私たち遠征部隊と三輪隊の木戸派部隊は、迅さんと嵐山隊、つまり玉狛と忍田派の合同部隊に完全なる敗北を期した。戦闘が終わって作戦室に戻ってくると、私は膝を抱えて座り、うつむいていた。トリガーを解除したとたん、私の中のスイッチが切れたように、風間隊狙撃手として役割を果たすという決意と覚悟は崩れ去り、ただ自分のしたことを受け止めきれないでいた。

「瑠花ちゃん、…カフェオレいれたけど、飲む?」
「…あとで、いただきます……」
「…わかった、おいておくね。冷めないうちに飲んでね」

三上先輩が心配してくれているのはわかっていたが、今だけは笑顔で答えることはできなさそうだった。
作戦は失敗した。それを、心のどこかで安心している自分がいた。私情を捨てても、空閑くんを悪い敵だとは思えなかったし、傷つけたくなかった。結果的に空閑くんに手出しすることなく終わり、そうなって良かったと考えてしまう。
そして、今頭を占めていることはそれだけではなかった。迅さんに助けられた私が。恩を感じてヒーローだなんて形容していた私が、迅さんを撃ったのだ。どうしてあんなことを、と自問しては、それが私の任務だったんだと自答するのを延々と繰り返していた。

「…いい加減、じめじめすんのやめたら?」

顔を上げると、菊地原くんが私を見下ろしてそう言った。ちらりと顔をあげたが、またうつむく。何か言い返したかったが、何も思い浮かばず、結局だんまりだ。するとハアとこれ見よがしにため息をついた菊地原くんはどこかへ去ってしまった。せっかく声をかけてくれたのに、こんな状態で追い返してしまって申し訳ない。でも今は何もしたくないし、話せる気がしないのだ。じわりとにじんだ涙を隠すように腕にうずめる。すると、向かい側に誰かが座った気配がした。

「蒼井、カフェオレ冷めるぞ」

今度は歌川くんだった。おだやかな声がかけられるが、相変わらず返事ができないまま膝を抱えてうずくまっていると、歌川くんは静かに話し始めた。

「蒼井は迅さんに助けられたことがあるんだったよな。それに、玉狛の近界民と顔見知りだったんだろ?そうでなくても入隊してまだ年月経ってないんだから…今回の戦いは、蒼井はつらかったよな」
「………」
「風間隊に属する蒼井がああするしかなかったってことは、迅さんもわかってるよ」
「……そうかも、しれないけど、そうじゃないの」

ぼそっと、歌川くんが聞き取れないくらいのか細い声でそう返した。一度堰を切って出てきた言葉は止まらなかった。

「迅さんに謝りたいわけでも、許されたいわけでもないの。あのとき迅さんを撃ったことを後悔してるわけじゃないのに、今はどうして撃ったのかって思ってる。答えなんかとっくに出てるのに、ぐるぐる考えちゃうんだよ。ずっと涙がでてくるの。なんで私はこうなんだろう、もう…やだなあ……」

途中から自分が何を言ってるのかもわからず、ただ口から言葉が出てくるのに任せて言葉を吐き出し、嗚咽を漏らした。歌川くんがおろおろしているのがわかる。ああ、迷惑だろうな。すぐ泣き止まなきゃと思うのに、涙はなかなか止まらない。みっともない。とにかく立ち上がってこの場から逃げようと涙でぐちゃぐちゃの顔を上げたとき、作戦室にはなぜか迅さんが入ってきていた。驚きのあまり目を見開いて動けないでいると、そんな私を見つめる迅さんは口を開いた。

「こうなるだろうって思ってたんだ」
「……迅、さん」
「瑠花ちゃんなら悩んでしまうだろうなって、思ってた。サイドエフェクトなんか使わなくても、わかるよ」

迅さんはにっこり笑って、私の頭にぽんと手をおく。いつからいたんだろう、とか、もしかして私の言ったことぜんぶ聞いてたのかな、とか、謝らなくちゃとか、たくさん思うことはあったが、言葉が思うようにでてこない。さっきは止まらないくらいだったのに。

「大丈夫。君はそれでいいんだよ。その優しさは枷なんかじゃない。君が“そう”だから、救われる人がたくさんいるんだから」

俺だってそのひとりだよ、と言われて、私の目からぼろっと大粒の涙が溢れた。迅さんとデパートの帰り道ですれ違ったとき言われた言葉の真意がやっとわかった。迅さんは全部お見通しだったのだ。
君はそれでいいんだよと、肯定されたのがうれしかった。こんなに不安定で、どうしたっていくじなしで弱虫な私を、それでもいいんだと言われたことが。私こそ、その言葉に救われている。心の中で渦巻いていた感情は涙となって流れていった。

「迅さん、……ありがとうございます」
「どういたしまして。…まあ、礼なら菊地原に言ってやって、俺をここに呼んだのは菊地原だから」
「え…き、菊地原くん?」
「そ。あいつが泣いててうざいから、どうにかしてくださいってさ」

菊地原くんが呼んでくれたなんて思いもしなかった。私に声をかけてくれて、どこかへ行ってしまったとき、迅さんのもとへ向かっていたのか。菊地原くんはとことん優しい。あとで礼を言っておかなければ。
それじゃ、もう用は済んだし帰るかと迅さんが背を向けた。その大きな背中を見つめつつ、涙をぬぐう。また恩を重ねてしまった。迅さんに恩を返せる日がいつか来ますようにと、願ってやまない。


濁りなんかひとつもないの


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