イーグレットのスコープをのぞく。撃とうとするたび射線が通らなくなるのは、建物の多い地形だからということもあるだろうが、予知できる迅さんが意図的にそうなるように動いているとしか思えない。

「瑠花、そっちから射線通るかー?」
「…それが…なかなか」
「だよなあ。俺んとこもほぼ無理だぜー。さすが迅さんって感じだよなあ」

予想できていたことなのだろう、当真師匠はどこかのんきにそう言う。このままではどうしようもない。狙撃ポイントを変えるため、その場を離れる。その間、奈良坂先輩と小寺くんが当たらないならばと迅さんの動きを制限する狙撃に変えたようだった。確かにそっちのほうが有効かもしれない。

「当真さん、あんたも少しは撃ったらどうだ?」
「ああ〜?外れる弾なんか撃てるかよ。狙撃手としてのプライドが許さねー。かわされるのは仕方ない?そんなだからいつまでたってもナンバー2なんだよおまえは」
「…!」
「そんなわけで、おれは三輪たちのほうへいくぜ、迅さんはおまえらに任せた」

当真師匠はそのまま通信を切り、本格的に移動を始めた。奈良坂先輩は不満げだったが、太刀川さんがそれでいいと指示をだしたことで納得した。私は風間隊についているので迅さんを受け持つしかない。しかしこのままでは当たらないだろう。どうしたものかと考えて、一つだけ策を思いついた。これがうまくいけば、迅さんの予知から外れる可能性はある。しかしトリオンのことを考えると、一度きりの賭けだ。チャンスを見計らっておくしかない。それまではできるだけ奈良坂先輩と古寺くんと連携して援護することにした。チャンスがきたと思ったら、そのときは、迷わずこの引き金を。ごくりとつばを飲み込んだ。


迅さんとの戦いは長引いている。それというのも、迅さんが太刀川さんや風間隊、そして私達狙撃手の総攻撃を受け流しつつ傷を与えつつ、後退していっているからだ。それに気づいた太刀川さんが口を開いた。

「ずいぶんおとなしいな迅。昔のほうがまだプレッシャーあったぞ」
「まともに戦う気なんかないんですよ。この人は単なる時間稼ぎ、今頃玉狛の連中が近界民を逃がしてるんだ」
「…いいや。こいつの狙いは、俺たちをトリオン切れで撤退させることだ」
「…あらら……」

不満そうな菊地原くんに風間さんがそう言った。するとそれまで飄々としていた迅さんがはじめて図星という表情をつくる。あたりのようだ。それなら、“撃破”よりもいくらか穏便に済ませそうだ。そんなふうに一瞬思ってしまったが、風間さんたちはそうはさせないようだ。

「風間さん、やっぱりこの人は無視して玉狛に直行しましょうよ」
「確かにこのまま戦っても埒があかないな。玉狛に向かおう」

そう言った瞬間、迅さんの表情が変わった。迅さんの持っていたトリガーが一変する。ただの弧月だと思っていたのに、ゆらめく刃が何本も生えて、それを瞬時に振りぬいた。
それからは一瞬の出来事。しかし私の目にはしっかりと焼き付いた。迅さんが空を切るように刃を振ると、斬撃が壁を伝い、菊地原くんの首が一刀両断。あれが話に聞いていた、迅さんの黒トリガー“風刃”。声も出なかった。菊地原くんのトリオン体が緊急脱出して光のすじとなって飛んでいくのを見て、ようやく悲鳴に似た声を絞り出す。

「…きっ、菊池原くんっ!」
『蒼井、歌川と陰密戦闘を開始する』
「っ、了解です…!」

すぐさま激しい戦闘が再開する。しかし迅さんの様子が明らかに変わった。本気で撃破しようとしているのがわかる。カメレオンを起動しただろう歌川くんと風間さんを目で追いつつイーグレットをもったまま移動する。

「あれが迅の黒トリガー、風刃の能力。物体に斬撃を伝播させ、目の届く範囲どこにでも攻撃ができる。ブレードから出る光の帯が残弾だ。あれがゼロになるとリロードの隙がある。その隙を逃さず殺しきるぞ」

風間さんが説明するのをしっかり耳に入れつつ、迅さんと太刀川さんの戦闘に視線をやる。確かにゆらめく刃のような光の帯が見える。残り8本だ。それがなくなるまであの斬撃をかわしきれるのだろうか。あんな反則技のような斬撃、どうやってかわせばいいというんだ。はらはらしていると、内線で風間さんの指示が飛んだ。

「奈良坂、古寺、太刀川を援護しろ。俺たちにあてても文句は言わん。俺たちとの連携は蒼井がとる」
「奈良坂了解」
「古寺了解!」
「蒼井了解…!」

太刀川さん、奈良坂先輩、古寺くんの総攻撃に迅さんが対応している。狙撃ポイントに着いた私はイーグレットからライトニングにトリガーを変えた。
チャンスがきっとくる。歌川くんと風間さんのカメレオン連携で生まれた隙を、逃すわけにはいかない。この連携は、練習しつくしたパターンだ。私の策と合わせれば、一度くらい予知を回避できるはず。当てて見せる。たとえ相手が迅さんでも。今は風間隊狙撃手の蒼井瑠花だ。あのとき助けてもらった、守ってもらうだけの弱い私ではないのだ。そう言い聞かせて、スコープを覗く。
太刀川さんの斬撃を交わした迅さんの背後に風間さんがまわる。歌川くんは反対側についた。二人がスコーピオンを出して振りぬくと、迅さんが意識を回避に割いた。今だ。間髪入れず引き金を引いた。

「おっと」

“一発目”を迅さんが避けるのはわかっていた。だから“二発目”を狙うのだ。そのときにはすでに、射線が通ると目星をつけていたすぐ近くのポイントにテレポーターで移動を終えていた。

「っ!」
「よし」
「……あたった…!!」

照準を合わせるのもなかばにして立て続けに撃ったうちの一発が、迅さんの右足を削った。たった一度、このためにできるだけ温存していたとはいえ、最速テレポーターのトリオンの消費はかなり激しい。もう私はほとんど使い物にならないが、それと引き換えに迅さんの機動力を奪ったなら、十分すぎる成果だということにしておこう。
右足を削られた迅さんがそのまま太刀川さんに押され、ガレージへ追い込まれた。

「追い込んだ!」
「もう逃げ場はないぞ、黒トリガー」

逃げ場をなくしたかに思われたが、太刀川さんの斬撃を受け止めつつ迅さんがブレードを振りぬいた。斬撃はガレージの壁を伝って太刀川さんを襲う。ガレージに誘い込んだのは迅さんのほうだったのだ。その瞬間、歌川くんと風間さんが奇襲をしかけるが、歌川くんは風刃の餌食になってしまう。しかしそこで光の帯の残弾は0本になった。風間さんが迅さんを捉える。

「太刀川!!」

緊急脱出寸前の太刀川さんが弧月を振り下ろした。入った、と誰しも思った。しかしそれも迅さんの予知の範囲内。最後の風刃をあらかじめ、予知を頼りに壁に仕込んでいたのだ。

「あんたたちは強い、黒トリガーに勝ってもおかしくないけど…風刃とおれのサイドエフェクトは相性がよすぎるんだ、悪いな」

迅さんは一体どこまで視えているのだろう。たった一人で7対1の戦いに終止符を打った。



まつげが刃に変わるとき


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