高校生になって初めて学校を休んだ。熱は下がったが頭痛と目眩がまだ少しあったので、ボーダーもお休みしなくちゃねと母に言われて泣きそうになった。今日はまた防衛任務が入っていたのだ。自分の体調管理を怠って皆さんの目の前で倒れるなんて大失態を犯し、そのうえ防衛任務を休んでしまうなんて。さすがに少し落ち込んでいた。すぐにでも謝りたいと思う反面、風間隊の皆さんに会いたくないなあ、と思ってしまう。次にボーダーに行く時が少し憂鬱だ。
大人しく寝て1日を過ごしていたが、夕方、チャイムが鳴って目が覚めた。お客さんだろうか。母が玄関に向かう音が聞こえ、気にせず寝ようとまた目を閉じかけた時。

「こんにちは、俺たちボーダー隊員です。瑠花さんのお見舞いに来ました」
「あら、お見舞い…!?ありがとう、あの子も喜びます。瑠花、ボーダーの隊員さんがお見舞いに来てくれたわよ〜」

カッと開眼した。今の声は当真師匠の声!!えええっ当真師匠が私のお見舞いに!!?動揺しすぎて固まっていると、母があらあらたくさん来てくれてるのね、狭いと思うけど入って、なんて言って家の中へ招いた声が聞こえた。たくさんとはどういうことなのだろう。一人ではないのか。それよりも家に知り合いが来るなんて何年ぶりだろうか。母のテンションがいつになく高いのが伝わってくる。余計なことを言わないといいのだが。
とりあえず起き上がる。頭痛は薬のおかげもあってだいぶおさまっているし、目眩もだいぶ良さそうだ。ボサボサの髪の毛を手櫛で整え、姿見をちらっと見て自分の姿に目を覆いたくなった。あああみっともないスウェット姿だ。恥ずかしすぎる。マシな格好に着替えようかとも思ったが、待たせるわけにもいかないし。仕方なくこのままおそるおそるリビングへ向かう。
リビングに入る前に目を凝らして中を視てみると、当真師匠だけでなく、なんと同期の方々総勢7人の先輩たちが揃いも揃って来ていた。ギャァァァ!なんだこれ!なんでこんな、私のお見舞いなんかに18歳オールスターが!!

「何やってるの、早く来なさい」
「うぇっ、あ、うん…」

固まっていると、母にドアを開けられて入ってしまった。ひいいい!やっぱりオールスターは威圧感半端ないですこわい!!!母はそのまま買い物に行ってくると言って去ってしまう。あああお母さーん!!一人にしないでー!!心の叫びも虚しく、7人の先輩がくつろぐリビングに放置されてしまい、すみっこにちょこんと座った。あれっここ私の家ですよね…何このアウェー感…。

「瑠花、生きてたかー?倒れたんだって?」

当真師匠がまず話しかけて来た。視線を一身に受けて縮こまりつつも、返事を返す。

「あっ、は、はい…でも、大丈夫です、もう明日には復活出来そうですし…」
「そーかそーか。倒れたって聞いた時はビビったけど…ま、良かったよ、元気そうで。心配したんだからな、ったくよー」
「すいません……」

ちょいちょい、と手招きされる。手の構えからして、久しぶりに撫でてくれるのかと思っていそいそと近寄る。しかし、私の前髪ごとおでこに衝撃を受けた。ぎゃっ、と小さく悲鳴をあげておでこを抑える。痛い。いわゆるデコピンをされたのだとやっと気づいた。人生初デコピンだった。

「これに懲りて、今後無理な練習はすんじゃねーぞ。練習すればイイってもんじゃねーの。分かったかバカ弟子」

当真師匠に初めて叱られた。しばらくポカンとしていたが、何度も首を縦に振り、はい、と返事をする。涙声になってしまった。当真師匠はずっと心配してくれていたんだ。私は自分のことしか考えていなかった、いや、自分のことも分かっていなかった。反省しかない。分かったならいーよ、と今度こそ撫でてくれて、涙がほろりと流れた。

「当真が思いの外師匠しててビビってる」
「お前本当に蒼井の師匠だったんだな」

犬飼先輩と荒船先輩がそう言って、当真師匠は失礼だなてめーら、と返す。涙を拭いつつ、少し笑ってしまった。それより、お礼を言わなければ。

「あ、その…お見舞い、本当にありがとうございます。皆さんお揃いで、家まで来てくださるなんて……嬉しいです」
「立案者、立案者俺ね!いやー、瑠花ちゃんが倒れたって聞いて本当驚いたよ」
「えっ、あ、ありがとうございます犬飼先輩…!本当に、お騒がせしました……」
「いーのいーの。ゾエ、よろしく」
「ほいほい。これ、お見舞いの品だよ〜たいしたものじゃないけど」

北添先輩がガサッとビニール袋を差し出して来た。お、大きい…。ありがとうございます、と言いつつ受け取ると、中を見てみて、とニコニコして言われてその通りにする。いくつもお菓子やらジュースやらが入っている。一人では食べきれない量だ。それから、小さな封筒を見つけた。何だろう。

「これは…?」
「おっ。よくぞ聞いてくれました!」
「それは、お好み焼き屋のクーポン券が入ってる。カゲの家がお好み焼き屋なんだ」
「えっ!そ、そうなんですか…!」
「……まあな」

北添先輩が嬉しそうに言った隣で、村上先輩が説明してくれる。驚いて影浦先輩を見つめると、頭をかきつつそっけなくも答えてくれる影浦先輩。すごい、家がお好み焼き屋さんだなんて。素敵だ、と思いながら見つめていると、こっちをぎろりと睨むように見た先輩と目が合う。ひえっ、怖い。

「…やめろ。くすぐったい」
「へっ?」
「そういう”感情”、…慣れてねーんだよ」

言いにくそうにしながらも言う影浦先輩だが、私は首をかしげるばかりだ。何の話かわからないのだが、感情…とは。説明を求めるように他の先輩の顔を見ると、北添先輩がくすくす笑った。

「カゲは感情受信体質っていうサイドエフェクトを持ってるんだ。感情が文字通り伝わってくるってやつ。瑠花ちゃんがカゲに向けてる感情が”くすぐったい”んだろうねえ」
「サイドエフェクト…そうなんですか。」
「ちなみに鋼は強化睡眠記憶っていうサイドエフェクトだよー、寝たら何でも覚えちゃうんだよね」
「ああ。…サイドエフェクト仲間、だな」
「!は、はい」

サイドエフェクトって珍しいものだと思っていたが、菊地原くんと私の他にもサイドエフェクトを持っている人がいたんだ。私だけ他の人と違う、なんて思っていた気持ちが少し軽くなった気がした。

「そんでそのお好み焼き屋だけど、俺たちが連れて行ってやろうか」
「ほ、本当ですか、当真師匠…!ぜっ、ぜひ!連れて行ってください…!!」
「そう言うと思ってたぜ。もちろんいいぜ〜」
「カゲんちのお好み焼きはうまいぞ」
「た、楽しみです…!!」

荒船先輩のお墨付きならさぞかし美味しいのだろう。私も親も、外食はあまりしないタイプなので、お好み焼き屋さんに行くことなんかほとんどない。もしかしたら初めてかもしれない。楽しみすぎる。早く行きたいなあ。

「…帰るか?お見舞いも渡したことだし。あまり良くない気がするしな、長居すんのも」

穂刈先輩の一言に、えっ!と反射的に声を発してしまった。まだ来たばかりなのに、とちょっとさみしくなってしまう。そして良いことを思いついた。

「あのっ、わ、私一人じゃこんなにお菓子とかジュース食べられないので……一緒に食べて行ってくれませんか…?」

そう言うと、顔を見合わせる先輩たち。そして笑って私の顔を見た。

「じゃあもう少しお世話になるか、蒼井が良いなら」
「蒼井へのお見舞いなのに、悪いな」
「まあ、確かに蒼井一人の量じゃねえよな」
「ゾエさんが手伝ってあげるよ!」
「ゾエてめえ、蒼井が言い出すの待ってたろ」
「そーんなことないよ〜」

そう口々に言うなり、次から次にお菓子の袋を開けて行く。スナック菓子、チョコ菓子、クッキーなどをテーブルいっぱいに広げる。お菓子パーティーみたいだ。山のようにあったお菓子も、食べ盛りの先輩たちにかかればあっというまに食べ尽くしてしまった。こんなに賑やかなのはあまり慣れないが、すごく楽しい。いつのまにか、沈んでいた気分はすっかり晴れていた。このお礼に、今度は何かお菓子を作って配ろうと小さく心に決めたのだった。


涙なんてとうに乾いた


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