ついに夜が来た。作戦決行だ。漠然とした不安は拭えていない。でもうだうだ言っている場合ではない、果たすべき仕事を全うせねば、ここにいる意味がない。トリオン体の底上げされた身体能力で街を駆け抜ける。作戦ではもう少しで目標地点に到達するはずだ。目標地点まで残り500、と通信で聞こえたとき、ある人影が遠くに見えて足を止めた。いや、止めようと思ったのではない、止まってしまった。皆さんはまだ気づいていない。あの人影が誰なのか。
立ちはだかるように私たちを待っていたのは、迅さんだった。先頭を走っていた太刀川さんたちが止まった。追いついたときには、太刀川さんと風間さんが迅さんと相対していた。

「こんなところで待ち構えてたってことは、俺たちの目的もわかってるわけだな」
「うちの隊員にちょっかい出しに来たんだろ?最近うちの後輩たちはかなりいい感じだから、ジャマしないでほしいんだけど」
「そりゃ無理だ、と言ったら?」
「その場合は仕方ない。実力派エリートとして、かわいい後輩を守んなきゃいけないな」

迅さんと太刀川さんがにらみ合う。二人ともまだ余裕を残した笑みを浮かべているが、一触即発の雰囲気を醸し出している。

「おいおいどうなってんだ?迅さんと戦う流れ?」

当真師匠が笑いつつ言うのを聞いて、ひとり青ざめていた。迅さんが玉狛支部の隊員だと聞いたときから、こうなるかもしれないと、心のどこかで思っていた。玉狛支部から黒トリガーを奪うということは、私の脳内では迅さんを敵に回すことではないかと。迅さんを敵にまわすなんて、そんなことしたいわけがない。恩人である迅さんと戦うなんてこと、私にできるわけがないのに。
そこまで考えて、ふと、人型近界民とは一体どんな人なのだろうと興味がわいた。一目、私たちが狙う黒トリガーを所有する近界民の姿を見ておきたいと思ったのだ。まだ距離はあるが、私のサイドエフェクトならここから玉狛支部の内部まで視ることは可能だ。視線を動かそうとしたが、頭のどこかで警鐘が鳴っている気がした。もしかしたら見ないほうがいいものを見ようとしているのかもしれない、と、なぜか危機感を覚えた。しかし、なんの根拠もない不安では、私の好奇心を殺すには不確かすぎた。ゆっくりと、玉狛支部の建物へ目の焦点を合わせる。人が数人見える、思ったより少ない。どの人が近界民なのかわからない、と思って視線を動かすと、ある少年に視線を奪われた。

「……え…?」

どくんどくんと心臓が鳴る。あの白い髪の毛、小柄な体の少年には見覚えがある。もしかして、もしかして彼が?彼と出会った日のことを思い出す。目の前で車にはねられても無傷。この時期に転校生。他人を見透かすような目。今まで出会ったことのないような、彼の持つ不思議な雰囲気と違和感は、まさか近界民だったからなのか。

「蒼井?心音やばいけど、どうかした?」
「あっ…い、いや、なんでも、」
「……まさか、瑠花ちゃん、支部の中を視た?」

いきなり菊地原くんに話しかけられ、ばっと振り向く。挙動不審になっている自覚はある。何でもない風をよそおって首を振ると、それを見た迅さんが言った。びくっと肩がはねる。おそるおそる迅さんを見る。薄い笑みを浮かべた迅さんと目があって、小さくうなずいてしまった。

「…会ったことあるんでしょ?知ってるよ、瑠花ちゃんがあいつと会ってる未来を前に視た」
「………近界民は…空閑くん…なんです、か」
「うん。そうだよ」

震える声で聞くと、迅さんはあっさりと頷いた。また会えるといーな。別れ際、そう言った空閑くんの笑顔を思い出す。私たちの標的は、彼の所有物だったのか。

「蒼井、近界民と接触していたのか?」

三輪先輩が鋭い目で私を見る。まさかお前が裏切るわけはないよな、とでも言っているような視線に恐怖を感じる。三輪先輩にこんなに怖い視線を向けられたのは初めてだった。

「い、以前登校中に知り合って…一度だけ、話したことがあります。でも近界民なんて知らなくて…!」
「…まさか蒼井が顔見知りだったとはな」

風間さんがぼそりと呟くように言う。しかし私が気を奪われている間に、もう取り返しのつかないところまで話が進んでいた。動揺する私にかまわず、風間さんが話を続ける。

「ほかの連中ならともかく、俺たちの部隊を相手にお前ひとりで勝てるつもりか?」
「おれはそこまでうぬぼれてないよ。遠征部隊の強さはよく知ってる。それに加えて三輪隊、おれが黒トリガーを使ったとしてもいいとこ五分だろ。…おれ一人だったら、の話だけど」

迅さんがにやりと笑った直後、そこに颯爽と現れたのは嵐山隊だった。嵐山隊が迅さんもとい玉狛支部に加勢するというのだ。

「嵐山たちがいればはっきりいってこっちが勝つよ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる。おれだって別に本部と喧嘩したいわけじゃない…退いてくれるとうれしいんだけどな、太刀川さん」

自信たっぷりな迅さんの言葉に太刀川さんがどう答えるか、容易に予想がつく。バッグワームをぎゅっとにぎりしめる。

「おもしろい…おまえの予知を覆したくなった」

その言葉を合図に一斉に動き出す。私も作戦通りにまずは狙撃ポイントへ向かわなくては。そう思ったのに、こわくて足が動かない。だってここを動けば、迅さんと嵐山隊の皆さんを敵と認識して、撃たなくてはならない。模擬戦とは違う。確かに敵意をもって、皆が動いているこの状況で。何より、標的の近界民が空閑くんだと知ってしまった。一度しか話したことはないが、空閑くんが三門市を襲うバケモノと同じ悪い近界民だとは思えないのだ。迷いだらけのこんな状態じゃ、援護なんてまともにできるわけがない。

「瑠花何してんだ?早く動け!」
「…とうま、師匠、わたし、」

うてません、と寸でのところで言いそうになった。それを遮るように、風間さんが一言淡々と言った。

「妙な考えは捨てろ、蒼井。お前は誰だ?風間隊の狙撃手だろう。任務を果たせ」

ぐっ、と言葉につまった。一歩、足を前にだす。しかしそれでも迷いが捨てられなかった。これは正しい選択なのか、もうわからない。そのとき、迅さんに以前言われた言葉がよみがえってきた。
「理不尽なことに悩むときもあるかもしれないけど___」
迅さんはこうなると知ってたんだとやっと気づいた。あの言葉は、避けられない戦いから逃げないように、私を奮い立たせようとしていたのかもしれない。まだ真意はわからないけど、とりあえず今はそう考えておこう。
すうと一つ深呼吸をする。今だけは"私"を捨てよう。風間隊狙撃手として、果たすべき仕事がある。それだけ考えていよう。

「…蒼井、了解」


融解する純白


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