ついに、今日。遠征部隊が帰ってくる。今か今かとロビーで待っていて、居ても立っても居られずにウロウロしていたところをいろんな人に見られてしまった。恥ずかしいので何度も座ったが、1分もせずにすぐに立ち上がってしまう。すると、そのとき。
バチバチッ!
門が開くとき特有の音が聞こえた。次いで地響きにも似た音も聞こえて、帰って来たのだとすぐに気がついた。
ばっと窓に寄って見ようとするが、なかなか見えづらい。こうなったらサイドエフェクトフル稼働だ。人から不審な目で見られるのも構わず、窓ではなく壁に手をついておでこをくっつけるようにする。異様な光景だろうが、この方が視えやすいのだ。こうなった私には壁なんて関係ない、全部ガラス張りのようなものだ。
ぞろぞろと遠征艇から皆さんが出てくるのを見つめていると、隊長陣は本部の中へ入っていく。遠征の成果の報告などをするのだろう。
皆さんに早くおかえりなさいと言いたい。もうしばらく、辛抱すれば会えるはず。ロビーの椅子に座りなおして、じっと待っていると、沢村さんによる放送が本部に流れた。

《蒼井隊員、蒼井瑠花隊員はすぐに会議室へ来てください》
「へっ!?!?」

わわわ私の名前が呼ばれた!?人違いでは…ないですね!慌てて立ち上がり、慌てふためきながら会議室へ向かう。何の用だろう、私を呼ぶなんて。
変な汗をかきながら自動ドアを前にする。心の準備をする前にすぐに自動ドアが開いてしまった。城戸司令官を始めとした幹部の方々、遠征部隊の太刀川さん風間さん当真師匠、それから三輪隊の奈良坂先輩と三輪先輩のお二人までそろいも揃って私を待っていた。ぶわっと汗が吹き出る。私、絶対場違いです!!!

「突然呼び出して申し訳ない、蒼井隊員。風間隊の隊員として、君もこれから話す任務を遂行して欲しい」
「………!は、はい…っ!」

かろうじて返事を返し、任務と聞いて緊張でガチガチの体を動かして風間さんの後ろへ移動する。城戸司令と面と向かって話したのは初めてで、会議室に入ったのも初めて。緊張するのも無理はないと自分に言い聞かせる。深呼吸を一つすると、城戸司令が口を開いた。

「さて、帰還早々で悪いが、おまえたちには新しい任務がある。現在玉狛支部にある、黒トリガーの確保だ。三輪隊、説明を」
「はい」

三輪先輩と奈良坂先輩の説明によると、こうだった。人型近界民がこの街にいるというのだ。三輪隊が交戦したところ黒トリガーの発動を確認、その能力は相手の攻撃を学習して自分のものにするというとてつもないもの。交戦後玉狛支部の迅さんが戦闘に介入、迅さんと近界民が面識があったため一時停戦。その後近界民は迅さんの手引きによって玉狛支部に入隊して現在に至る。
話に全くついていけずに、ぽかんと突っ立っていると、当真師匠がなんだそりゃ、と声を出した。

「近界民がボーダーに入隊!?」
「玉狛なら有り得るだろう、元々玉狛のエンジニアは近界民だ」

玉狛支部というところは、この本部とは違い、近界民に理解があるようだ。そもそも近界民はあのバケモノたちだけではなく、私たちと同じ人型がいるということさえ知らなかった私には、ちんぷんかんぷんな話だ。それでも、一つだけ分かったことは、不穏な空気が漂ってきたことだ。黒トリガー持ちの近界民をかくまっているからだとは言っているが、玉狛支部から黒トリガーを奪おうとしているのだ。皆さんはそれがごく自然なことのように話しているが、私には分からない。パワーバランスがどうとか難しい話は置いておいて、どうして組織の内部で喧嘩を始めようとしているのだ。私が戸惑っている間にも木戸司令は淡々と話を続けた。

「おまえたちにはなんとしても黒トリガーを確保してもらう」
「しっかり作戦を練って…」
「いや。今夜にしましょう、今夜」

今夜!?と叫びそうになって口を慌てて手で塞ぐ。いきなりすぎやしませんか、太刀川さん!しかし太刀川さんの言い分によると、黒トリガーの”学習能力”は時間がたつほどこちらが不利になるという。言われてみれば確かにそうだ。

「長引かせたら見張りしてる米屋と古寺に悪いだろ。サクッと終わらせようや」
「なるほどね」
「…確かに早い方がいいな」
「それでいいですか?城戸司令」
「いいだろう。部隊はお前が指揮しろ太刀川」
「了解です」

さくさくと話が進んでいき、私は他人事のようにぼーっと聞いていた。そこで太刀川さんが私を見た。

「瑠花ももちろん風間隊隊員として参加してもらうぞ」
「!」
「狙撃手は当真、奈良坂、古寺もいるが、カメレオンを使う風間隊を狙撃で援護するとなるとお前しか出来ないからな」
「……は、はい。了解です」

今夜、黒トリガーの確保の極秘任務。玉狛支部に奇襲をかける。穏便に済めばいいのだが、この遠征部隊の帰還を待っていたということは、それだけの戦闘力を必要とする事態になる恐れがあるのだ。黒トリガー持ちの近界民が抵抗する、もしくは、玉狛支部の隊員と争いになる可能性があるということだ。そんなことになってもいいのか。私はまだ、何も納得していない。
とにかく、私は狙撃手として必要とされているのだから、しのごの言わず役割を果たさねば。小さく覚悟を決めて皆さんに続いて会議室から出た。すると、いきなり頭にずしっと重さを感じて驚いた。

「瑠花〜〜、久しぶりだなあ。元気だったかー」

見上げると、当真師匠が私の頭に肘を置いていた。その笑顔と声が懐かしくて、じわっと涙が滲んでくる。遠征期間って二週間でしたっけ?一ヶ月といわず三ヶ月くらいしてたような気さえする。

「と!とと!当真師匠〜〜…!!お久しぶりです…!!あの!怪我とかありませんか…!?」
「おー、この通りピンピンしてるぜ。いやー、これだよこれ。この癒しが欲しかったんだよ」
「い、癒し…?とにかく、あの、お話したいことが山ほどあるんです…!」
「おう、後でゆっくり聞かせてもらうわ」

頭を撫でられて久しぶりの感覚にへらっと笑ってしまう。その一連の流れを見ていた風間さんと太刀川さんに、ハッとして慌ててお二人も見る。

「皆さんお怪我はありませんか…!?他の方々は……?」
「怪我の方は心配ない、負傷者はゼロだ。他の奴らはもう作戦室に戻ってるはずだ。俺たちは代表として集まっただけだ」
「冬島隊は冬島さんがいつもの船酔いで当真が代わりに出ただけだぞ」

冬島さんが船酔いと聞いて驚きつつ当真師匠を見ると、いつものことだと呆れた表情で肩をすくめた。遠征部隊なのに船に弱いなんて、大変そうだ。まあそれはいいとして、皆さん無事で本当によかった。

「皆さん、おかえりなさい、…です」

帰ってきたんだと実感して、大事な会議の直後だというのにへにゃりとだらしなく笑って言うと、お三方は笑って、ただいまと言ってくれた。
すごく安心した、のに、この胸騒ぎは何だろう。夜が来るのが漠然とこわかった。



隊長陣は太刀川隊作戦室で作戦会議をするというので私は一足先に風間隊作戦室に戻った。すると、菊地原くんがひとりでソファに座っていた。いるとはわかっていたが、本人を見るとびっくりして思わず大きな声が出た。

「きっ、菊地原くんだ…!!」
「いきなりうるさい。もっと音量落としてよ」
「ご、ごめんなさい。……おかえりなさい、菊地原くん」
「……ただいま」

ぶうぶうと文句を言いつつ、最後にはちゃんとただいまと言ってくれるあたり、変わらず元気そうで良かった。歌川くんと三上先輩がいないが、どこへ行っているのだろう。お二人にも早く会いたいが、いないうちに例のものを渡しておこうと思って私のバッグを開ける。

「…あのね、言われてたお菓子、作ったの」
「…忘れてなかったね」
「も、もちろん!忘れてなんかないよ。で、でも…好みに合うか分からないから…好きじゃなかったら、食べなくてもいいからっ」
「はいはい、それで?早く」

私が言い訳のように早口で念を押していると、菊地原くんは早くと急かす。実は一人だけの特定の人物のためにお菓子を作るのは初めてだったのだ。迷いに迷った挙句、一番得意なレシピにした。

「プリン?」
「うん……保冷バッグごと、持って帰っていいよ」
「ここで食べたい」
「ええっ、こ、ここで!?今!?」
「別にいいでしょ?」
「い、いいけど、……なんか恥ずかしいなって…ああっ本当に食べるの!?」
「だからそう言ってんじゃん、スプーンまで入ってるし」

家から持参した保冷バッグごと渡すと、菊地原くんはソファに座ってごそごそと中身を取り出し始めた。えええ、目の前で食べられるなんて心の準備が出来てないっていうか…!!いつもは自分の作りたいものを作ったり、不特定多数の皆さんにあげるために作るので、相手のことを考えて作ったものを目の前で食べてもらうということがこんなに緊張するものなのかと初めて感じる。ドキドキしながら菊地原くんがいただきますと言ってスプーンを持つのを見る。こ、こわい。味見はしたが、口に合わなかったらどうしよう。そんな不安に駆られていると、菊地原くんが一口目を頬張った。

「……あのさあ、こっち見すぎ。食べにくいんだけど」
「あっ、ごごごめん…。ど、どう、かな」
「………、甘すぎ」
「え!ごっごめん…!」
「なくて、ちょうどいい」
「…へ?」

甘すぎ?ちょうどいい?どっち?首を傾げている間に、菊地原くんはパクパクと食べ進めてあっという間に容器はカラになってしまった。ごちそうさま、と言う様子を目をぱちくりさせながら見つめる。あ、また見すぎって言われちゃう。

「お…お粗末様でした…?」
「なんで疑問形なの」
「な、なんでもない…けど…」
「…次は、大きめにしてよ。こんな小さい器じゃ食べ応えないじゃん」
「………う、うんっ」

菊地原くんの一言は、もっと食べたい、と勝手に都合よく脳内で変換してしまい、溢れんばかりの笑顔で頷いた。


巡り巡って還っておいで


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