかして狙撃手訓練室に行こうとしてたのか?残念だけど、今日は使えないぞ。連絡が行き届いてなかったのかな」
「えっ、と…何があってるんですか…?」
「今日はボーダー隊員正式入隊日だ」
「…あ、なるほど……」

そういえば、三上先輩がそう言っていたような気もする。すっかり忘れていた。嵐山隊はその入隊指導の係らしい。なるほど、広報だけではなくこのような活動もしているのか。忙しそうだなあ。

「…迅の後輩も今日ここにきているはずだ」
「!」

空閑くんのことだと気づくとばっと視線を巡らせる。あのわかりやすい白い髪と小柄な体格だ、すぐに見つけられるはずだが見当たらない。ということはまだ来ていないのだろう。そわそわする私に、穏やかな声で時枝くんが声をかけた。

「…蒼井の友達、無事に入隊できてよかったね」
「……時枝くん。…と、友達っていうほどでもないんだけど…、……うん。よかった」

嵐山隊の皆さんには、例の一件で私が揺らぎ悩んだ末戦いを選んだこともお見通しだったらしい。知り合いだったことは迅さんからでも聞いたのだろう。情けないが、もう吹っ切れた今となっては隠す必要もない。眉を下げて笑い、頷いた。

「ねえねえ蒼井!オレ、狙撃手入隊希望の監督なの!指導係の正隊員の狙撃手必要なんだよね、来ない?」

いきなり佐鳥くんがキラリと輝く笑顔で私にそう言った。

「指導係……え、ええっ!っむむむりだよ、私人に教えるなんて高度なことできない…!!そんなにベテランじゃないし…!」
「十分うまいじゃん!いーって、やろうよ、俺と一緒にさ〜」
「えええ…!?」

佐鳥くんに断っても断ってもグイグイ引っ張られ、涙目である。他にも指導係は東さんと荒船さんもいるから、と言われてますます青ざめた。その方々と並べられても困ります佐鳥くん!!私まだ未熟者、16歳、そして忘れちゃならないのがコミュ障ってこと、オーケー!?と内心パニックになっていると、後ろから名前を呼ばれて振り向いた。この声は!

「……何してんの?新しい遊び?」
「菊地原くんんん!助けてぇ…!!」
「げっ、菊地原!」
「げって何、げって。佐鳥、僕に失礼だよね、謝って」
「連れ戻しに来たと思ったんだよ!ねー、ちょっと蒼井貸してよ!新隊員の狙撃手指導係になってほしーんだよ!」
「指導係?」

救世主とばかりに叫ぶが、私のことは気にせず佐鳥くんと話し始めた。あれっ無視?無視ですか?救世主ちょっと辛辣じゃないですか?とぱちくりしていると、佐鳥くんが私の手をつかんだまま、菊地原くんに説明する。菊地原くんは、首をぶんぶん振って無理ですアピールをしている私をちらりと見て、口を開いた。

「別に、風間さんが新入りの攻撃手のほう見に行くって言うから、蒼井にも声かけてこいって言われて来ただけ。こっちに来ないなら、狙撃手のほう連れて行ってもいいけど」
「!いく、いきます!」
「ちぇー。風間さんが言うなら仕方ないかあ。残念だなー」

やっと腕を離された。よ、よかった…無理やり連れていかれるはめになるところだった。危ない。私が指導係とか、自分で言うのもなんですが、終わってますよ。悪いほうに自信満々である。

「じゃ、じゃあ、佐鳥くん。がんばってね……!」
「うわー、超うれしそう。まあいいけどさー。じゃーねー」

解放されたのがうれしくて無意識のうちに満面の笑みだったようだ。苦笑した佐鳥くんは嵐山さんたちを追いかけて去った。ふう、助かった。菊地原くんにお礼を言おうと振り向くと、もうすたすたと歩き始めていた。

「菊地原くんっ、さっきはありがとう…」
「蒼井さあ、断るってことを身に着けないと生きていけないと思うんだけど」
「あ、あはは…私もそう思う…」
「一人暮らしとか絶対無理だよね、セールスマンに捕まりそう」
「……そ、そこまで…」

なぜか一人暮らしの心配をされた。当分先の話だが菊地原くんに言われると本当にそうなりそうでこわい。

「来たか」

ラウンジでは風間さんと歌川くんが私たちを待っていた。

「迅の後輩を見に行く。蒼井も来るだろう?」
「は、はい!」
「どれくらい使えるやつなのか楽しみだ」
「興味ありますね、噂の近界民」
「どーせショボいでしょ」

楽しみだと言いつつ全く表情の変わらない風間さん。どこか楽しそうな歌川くんと、相変わらず辛辣な菊地原くんの後ろからついて行く。
空閑くんと会うのはすごく気まずい。結局何もせず終わったとはいえ、空閑くんを標的にしていたのだ。心が痛むが、向こうは何も知らないのだから、私が気にしていてもしょうがない。今日は純粋に再会を喜んでいよう。
攻撃手訓練室では、普段より一回り小さいバムスターが隊員らの前に立ちはだかっている。何をしているのかと思えば、対近界民戦闘訓練らしい。攻撃手の場合いきなりこれなのかと驚く。少し小型化しているとはいえ、大型近界民には変わりない。入隊したその日にこの訓練は、かなり厳しい気がするのだが。しかし菊地原くんは各部屋の様子を眺めて興味なさげに呟いた。

「どこの部屋の奴らもパッとしないなー」
「……菊地原くんも歌川くんも、あれやったの…?」
「もちろん」
「あんなの余裕すぎ」
「ひいい……」

お二人とも入隊当初からすごかったんだなあ…向き不向きってやっぱりあるよね、と話を聞きつつ思う。怖すぎて私には無理だ。攻撃手にならなくてよかったと心底安心した。私が仮入隊を終えたあとの正式入隊日は、当真師匠に弟子入りする前だったし、仮入隊期間もほぼなく初心者丸出しのぼろぼろだった苦い思い出がある。

「で、迅の後輩はどこだ。蒼井、分かるか」
「!む、向こうです、5号室…!」

白い頭はやはり目立つ。視線を巡らせてすぐに空閑くんを見つけてなぜか緊張でドキドキしてしまう。アナウンスがあって空閑くんが動き出す。ごくりとつばを飲み込んでその様子を見守る。空閑くんはその瞬間、目にもとまらぬ速さでバムスターへ襲い掛かった。

「しゅ、…しゅしゅ、終了……!?」

タイマーは4分59秒41で止まっている。つまり、0.6秒しかかかっていないことになる。瞬きする暇もなかった。あんぐり口を開けて見つめる。開いた口が塞がらないとはこのことである。

「あれが迅の後輩か…なるほど、確かに使えそうなやつだ」
「そうですか?誰だって慣れればあのくらい…」
「素人の動きじゃないですね、やっぱ近界民か…」
「…………」

皆さん冷静すぎませんか。凄すぎて何も言えないのだが。

「……。席を外すぞ。迅の後輩とやらの実力を確かめてくる。お前らはここで待機しておけ」
「……え、く、空閑くんと戦うんですか…!?」
「そっちじゃない」
「…え?」

それだけ言うと、すたすたとギャラリーの階段を降りていってしまった。首を傾げる私に、あいつと戦うってことだろう、と空閑くんの近くにいる隊員を歌川くんが指さす。誰だろう。隊服からして、B級隊員のようだが。

「ミクモだっけ?近界民をかくまってた奴でしょ?」
「ああ、玉狛に転属したからあいつも”迅さんの後輩”だな」
「見るからにしょぼそう。風間さんなら一撃で終了だよ」
「まあ、だろうな」
「………」

ミクモさんは模擬戦の申し出を受けたようだった。風間さんなら、二人が言うように本当に瞬殺だろう。ミクモさん大丈夫かな、なんて余計な心配をしてしまう。二人が対峙する様子をなぜかハラハラして見守った。


光を放つ花弁をひとひら


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