今日も今日とて学校である。しかし、忘れ物をしたことに学校の目の前で気が付いて家に戻ってしまい、普段なら早めに登校しているのに今日はあまり余裕がない。早歩きで学校へ向かっていると、登校中に足の悪そうなお婆さんに出くわした。時間がなかったが、大きな荷物を抱えて重そうに見えて、無視できずにバス停まで荷物を持ってあげた。さらっと述べているが、コミュ障の私的にはかなり、とても、ものすごく勇気のいることをしたわけで。以前なら、迷った挙句声もかけられず、勝手に一人で落ち込むパターンだったのに、こんなことができるようになったのはボーダーに入って成長したということだろうか、なんて考えると気分がいいが、よりによって時間のない今日こんなことにあってしまうとは。完全に遅刻だ。途中で授業に入るなんてことしたことがないので憂鬱になっていると、おばあさんはお礼とともにお饅頭を二つくれた。お饅頭にほだされたわけではないが、遅刻しても荷物をもってあげてよかったなあ、なんて少し思いつつ、とっくに授業が始まっているだろう学校へ向かった。

「…あれ」

前方に制服を着た学生が小走りで登校しているのが見えた。この時間だと私以外登校中の学生は見当たらなかったというのに、少し驚いて見つめる。真っ白の髪の毛が目をひく男子は、身長は小さいが制服からしてこの近くの中学生だろう。それにしても髪の毛が白いことに驚いてしまう。ウィッグか、染めているのか。まさか地毛ではないだろう。でもどちらにしろ、中学生があんな髪色で校則違反ではないのだろうか、と思いつつ、急いで学校へ向かっているだろう彼を見つめていると、何か黒い物体がふよふよと宙に浮いて彼についていっているのが見えた。不審に思って目を凝らすと、黒い炊飯器に耳がついたような、形容しがたいものが飛んでいるのだ。ロボットだろうか、ハイテクだなあと興味津々にじっと見ていると、横断歩道の信号がぱっと赤に変わった。彼はそこへスピードをゆるめず突っ切ろうとする。え、と思わず声を出したそのとき、車がそこへ突っ込んだ。

「っきゃああ!!」

悲鳴をあげる。彼が思いっきりはねられ、吹っ飛んだのだ。ぎりぎりでハンドルをきった車が盛大な音をたてて信号機にぶつかった。心臓がばくばく鳴っている。はねられた。交通事故をこの目で見てしまった。幸いにも警察がその近くにいて事故の場面を見ていたようで、すぐさま駆け寄っている。私もおそるおそる近づいていく。びっくりしたー、とのんきな声が聞こえた。誰の声かと思えば、はねられ倒れている彼の声だった。彼は体を起こすとすっくと立ちあがり、制服の砂埃を払い落とす。

「きみ、きみ。大丈夫か!?あまりすぐに立ち上がらないほうがいい!…って…」
「む…無傷……?」

警察と、突っ込んできた車の運転手が呆然とする。その後ろで私もあんぐりと口を開けて立っていた。本当に盛大に、おもいっきりはねられたのに、血の一滴どころかかすり傷一つついていないのだ。

「ん?へーき。だいじょぶ」
「体どこもおかしくない?きみ、おもいっきりはねられてたよ…?」
「だいじょぶだって、けがなんかしてないって」

何事もなかったかのように話す彼は、そっちこそいいの、クルマへこんだけど、とむしろ当たった車を心配している。な、なんで。私はというと、無傷だということが衝撃すぎて呆然と突っ立っている。

「いちおう書類作るから、名前と住所を教えてもらえるかな」
「空閑遊真。住所は、えーと…、…みかどしろくだいちょうはちのごのいち」

そこでまた目を疑う光景を見た。制服の襟元のあたりから、にゅっと何かのびてきて、耳元でパクパクと喋るような動作を見せたのだ。警察の人は見えていなかったようだし、ほんのささいなものだったが、ばっちり視てしまった。
その後、学校があるのでと言って警察の人から逃げるようにその場を離れた彼。ハッとしてそのあとを追う。…追いたくて追っているわけではない、登校する道が途中まで一緒なのだ。一定の距離を保ちつつ、はねられたのにぴんぴんしている彼をじっと見ていると、しばらく歩いたところで彼がいきなり振り向いた。

「で、おまえ誰?」
「へっ……!?」
「さっきからずっといるし、なんでついてくんの?」

小さいし、声も少年のそれだが、私をじっと見る目だけがいやに鋭くてぞくっとする。あわてて弁解しようと口を開く。

「あの、私も、その、登校中で…」
「お?そうなのか。みかどしりつだいさんちゅうがく?」
「ええと、私は…高校生、です……」
「そうなのか。じゃあ年上か。これは失礼」

ふかぶかと頭を下げられ、おきになさらず、と慌てて返事をした。とっさのことで敬語がでてしまったが、年下に敬語というのもおかしいかと思い、気にしないでと言い直すと、じゃあ気にしない、とあっさり言われてちょっと気圧されぎみだ。

「おまえも遅刻だよな。寝坊でもしたのか?」
「……う、うん、そんなところです」

おばあさんの荷物を持ってあげてたなんて言っても、そんな王道すぎる遅刻の言い訳みたいなこと信じてもらえないだろうな、と思って言うのをやめて、あいまいに頷く。すると、笑顔で話しかけていた表情が変わった。

「おまえ、変な嘘つくね」
「……え?」
「なんで今嘘ついたんだ?言いたくない理由があったんなら別にいいけど」
「……な、なんで今…嘘だって……」
「ん?まあ、なんとなくってことにしとく」

一瞬射抜かれそうな視線を受けてびくっとする。どうして今嘘だとばれたのだろう。わからないが、別にやましいことでもないしばれたなら本当のことを言ってもいいかと、口を開く。

「実は…おばあさんの荷物を、持ってあげてたの…」
「へえ、優しーじゃん」
「……信じてくれるの?」
「?だってそれはホントのことだろ?」
「…そ、そうなんだけど、……」

さも当たり前のように言うから、なんだか拍子抜けした。私の考えすぎだったのか。不思議な雰囲気の人だなあ、と思った。

「…あー、とにかく、学校行かなくちゃ。おれ、“転校生”なのに25分も遅刻してる、あ、いや30分」
「ええっ、そうなの…!?それは大変だよ…早く行かなくちゃ…!!」
「だから急いでたんだけどなあ。でもまさかいきなりはねられるとは。日本も意外とキケンだな」

笑ってそんなことを言うので驚いてしまうが、転校生だというのなら少し納得がいった。外国から日本にきたのだろう、とすれば白い髪の毛は地毛かもしれない。アルビノとかだろうか、と思ったとき、じゃあなと走っていこうとするので、ふとあることを思いついて呼び止めた。

「あっ、…あの、これ、もしよかったら……おばあさんにもらったんだけど、二つもらっちゃって、一つ余ってるから……」
「お?これは?たべものか?」
「うん、えっと、お饅頭っていって…甘くておいしいよ」
「へー。なんでおれにくれるんだ?おれ、おまえに何もしてないけど」
「そ、そうなんだけど……学校、がんばってね、…みたいな……」

いきなりあげるなんてやっぱり変だったかなと思いつつ、でも二つもらってどうしようかと思っていたところだったので、ちょうどいいと思ったのだ。外国からきたなら、こういうお菓子はあまり食べたことないかもしれない。

「ふーん。よくわかんないけど、くれるならもらっとく。ありがとな。名前は?おれ、ユーマ。空閑遊真」
「えっ。わ、私…蒼井瑠花、です……」
「ふむ、瑠花か。わかった。また会えるといーな」

じゃーね瑠花、と手を振って、今度こそ走り出した空閑くん。今度は事故にあわずちゃんと辿りつけるといいのだが。道案内必要だったかな、と思ったが、もう道は一本道だし必要なさそうだ。見送っていると、はっとして腕時計を見た。人のことしか考えてなかったが、私も盛大に遅刻しているんだった。私も鞄を持ち直して、慌てて走り出した。



それが、私の空閑遊真くんとの出会いだった。遠くない未来、彼がボーダーに大きくかかわってくることになるとは、このときは思いもしていなかったのだ。



嘘をお言いよ、お嬢さん


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