一番後ろの、窓側の隅っこの席。私の座席はそんな日当たりのいい席だ。今日は天気が良くて、それもお昼ご飯を食べた後の昼の授業だったので、私の眠気はピークに達していた。眠い座学の授業を一応耳に入れつつ、ぼんやりと教室を眺めていると、不自然に空席が目立った。菊地原くんと歌川くんの席だ。いつもなら菊地原くんの背中は私の視線の先にあって、歌川くんの背中も視線を移せば容易に見えて。授業を受けながら、視界に入る二人の背中はどこか安心するような感覚があったのだが、今は二人ともいない。ぽっかりと、机と椅子だけが視線の先に浮いている。二人とも今頃、知らない世界で戦っているのだろうかと遠く離れた遠征先へ思いを馳せる。怪我してないかな、大丈夫かな。考え始めればきりがないから、あまり暗い方には考えないようにして、がんばれ、と心の中で念じておく。
あんまり眠くて仕方がなかったので、授業を聞くのをいったんやめて窓の外へ視線をやった。すると視線の先に真っ白い怪物が視えた。近界民だとすぐに気づいて、息をのむ。近くに隊員はいるだろうかと必死に視線を動かす。今日の防衛任務の人が誰かしらいるはずだ。必死に目を凝らしていると、赤い隊服が視えてほっとする。あれは隠岐先輩と同じ隊服。ということは、生駒隊の皆さんだ。噂には聞いていたが見るのは初めてだったのでどきどきしながら見つめる。射手の人と攻撃手の人、それからライトニングの狙撃で隙を作ったところを逃さず、ゴーグルをした人が弧月で一閃、次の瞬間には近界民は真っ二つになっていた。ものすごい光景にまばたきをできずにいると、チャイムが鳴ってぱっと前を向いた。ああ、もう少し見たかったのに。それにしても、生駒隊の皆さんすごかったなあ…と思いつつ号令に従って席を立った。


放課後になり、今日もボーダーに向かうため荷物をまとめる。すると、話したこともないクラスメイトが私の名前を呼んだ。びくっとして振り向く。先輩たちが呼んでるよ、と紅潮した顔で言われるままに廊下を見ると、窓から私に手を振る犬飼先輩と腕を組んで様子を見ている荒船先輩を見つけた。ひいいいいなんで先輩たちがこんなところに!というかまず、同じ学校だったんですね…。お二人ともかっこよすぎて目立ちまくっていて、クラスの女子がきゃいきゃいと黄色い声をあげている。もしかしなくても私に用がある感じですか。恥ずかしさで縮こまりながら先輩たちのほうへむかった。

「い、犬飼先輩、荒船先輩…ここ、こんにちは……」
「よっ、瑠花ちゃんっ。ずいぶんすみっこにいたけど席あそこなの?」
「は、はい…席、すみっこなんです…。えと、今日はどうされたんですか…?」
「やっぱ瑠花ちゃん聞いてないみたいだねえ、荒船の言うとおりだ」
「ほらな。蒼井、風間隊が遠征に行ってる間フリー扱いになってるから、防衛任務はどっかのチームと合同でやるんだぞ。今日は二宮隊とだってよ」
「………えっ!?ききき聞いてないです…!!」

慌てる私に荒船さんが落ち着けと言って聞かせてくれるが、動揺を隠せない。そういえば防衛任務どうするんだろうとは思っていたが、風間隊に入る前のようにどこかのチームと合同でやるのか。またあんなこわい日々を過ごすことになるとは。そして恐れていた二宮隊とついに合同になってしまった。失礼だが、二宮さんこわいし何気に犬飼先輩もどちらかというと苦手なタイプなので一緒にならなくてよかったなんて思っていたのに。

「そういうことで、迎えにきたってわけ。一緒にボーダーまで行こうよ、瑠花ちゃん」

ひいいいいそんな、私いつか後ろで盛り上がっている女子に刺される!と震えつつ、断るなんてことはできないのでこくこくと頷いた。


「そんではお待ちかねのー、瑠花ちゃん登場でーす!」
「ここここんにちは、狙撃手の蒼井瑠花です…今日は、よ、よろしくお願いしますっ」

犬飼先輩の謎のテンションとともに二宮隊作戦室に入る。お待ちかねってなんですか、あいさつしづらいのでやめてもらえませんか!!と内心泣きべそをかきながら思い切って名乗ると、しーんと一瞬間があって変な汗がでてきた。するとソファで足を組んでいる二宮さんが言った。

「…よろしく頼む、隊長の二宮だ」
「オペレーターの氷見です、今日はよろしくね」
「…………」

よろしくと言いながら全く表情の変わらない二宮さんはやはりこわい。オペレーターの氷見先輩はクールビューティーな感じで素敵だ。あと一人、攻撃手の辻先輩はというと、さっきから私を睨むように見ていてなにも言ってこない。え、しょっぱなから私嫌われている感じでしょうか…!?おろおろしながら会釈をしてみると、辻先輩は離れた距離からさらに一歩遠ざかって、ようやく口を開いた。

「…辻です、よ、よろしく」
「…こ、こちらこそ…よろしくお願いします……」

んん?ちょっと親近感を持った。もしかして辻先輩も私と同じコミュ障か…!?と仲間意識が芽生えたとき、犬飼先輩がフォローに入った。

「ごめんね〜、辻ちゃんは女子と話すの苦手でさ〜。ヘタレだけど気にしないで仲良くしてやって!」
「犬飼先輩ヘタレは余計です」
「あはは、ごめんごめん」

犬飼先輩の言葉にずばっとツッコミをいれるあたり、女子に対してだけらしい。私よりはるかにマシですよ安心してください。そう声をかけたいがそんな勇気はまだないので、頷くだけにとどまった。

「いやー、瑠花ちゃんと防衛任務するの楽しみにしてたんだよね〜!ですよね、二宮さん!」
「別に普通だ。お前だけ妙にはしゃいでるだけだろうが」
「またまたぁ。あの当真の弟子か、とか言って期待してたじゃないですか!」
「…まあ、噂になるくらいだから期待もする」
「あー、それプレッシャーですって。それにしても、狙撃手いれてやるの久しぶりだなー」

二宮さんの視線がこわいです!!期待されてもただの狙撃手です!!と青ざめていると、犬飼先輩が言った久しぶりに、という言葉にひっかかり、首をかしげる。

「ええと、…以前にも狙撃手の方がいたんですか?」
「そうそう。今はもういないけどねー」

にっこり笑顔でそう言われるが、どこか感情がこもっていないように聞こえて、触れてはいけないことだったかもしれないといまさらながら悟る。何も言わないほかの方々の雰囲気もこわい。そうなんですか、とか細い声で相槌を打ってから、バッグワームを発動した。変なことを考えず、私はいつもどおり、援護すればいいだけだ。



二宮隊との防衛任務は、一言で言うと、やりやすかった。とても、やりやすかったのだ。氷見先輩に指示された狙撃ポイントにつくと、ちょうど射線が通るいいタイミングで狙撃の隙を作ってくれて、ここぞというタイミングを逃さず撃つことができた。援護もそれなりにうまくいったし、まるでずっと前から一緒に練習してきたかのような仕事ぶりだった。もちろん二宮さんをはじめ、先輩たちのすばらしい技術あってこそだが。

「いやー、すっごくよかったね!!お疲れ、瑠花ちゃん」
「お疲れさまでした、犬飼先輩…!あの、すごく…やりやすかった、です!」
「そうだね、俺も驚いた。まあ、狙撃手いたからさ、ウチのチームは」

でも鳩原の狙撃と同じくらいドンピシャで、違和感なかったよ、と笑って私の頭をなでてくれた。以前までこのチームにいた狙撃手は、はとはら先輩というのだろう。聞いたことのない先輩だが、二宮隊に所属していたくらいなら、相当実力がある狙撃手のはずだ。その先輩は二宮隊をやめて、今はどうしているのだろう。少し気になってきたとき、二宮さんがトリガーを解除しながら私に言った。

「…いい腕をしている」
「!あ…ありがとうございます!」

たぶん最上級の誉め言葉をもらって、勢いよく頭を下げた。二宮さんに褒められたなんて、私やるじゃないか。当真師匠や風間隊のみんなが帰ってきたら自慢することが一つできた、とうれしくなるのだった。



はばたく蝶々の翅は蒼


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