ついに皆さんが旅立ってしまった。名残惜しいがちゃんと笑顔でお見送りした自分をほめたい。すでにさみしくなっているのに、二週間も耐えられるのだろうか。
考えてみれば、ボーダーに入ってもうずいぶん経つが、風間隊に入るまでは当真師匠にべったりで、風間隊に入ってからは作戦室にこもりっきりで。いつも誰かがそばにいてくれたから、こうしてひとりぼっちになるのはずいぶん久しぶりのように感じる。今では一人がさみしいと思うようになってしまった。ボーダーに入る前まではずっと一人でもさみしいなんて思わなかったのに。
とぼとぼと狙撃手訓練室に向かう。イーグレットを手にブースへ入ろうとすると、今来たところの奈良坂先輩と目が合った。小さく会釈をすると、先輩は隣のブースへ入ろうとこちらへ向かってきた。

「こ、こんにちは……。奈良坂先輩」
「元気がないな。どうした?」
「あ…遠征に皆さん行ってしまわれたので…早くもさみしくなってしまって。それに、遠征って危険ですよね…心配です」

奈良坂先輩なら笑わないで聞いてくれるはずだ、と思って喋ってしまった。奈良坂先輩は静かに相槌をうつ。

「あの人たちのことなら、心配はいらないさ。皆ボーダーのトップだし、なによりトリオン体だからな」
「…そう、なんですが」
「それから…さみしいなら、俺でよければ話し相手くらいにはなるぞ」

にこりとしてそう言ってくれて、その優しさに心がじーんとした。お礼を言おうとした私を遮って、奈良坂先輩が付け加えた。

「俺だけじゃない。あいつも普段からお前と話がしたくてたまらないみたいだからな」
「……あいつ…?」
「日浦、来たいなら来い」

奈良坂先輩は私の背後に視線をやって手招きした。振り向くと、イーグレットを抱えた日浦茜ちゃんがそろそろと近づいてきていたところだった。私と目が合うと、驚いた表情でひゃあっと小さく叫んだ。

「しっ、師匠〜!いきなり話を振らないでくださいよう!」
「話に入れて欲しかったんだろう」
「そっ、そうですけどー!」

むきーっと怒る素振りを見せる日浦茜ちゃん。か、かわいい。これが女子のテンションか、なんて興味深くじっと見ていると、私に向き直った日浦茜ちゃんがにっこり笑った。

「あのっ、蒼井先輩。お隣いいですか!?」
「!?どど、どうぞ…!」
「ありがとうございます!あの、私のことは茜でいいですから!」
「ええっ。じゃ、じゃあ、茜ちゃん、で…いいかな…?」
「はいっ!ありがとうございます!」

嬉しそうにブースに入る茜ちゃん。私はというと、先ほどの会話に一人で感動していた。ちょっと友達っぽい会話じゃなかったですか!?友達なんておこがましいけどちょっと、いやかなり嬉しい。にやける口元を精一杯引き締めつつ前を向いていると、茜ちゃんが隣から顔をのぞかせた。

「ほんとはずっと話しかけたかったんですけど、ずっと当真先輩と一緒だから、タイミング見失っちゃってたんです。だから、今日こそはって思ってたんです!」
「そ、そうなんだ…ええと、なんかごめんね…。でも、その…いつでも話しかけてくれて、いいのでっ」
「はい!じゃあ、そうします!」

わあああ笑顔が眩しい!かわいい!癒される!目を覆いたい衝動に駆られながらも必死に口を動かす。か、会話、会話。何話せばいいんだっけ。パニックになりかける私を見かねたのかどうか、奈良坂先輩が口を開いた。

「日浦は俺の弟子なんだ。そそっかしいところはあるが、優秀な弟子だよ」
「えっ!今優秀な弟子って言いました!?やったー褒められた!」
「調子に乗るな。蒼井を見習って謙虚さを持て」
「えー、だって優秀だなんて初めて言われたんですもん!」
「……な、仲がとっても良いんですね…素敵です」

奈良坂先輩の言葉に手を挙げて喜ぶ茜ちゃん。一挙一動がかわいい。私を挟んで繰り広げられる師弟の会話に、仲の良さがうかがえてほほえましくなる。すると、茜ちゃんがえへへと笑って言った。

「でも、蒼井先輩と当真先輩にはかないませんよ。いつ見ても仲良しだし、すごく…こう、きょうだいみたいな!」
「きょきょきょきょうだい!?」

デジャヴを感じると思ったら、そういえば以前太刀川さんにも同じようなことを言われたことがあった。そんなにべたべたしてるかなあ、と思い出してみて恥ずかしくなる。

「これからは私とも仲良くしてくださいねっ、蒼井先輩」
「ここ、こちらこそ…!私でよければ!」

満面の笑みでそう言われ、感動しながら何度も頷いた。奈良坂先輩がイーグレットを構え始めたのにならって、私と茜ちゃんもそれで会話をいったん終了する。ようし、今日はいつもより頑張れる気がする。やってやるぞと意気込んだ。




「蒼井先輩っ!」
「ひゃいっ!?」

狙撃中にいきなり声をかけられて悲鳴に似た声が出た。振り向くと、茜ちゃんが小さく噴き出して笑っている。ひいい恥ずかしい。

「ど、どうしたの…びっくりした」
「すいません、そんなに驚かせちゃうと思ってなくて!あの、そろそろ休憩にしませんか?ジュース買いに行くので、先輩もどうですか?」
「本当?い、行きたい…!」
「じゃあ行きましょ!」

そんなわけで、中庭の自販機に一緒に向かうことになった。道中、茜ちゃんが那須隊についてたくさん話してくれた。女だけのチームで、先輩は美人で優しい先輩ばかりだとか、中でも隊長の那須さんはボーダー屈指の実力を誇る射手であることとか。終始楽しそうに嬉しそうに話してくれて、聞いているこっちも自然と笑顔になれた。チームが大好きなんだということが十分すぎるほど伝わってきて、微笑ましい。
自販機にたどり着くと、私はいつものリンゴジュースを、茜ちゃんは新商品だという炭酸ジュースを買ってベンチに座る。こんな風に友達とおしゃべりするのが小さな夢だったので、感動しつつリンゴジュースを飲む。いつもよりもおいしく感じる気がする。

「先輩って聞き上手ですね!なんでも話しちゃえそう」
「…茜ちゃんのお話がおもしろいからだよ。聞いててとっても楽しいよ」
「えへへ、そうですか?嬉しいです。…今度は、蒼井先輩のお話も聞きたいです!」
「えっ。そ、そう言われても…話すことなんて…」
「風間隊、どうですか!?楽しいですか?」

いきなり話を振られてしどろもどろになりつつも、風間隊の皆さんを思い浮かべると自然と話したいことが浮かんでくる。楽しいよと頷いてから、何から話そうかと迷っていると、茜ちゃんはにやっと笑って私の顔を覗き込んだ。

「ずっと聞きたかったんですけど、先輩、菊地原先輩と付き合ってるんですかっ!?」
「……えええっ!!?」

付き合って!?なんか!いませんよ!!!と、必死に首を振った。とっさに敬語が出てきてしまったが気にしている場合じゃない。リンゴジュースがこぼれそうなくらい全身で否定したが、茜ちゃんは、ええ〜〜?と楽しそうににやにやしている。まだ信じてなさそうだ。

「なん、なんでそんな風に思ったの!?」
「えー、だってボーダーに入ったのも菊地原先輩の誘いなんですよね?それに入ったチームも風間隊だし。あやしいな〜と思ってたんですけど、違うんですか?」
「あやしいなって…!確かに誘ってくれたのは菊地原くんだし、たくさんお世話になってるし、感謝してるけど、そんな、つつつつ付き合ってなんかないよ!!」
「慌てすぎですよぅ。じゃあ、蒼井先輩は菊地原先輩のこと好きなんですか?」
「ええええええ」

この手の話は全く慣れていない。これがいわゆるガールズトークか。いつかキャッキャウフフと恋の話で盛り上がってみたいだなんて思わなかったわけではないが、理想と全然違うぞ…おかしい…。変な汗をかきつつうーんと考え込む。菊地原くんには本当に感謝しているし、菊地原くんがいなかったら今の私はない。これだけは完全に言える。それでもそれが恋なのかというと、わからないというのが本当のところだ。あれ、そもそも恋ってなんだっけ。パニックになってきた。

「茜ちゃん……」
「はいっ?なんですか?やっぱり、好きなんですか!?」
「す、好きって、何なのかな…」
「……そこからですか!」
「だって…!!」

けらけら笑う茜ちゃんに抗議の声をあげる。だってこの男性どころか人と接するのも一苦労なコミュ障が!恋愛について語れるなんてお思いか!!と内心完全に開き直っている。
好きっていうのは…と瞳を輝かせて説明しだす茜ちゃんと曖昧に頷く私はかなり温度差がある。茜ちゃんはいかにも女子という感じでかわいいなあなんて考えていると、じゃあ菊地原先輩の事どう思ってるんですか?とさらに掘り下げてくる。ひいいいい。

「ええと…菊地原くんは、優しい人だよ。言い方とか接し方はぶっきらぼうだけど、本当はちゃんと相手のことを考えてるの。…褒めてくれたり励ましてくれたりするし、合同訓練でいい成績を残したときにお祝いもらったことも、風邪ひいた次の日はおみまいもらったこともあるくらい…。とにかく、すごく優しいひとだと思う、よ」

自分でも驚くくらい言葉が次々出てきた。まだまだ、いいところはたくさんある。挙げだしたらきりがないくらいだ。私って自分で思っていたよりも菊地原くんのこと大好きなんだなあ、と再認識する。でも、それがラブなのかライクなのか、区別がつかない。当真師匠も大好きだし、冬島さんや風間さんや歌川くんも同じくらい好きだ。恋とはなかなか難しい。

「待ってください…それって本当にあの菊地原先輩ですか?」
「も、もちろんっ」
「……菊地原先輩ってそんな人でしたっけ…」

茜ちゃんはそんなふうに言って、意外そうにぽかんとしているが、菊地原君の優しさにまだ気づいていないだけなのだ。本当は、こんなにも素敵な人なのに、知らないなんてもったいない。もっとたくさんの人がそれに気付いてくれればいいのに、と思う。

「ところでやっぱりそれって、菊地原先輩のこと好きなんじゃないですかっ?」
「……それは、…わかんない…」
「…むぅ。そうですか。」

じゃあ今後気持ちの変化があったら教えてくださいね!と手をがっしり掴まれた。完全に楽しんでらっしゃる。とりあえず頷くと、茜ちゃんは満足そうにジュースを飲みほした。それから、またこうやってジュースを飲みつつおしゃべりしようという約束を交わした。茜ちゃんともっといろんな話をしてみたい。今度は茜ちゃんの恋愛の話も聞きたいし、学校生活のことでも、なんでも。当真師匠が帰ってきたら、茜ちゃんとうんと仲良くなった私に驚くかもしれないなと想像してくすりと笑った。
二週間、遠征の皆さんはいないけど、ボーダーはいつだって私に居場所を与えてくれる。こんな私でもここにいていいんだと、いつだって思わせてくれるのだ。



寂しさはお砂糖と一緒に煮込んでしまおう


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