翌日の朝はうなされて目が覚めた。見ていた夢は、私がボーダー隊員となって大きな大きな怪物に対峙している夢だった。武器はある。アニメでよく見るようなありがちな剣だ。夢の中の私は勇敢にも走って行って、剣を振りかざす。しかし剣はあっさり折れてしまい、なすすべなく私は、そのネイバーに、むしゃむしゃごっくん。

「っわああー!!」

悪夢以外の何でもなかった。こわすぎた。朝から気が重い。なのに今から登校して、菊地原くんのいるクラスに入っていかなければならないのだ。昨日あんなことがあったのに、合わせる顔がない。…休もうかな。かなり本気で休もうと思ったが、あいにく体温計で測っても健康そのものの数値だし、おなかもいたくなければ頭もいたくない。行くしかない。

「いってきます…」

母に送り出されて登校する。学校は近いので歩いて登校だ。てくてくといつもの道を歩くうち、長い前髪と分厚い眼鏡を隔ててもわかってしまうふよふよと宙を漂うもの。

(…見ない、見ない、見ない。)

それがいわゆる霊的なもので、私にしか視えないものだと気づくと、うつむき加減に通り過ぎる。
三門市は霊的なものが越してくる前の町より頻繁に視える、気がする。なぜかはわからないが、ふよふよした火の玉っぽいもの、女の人(ただし脚がない)、男の人(ただし脚が以下略)、その他にも、たくさん。害はなく、触れもしない。ただ私が一方的に視えるだけ。お祓いなどもやってもらったことはあるが、効果はないので目のせいに違いない。とはいえ、もうだいぶ慣れたし、グロテスクなものはほとんどないので良いが、眼鏡がないと正直やっていける自信がない。あまり視えないルートをあぶり出し、遠回りにはなるがそうやって通学している。




なんとか一日を終えた。いつもどおりの一日だった。菊地原くんもいつもどおり。昨日の出来事なんてなかったことみたいに、変化なし。授業中ネイバーが窓から視えて、今朝の夢を思い出してしまうなんてことも、なかった。ほっと息を吐き出して帰りの支度をしていると、ついに恐れていたことが起きた。

「蒼井」

肩が跳ねる。おそるおそる振り向くと、案の定菊地原くんだった。うーーーわーーー。もう帰るんだから、何事もなく帰るんだから!最後の最後で来ないでください!なんてことは言えずに、はい、と震える声で返事をする。

「そんな怯えなくてよくない?傷つくんだけど」
「おっおっおびえてなんか、ないっよ!」
「説得力皆無だから。」
「そ、それで、何かな…わたし、か、帰ります…よ…?」
「なんで敬語なの」
「ききき気にしないでくださいぃぃ」
「昨日から思ってたけどやっぱりめんどくさい性格してるよね、蒼井って」

めんどくさいって言われた!そうですよね、めんどくさいですよね…ごめんなさい…ショックを受けてうつむいていると、追い打ちをかけるように、あーもーやめてよね、こんなの真面目にとらないでよと言われた。だって本音ですよね。すでに涙目です。帰りたさ100パーセント。お母さん助けて。

「で、考えてみた?」
「えっ」
「ボーダー入隊」

待ってええええ。昨日断ったはずでは!?無理って言った気がするけどなあ!?なんて口に出してはいないが、顔面蒼白の私を見て察してくれたようで、ため息をついた。そして私の前の席に座る。……ええええ待ってなんで座るのぉぉ!?帰させてくれないおつもりでしょうか!どう考えても長話の体制に入ったよね!?待って帰らせてください!もうお話することはありません!菊地原くん!!私の心の叫びは菊地原くんには届かない。

「蒼井がやりたくないのはわかったよ。でもなんか、ボーダーを誤解してるみたいなのがなんか嫌なんだよね」
「ひ、ヒーローって言ったこと…?」
「いやそこは別にどうでもいいけど。まあそれも違うけど、そうじゃなくて」
「あ、あのね!」

ええい、ここはハッキリ断らなければ。そして一刻も早く帰らなくては。私はごくりとつばを飲み込み、すとんと席に座りなおして菊地原くんと向かい合って、語りだした。

「今朝見た夢が、ですね」
「夢?」
「うん。ええと…わ、私がボーダー隊員になってる夢だったの」
「はあ?」
「ゆっ夢だから!!」
「はぁ…それで?」
「立ち向かって剣を振りかざすんだけど、折れちゃって。ネイバーに、食べられちゃう夢だったの」
「………」
「それ見て、やっぱり私にはできないって思ったの。だから、せっかくだけど…」
「突っ込みどころ多すぎなんだけど、とりあえず、ネイバーは人を食べない」
「……そ、そうなんだぁ…」

#2#選手撃沈しました!100のダメージ!決死の思いの攻撃も菊地原選手は無傷です!もはや勝てる気がしません!

「だからさ。誤解してんだって。何も、ボーダー隊員全員がそうやって直接戦ってるわけじゃない。確かに攻撃手っていう近距離タイプもいるけど、遠くから遠隔攻撃したり攻撃手をサポートする狙撃手っていうのもいる」
「狙撃手…?な、なんか、かっこいいね」
「戦わないでサポートするオペレーターっていう人たちもいる。まあ、オペレーターじゃ#2#のサイドエフェクトは使えなさそうだけど」
「そ、そこなの。私の目っていっても、本当に…そんなに役にたつのかわからないし…」
「それは僕もわかんないよ」
「そ、そうですよね」
「だから、一回ボーダーに来てみなよ」
「へ?」
「ボーダーに来たら、なんかわかると思うけど」

だからって何がだからなんですか菊地原くん。なんでそうなるんですか菊地原くん!私が思っていたより、菊地原くんは強引な面があるようだ。こんなに積極的なタイプだったっけ?昨日の今日ですよ。なんでここまで誘ってくれるのだろうか。強化視力というのがそんなにいいことなのだろうか。勇気を出して聞いてみた。

「な…なんで、そんなに…誘ってくれるの?」
「…別に、無理に誘おうとしてるんじゃない。でも、…なんていうか…」
「…私のサイドエフェクトってそんなに価値があるとか…?」
「そういうわけじゃないけど」

あ、そうですか…。ここまでばっさり言われるとなんか、それはそれで悲しい。

「…僕もボーダー入る前、コンプレックスだったから」
「………あ、」
「だから、まあ…入ればいいのにっていう、単なるおせっかい。迷惑だったんなら、もういいから。忘れて」

そこで菊地原くんはやっと立ち上がった。そうだったのか。そういえば、昨日も、うるさいしいいことないって言っていた。もしかして、菊地原くんも、ボーダーに入る前は、私と同じように、悩まされながら過ごしていたのだろうか。まあ菊地原くんなら、私ほどネガティブな感じにはならなかったかもしれないけれど、でもコンプレックスに思うくらいには、わずらわしく思っていたということだ。耳が聞こえすぎるってどんな感じなのだろう。私には想像できないが、彼なりに、嫌だったんだろう。

「じゃあね、嫌な思いさせて悪かったよ」

そう言って去っていく菊地原くん。私は何も言えずに菊地原くんが座っていた席を見つめている。
やっと帰ってくれた、という気持ちはなかった。それより、これでいいのかな、という揺らぐ気持ちが残っていた。
菊地原くんは、言い方を変えれば、ボーダーに入って変わったんだ。コンプレックスじゃなくなったんだ。私も、そうなれるとは限らない。私のこのコミュニケーション能力のなさじゃ、ボーダーなんて組織には向いていないのはわかりきっている。
でも。

「きっきくちはらくんっ!!」

席を立ちあがって、廊下を走って菊地原くんのもとまで走っていくのに数十秒。それだけでも、心臓はどっくどっくとうるさく鳴っている。菊地原くんにもこれは聞こえているんだろう。なんだか恥ずかしい。

「…何?」

振り向いて私を見る菊地原くんに、スカートのすそを握りしめながら声を絞り出した。

「け」
「け?」
「見学させてくださいっ!」

私の渾身のお願いは、わかった、じゃあ明日ねとさらりと承諾されて終わった。何このむなしい感じ。まあ、そういうことだ、見学くらいどうってことないということだ。ボーダーは一般公開もされているらしいし。何も見ないまま勝手に終わるのはもったいない。見てからあきらめても、いいのだし。うん、そうしよう。
…明日、こわっ。


きみの心の壁に穴をあける仕事


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