遠征の日まであと少しになってきた。一日一日近づくたび、私は見送る立場なのに緊張感が募っていた。二週間、短いようで長い長い時間だ。皆さん怪我とかしないだろうか、異世界で事故にあったりしないだろうか。考え出したらきりがない。いつか胃に穴が空きそうだ。私、遠征出発の日が来る前にまた倒れるかもしれない。まあもう一度断わっておくと、私は遠征には行かないのだが。

待つだけの私にも、皆さんのために何かできることはないだろうか。そう考えて、良いことを思いついた。お菓子を作ろう、と考えたのだ。菊地原くんにいつものお礼に作ろうとは思っていたが、せっかくだから、菊地原くんだけじゃなくて遠征チームの皆さんに何か作って渡そう。お守りというほどではないが、ちょっとでも頑張ろうと思ってもらえたらいい。

来たる遠征前日、そわそわして気が気ではない。とりあえず作ってきたお菓子を渡そう。今回作ったのは、甘さ控えめのマドレーヌ。とりあえず太刀川隊にお届けに行こう、と思っていると、食堂で太刀川さんと出水先輩が昼食を食べているのを見つけた。声をかけるのをためらっていると、太刀川さんと目があって手を振られる。

「よう、瑠花。昼飯食べにきたのか?」
「あ、えっと…違います。お二人に渡したいものがありまして…」
「ん?俺たちに?」
「はい。明日から遠征ですよね…、だから、その……頑張ってください、とお伝えしたくて…これ、どうぞ…」

紙袋から可愛くラッピングした二つの袋を渡す。二人はおおおっと歓声をあげ、嬉しそうに受け取ってくれた。

「うまそう!!手作り?やった!」
「すげーな!くれんの?返さねーよ?」
「はい…どうぞ。これ、国近先輩にも渡してください」
「おう、任せろ」
「……あの、余計なお世話だと思いますが、出来るだけ怪我とかせずに…無事に、帰ってきてください……」

そうおずおずと言うと、太刀川さんと出水先輩は不敵に笑った。

「了解了解。手作りお菓子までもらっちゃ、かすり傷も作れねえなあ。だろ、出水」
「そっすね!まあそんなに心配すんなって、瑠花。俺たちはA級一位太刀川隊だぜ?ヨユーだっての、遠征なんか」

心強い言葉を受けて、ホッと安心する。そうだ、この人たちが負けるわけない。きっと大丈夫だ。
ぺこぺこしながらその場を去り、冬島隊作戦室へ向かう。そういえば冬島隊のオペレーターさんにはまだ会ったことがないのだが、オペレーターさんの分まで作っている。当真師匠に渡してもらおう。自動ドアを開け、緊張しながら中へ入る。

「こ、こんにちは…」
「お?瑠花じゃん」
「どうした、本読みにきたのか?」

冬島さんがパソコンと向かい合っている一方、当真師匠がソファでくつろいでいる。冬島さんはいつもパソコンと戦っている気がするのだが、大丈夫だろうか。最後の調整があるのかな。

「その……明日からの遠征、頑張ってください。これ、作ったので…食べてください」
「うおっ、マジか!サンキューな、瑠花」
「おお〜!さすが瑠花ちゃんだな。大事に食べるわ、ありがとな」

喜んでくれている。よかった。ホッとしていると、当真師匠が言った。

「そういや、俺たちはいなくてもお前は入っていいからな。本読むだろ?」
「あ、……ありがとうございます」
「おう。いいってことよ」

私が諏訪さんたちから借りている本はここで読んでいたので、自由に出入り出来るのは嬉しい。が、今度からここに読みにきても、パソコンと戦う冬島さんはいないし、ソファでのんびりする当真師匠もいない。お二人がいるここで読書をするのが楽しみだっただけに、ちょっと、いやかなりさみしい。

「……あの、…お二人とも、早く帰ってきてください、ね」

こんなことを言ったところでワガママにしかならないが、つい口をついて出てしまった。私がこう言ったところで、計画が早まるわけでもないのに。困らせるだけだ。なんでもないです、とすぐさま撤回しようとすると、当真師匠は嬉しそうに笑った。

「おー、もちろんよ。師匠がいないと弟子が悲しむからなあ」
「相変わらずかわいいこと言ってくれるねえ」

冬島さんも笑って答えてくれた。二週間なんてすぐだぞ、と二人は言うが、私にとっては長い長い二週間になりそうだ。


風間隊の作戦室に向かう途中、菊地原くんがジュースの缶を持って歩いて来ているのを見つけた。

「あ、菊地原くん…」
「あ。…今から作戦室?」
「う、うん」
「僕も」

短く会話を交わして、二人並んでゆっくりと作戦室へ向かう。言いたいことはたくさんあるのだが、思うように口から出てこない。明日から遠征だね、頑張ってね。マドレーヌ作ったから、受け取ってください。それだけ、太刀川さんたちに言ったように言えばいいだけなのに、なぜか言い淀んでしまう。ちら、と隣を見ると、ジュースをちびちびと飲みつつ歩く菊地原くんが目に入る。

「…何、飲んでるの?」
「……リンゴジュース」
「わ、私もそれ良く飲むよ」
「ふーん」

会話終了。あああ、いつも何を話してたっけ!それより、マドレーヌ渡さなくちゃ。作戦室に入った後でもいいかな。と混乱してきたとき、菊地原くんがいきなり立ち止まった。どうしたのだろう。

「菊地原くん…?」
「……明日から僕、遠征なんだけど」
「し、知ってるよ。頑張ってね…!」
「…めんどくさいけど、まあ出来るだけ頑張るからさ。帰ってきたら、ねぎらってよ」
「……ええと、具体的にどうすれば……」
「お菓子作るのうまいんでしょ?何でもいいから、お菓子、作ったやつ。ちょーだい」

しばらくぽかんと菊地原くんを見つめる。菊地原くんはいたって真面目そうな顔で、私を見ている。ええと、つまり…菊地原くんが遠征から帰ってきたら、手作りお菓子をあげたらいいのか。…マドレーヌ、すでにあるけど。いいタイミングだし今渡してしまおう、とラッピング袋を取り出す。

「えっと、……これ、作ってきたの、渡そうと思ってたんだけど…」
「え?…何これ」
「マドレーヌ。もしかして…き、嫌いだった?」
「そうじゃなくて。何で…」
「遠征頑張ってください、の気持ち…。遠征に行く皆さんに配ってるの…」
「…ふーん。じゃあもらっとくけど、…帰ってきたら、これとは別に、ちょーだいよ。……僕だけのやつ」

どうせ暇でしょ?と一言付け加えて、菊地原くんはまた歩き出した。取り残されかけた私は慌てて追いかける。

「わ、わかった、お菓子作って待ってるね…!」
「まともなの作ってよね」
「が、頑張る。リクエストとかある…?」
「…特にない。甘いのは、別に嫌いじゃないから、何でもいい」
「…わ、わかった…」

何を作ろう。風間さん達にもあげよう、と考えて、ふと気づいた。菊地原くんはさっき、僕だけのやつ、と言った。今回は風間さん達にはあげちゃだめなのか。菊地原くんにあげるためだけに、お菓子を作るのか。そう考えると、緊張してきた。本当に何作ればいいんだろう。そう思っている間に、作戦室に着いた。自動ドアを開く前に菊地原くんは私に振り向いた。

「さっきのことは誰にも言わないでよね」
「えっ。わ、わかった…」

絶対だからね、と念押しして、私が頷いたのを確認すると自動ドアを開いた。なぜそこまで知られたくないのかは分からないが、そう言われたからには誰にも言わないでおこう。

明日の早朝に皆は旅立つ。今日の夜、私は眠れるだろうか。


待つ者の賛美歌


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