先輩たちのお見舞いのかいもあって、次の日には完全復活した。元気に学校に登校すると、クラスに入った直後席に座っていた朝から不機嫌そうな菊地原くんと目があった。ひいっ怒ってらっしゃる…!?謝らなくちゃ。

「蒼井」
「あっ、きき菊地原くん…お…おはよう」

そろそろと歩いて自分の席まで行くと、菊地原くんも席を立ち、私の前の席に座った。歌川くんは、と思って探したが、歌川くんはまだ来ていなかった。まだホームルームより随分早い時間だから来ている人はまばらなのだ。

「もう大丈夫そうだね」
「う、うん。……お騒がせしてごめんね、それから…迷惑かけてごめんなさい。自分の体調管理も出来てなくって…結局、昨日の防衛任務出れなくて迷惑かけてしまって…」
「本当だよ。自分だけの問題じゃないのわかってんの?」
「う、ん……本当に、ごめんなさい…反省してます……」

ズバッと言われて縮こまる。しかし正論だ。返す言葉もない。

「…自分だけの問題じゃないって意味、ちゃんと分かってる?」
「…え?チームに迷惑かけるような行動はするなって…こと…だよね」

菊地原くんはハアとため息を一つついた。何か間違っていたのだろうか。おろおろしていると、菊地原くんが口を開いた。

「…分かってなさそうだから教えてあげるよ。頼れってこと。一人で不安とか抱え込まなくても、チームなんだから、相談でもなんでもすればいいじゃん。勝手に一人で解決しようとすんなって言ってんの」
「………菊地原くん…」

ぶっきらぼうだが、菊地原くんが最大限に言葉を選んで教えてくれているのは伝わって来た。私は何も分かってなかったんだ。ずっと一人だったから、仲間なんていなかったから、知らなかった。
空っぽの私に何もかも教えてくれるのは、いつも菊地原くんだ。
しっかりと目を見て、ありがとう、と心を込めて言う。別に当たり前のことだし、と言う菊地原くん。そして、ふいっと目をそらして呟くように言った。

「…心配させないでよ」
「心配……してくれたの?」
「……別に僕じゃなくて風間さんをってことだし」
「そ、そうだよね、うん、放課後風間さんにも謝らなくちゃ…」

そうだ、風間さんにはちゃんと謝らなくちゃいけない。そして、今度からはちゃんと頼らせてください、と言うんだ。小さく決意する。

「……あと、これ」

ガサッとビニール袋を机に置かれた。袋の中を覗き込むと、いつかもらったものと同じブルーベリー味の飴だった。えっと、これはどういう……。

「また、たまたまあのコンビニ寄ったから。…お見舞い、じゃないか…復帰祝いってやつ?」

ぼそぼそと呟く声をしっかりと聞き取る。驚いたが嬉しくて、へにゃりとゆるむように微笑んだ。

「ありがとう…!…実は、前もらったやつ、無くなっちゃうのなんだかもったいなくてまだ食べてなくって…二袋目だよ」
「はあ?まだ食べてなかったの?効果あるかもしれないのに。それ食べなかったから倒れたのかもしれないじゃん」
「そ、そんなわけ……あるのかなあ……?」

そもそも飴って食べるためにあるんじゃん、とぶうぶう文句を言う菊地原くん。そんなに目に良い効果があるのかな、これ。そう言われたらそんな気がしてきた。これからはちゃんと食べよう。でもやっぱりもったいないから、一日一個くらいにしよう。

「ありがとう、菊地原くん」

あらためてお礼を言うと、菊地原くんはふいっと視線を逸らして言った。

「……次体調壊したら、食堂のエクレア一週間分おごりね」
「ええっ。わ、わかった……」

一週間エクレアは金銭的に避けたい。必死に頷いて、ビニール袋を握りしめた。




「ご迷惑とご心配、おかけしてすいませんでしたっ……!」

風間さんに勢いよく頭を下げる。顔をあげてくれ、と言われておそるおそる上げると、真剣な表情の風間さんと目が合う。

「他に言うことは?」
「…あの、私。全然分かってなかったです。チームっていうのが、何なのか。…これからは、一人で抱え込んだり、一人で解決しようとしたりしないで、ちゃんと頼ります」

また、迷惑かけるかもしれませんが、と消えそうな声で言う。すると、頭にポンと手が置かれた。風間さんは表情を緩めて私を見る。

「合格だ。わかれば、いい」
「……は、はい。菊地原くんが…教えてくれたんです」
「……菊地原が?」
「はい。私が抱えてる問題があったら、それは私だけの問題じゃなくて、チームで抱えるものだから、一人で解決しようとするなって。それがチームなんだって…教えてくれたんです」

私は間違ってました、と言い切った。心の中が整理されて、すっきりした気分だ。

「…なかなか良いことを言うじゃないか、菊地原の奴」
「は、はい!さすが菊地原くんです…!いつも助けてもらってるんです…菊地原くんには本当に感謝しています」

見てください、これも貰ったんですよ、とブルーベリー味の飴の袋を見せる。風間さんはふっと声を漏らして笑ってから、良かったじゃないか、と微笑ましげに言った。

「…じゃあ、いつもの礼に菊地原に何か作ってやったらどうだ。クッキング得意なんだろう」
「えっ!?」
「お前の手作りは美味しいと当真から聞いた。菊地原は甘いものは好きらしいからな、いいんじゃないか」

いきなり言われて驚いてしまった。お菓子作りは私の数少ない趣味の一つ。作ったお菓子の消費を当真師匠や冬島さんに手伝ってもらうことがしばしばある。しかし風間隊の皆さんどころか、菊地原くんにさえお菓子をあげたことはない。確かにいいアイデアかもしれない。

「か、考えてみます…!」
「ああ。喜ぶと思うぞ」

いいアイデアももらったし、今度はやる気がむくむくと湧いてきた。これからはもっとお役に立てるように頑張るぞ。テレポーターもマスターしてみせるし、連携もこなしてみせる、と意気込んで、風間さんに聞いてみた。

「あのっ、次の防衛任務って…いつですか?」
「……ああ、そうだ。それどころじゃなくて言ってなかったな。実は…来週から長期遠征、というやつがあってな。それの準備期間に入るから風間隊の防衛任務は今週はない」

ぴたりと動きを止める。初めて聞く内容だ。何のことかわからない。

「…え、遠征……?」
「ああ。精鋭部隊だけを集めて、近界に遠征するんだ。トリガー技術を手に入れたり情報を集めたりするためにな。それで…遠征申請時に風間隊にいなかった蒼井は連れて行けない。俺たちが不在の間、留守を頼む」

えっ。ええええ!?復活した途端そんなの、聞いてません!!しかしもう決定事項のようで、わかりましたとしか言えない。遠征の存在すら知らなかった。私が居残りだということは全く問題ないし、むしろ来いと言われてもこわすぎて無理だから居残りで良かったくらいなのだが、遠征というものがあるならもっと早く教えて欲しかった。とも思ったが、まあ確かに私は自分のことに必死でそれどころじゃなかったから仕方ない。とにかく、聞きたいことが山ほどある。

「その遠征、っていうのは……風間隊だけなんですか?どのくらいの期間いないんですか?危険なんですか…?」
「今回は、太刀川隊と冬島隊と、ウチの風間隊だ。期間は二週間程度。もう何度も行ってる遠征で、命の危険があるわけでも、大きいリスクが伴うわけでもない。しかし必ずしも安全というわけではないし、いつ何が起こるかわからないから、何が起こっても対応できるような隊員のみを遠征に採用しているんだ」
「…な、なるほど…。」

太刀川隊と冬島隊も。ということは、二週間の間、風間隊の皆さんはもちろん、当真師匠も冬島さんもいないし、太刀川さんや出水先輩もいないのだ。何それさみしすぎませんか。私二週間耐えられるのだろうか。
それに、何が起こるか分からないという言葉がとても恐ろしく感じた。近界、と言われてもピンと来ないが、この世界ではない世界へ行くのか。あの化け物が住まう世界、だと思う。皆なんて勇気があるんだろう。皆さん強いから心配いらないかもしれないけど、心配になってしまう。ひとつ問題が解決したのに、また新たな不安が湧いてきてしまった。


スパイラル・メランコリア


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