当真師匠のレクチャーの結果、テレポーターは運動音痴の私にぴったりの応急処置となった。しかしテレポーターは試作トリガー、使用者は限られており使用法も発展途上だというトリガーだったのだが、風間さんがA級三位の権力を使ってほぼ無理矢理トリガーを使わせてくれた。いいのだろうか…。
とりあえずこれで、撃って居場所がバレても、限られた距離ではあるがテレポーターですぐにその場をいったん離れることで、逃げきる可能性は格段に高くなった。トリオン量の関係もありそんなに長い距離は移動出来ないが、私は動き始めの鈍臭さに問題があったので、初動さえ素早くできれば、あとはバッグワームで逃げ切ればいいだけだったのだ。
風間さんはテレポーターの案をすんなり受け入れてくれて、機動力の問題はどうにか解決しそうだった。嵐山さんと当真師匠に感謝だ。ホッとして家に帰る道中、とても体が重い。ああ、早く寝たい。今日もへとへとだ。



次の日も当たり前に学校の後のボーダーだ。溜まった疲れはなかなか取れていない。昨日は記録を見ることもなく早めに寝たんだけどなあ。食欲もあまりわかない。昼休み、お弁当を食べていたが半分以上を残して蓋を閉める。うう、ごめんなさい。

「蒼井、今日のこと分かってる?」

突然声をかけられてビクッと肩が跳ねる。振り向くと菊地原くんが近くに来ていた。

「そこまで驚かなくてもいいじゃん」
「び、びっくりして…えと、今日のことって…?」
「2時から防衛任務。早退しなくちゃいけないから」
「あっ、そっか…!忘れてた、ありがとう……!」
「ちょっと、しっかりしてよ」

うん、と答えつつ、本当にそうだと思った。しっかりしなくては。忘れてたでは済まない事だ。小さく頬を叩くと、菊地原くんが口を開いた。

「…今日はテレポーター実践?」
「うん、やってみる…!」
「ヘマしないでよね、フォローするのは僕たちなんだから」
「は、はい………」

テレポーターを実践で使うのは初めてだ。練習は一応積んである。練習の成果を発揮する時だ。頑張らなくては。




防衛任務終了。初めて実践で使ったにしては、テレポーターが上手く機能していたと思う。なんとか終えられてホッとしてトリガーオフしている私に風間さんが声をかけた。

「テレポーター使えてたじゃないか」
「あ、はい…なんとか…」
「…戦法まで当真に似てきたな」
「え?当真師匠に、ですか?」

予想外のことを言われ、きょとんとすると、無意識だったのかと少し驚かれた。

「当真は冬島さんのスイッチボックスでワープして移動するだろう。それを真似してテレポーターを使いたがっているのかと思っていた」
「そ、そんなつもりは……」
「まあ、当真は師匠だしな」

興味深そうにそう言われた。確かにそう言われると、使い方や目的は少々違うが私が当真師匠の戦法を真似したようにも見えるだろう。意図せず師弟で被ってしまって、嬉しいような恐れ多いような。でも私のはそんなに大したことないからなあ。
生身に戻るとまたどっと疲労感が押し寄せる。気のせいか頭も痛い。少し休んでから狙撃手訓練室に向かうことにする。

「瑠花ちゃん、顔色が良くない気がするけど…大丈夫?」
「はい……大丈夫です、ちょっと疲れちゃっただけです」

三上先輩が心配してくれる。返事をした直後立ち上がると、ぐらっと目眩がした。あ、ちょっとこれはおかしいぞ、と思ったときはもう遅かった。体を支えきれない。倒れる。
どさ、ごんっとほぼ同時に音を立てて私は倒れてしまった。驚く皆の声が聞こえていたが、頭を打った衝撃と頭痛で意識が遠くなり、そのまま意識を手放した。




ゆっくりと意識が浮上する。見たことのない天井が見えた。ここはどこだろう。体を起こそうとすると激しく頭痛がして呻き声をあげる。

「瑠花ちゃん!大丈夫!?」

すぐ近くから三上先輩の声が聞こえた。目だけ開けて視線をやると、ずいぶん焦った表情の三上先輩が私の顔を覗き込んでいた。

「………えと…ここは?」
「医務室よ、瑠花ちゃん倒れたのよ!熱があるって。このごろ頑張りすぎてたくらいだから疲れも溜まってたのよきっと…!」

心配したのよ、と本当に心配そうな表情で言われて、ぼーっとした頭だったが申し訳なく思った。

「すみません……ご迷惑…」
「気にしないで、謝らないで。私の方こそ、気遣ってあげられなくてごめんね。無理してほしくなかったのに…」

そんなことないです、三上先輩のせいじゃないし、自分の健康管理も出来なかった私の責任なんです。そう言いたかったが、うまく口が回らず、ああこれは相当きてたみたいだと他人事のように思った。

「とりあえず、すぐにお家に帰った方がいいわ。ご家族の方いらっしゃる?お電話できる?」
「……トリオン体で……かえりま、す」
「だめよ!無理しちゃだめ。お迎えに来てもらいましょう」

トリオン体にさえなればいいのに、と思ったが、よくよく考えればトリガーを本部を出てから使うのは許可されていないのだった。迎えを呼ぶしかない。スマートフォンで迎えをお願いした後、力尽きたように眠りに落ちた。






いきなり目の前で、蒼井が倒れた。一時騒然としたが、とりあえず医務室まで運んだところ、熱があったらしい。容体は気になるが、大ごとではないようだったし、俺たちがいたところで邪魔にしかならない。後のことは三上と医務室の担当者に任せて作戦室に戻って来たのだった。

「熱があったなんて…。トリオン体だから調子が悪いなんて気づきませんでした」

歌川が言い、確かにその通りだと思い頷いた。トリオン体では気づくものも気づかない。

「ずいぶん無理をしてたようだったからな…ハードな練習に加え、家でも記録を見てたんだろう」
「はい。疲れが溜まってたんでしょうね」
「蒼井はか弱そうに見えて、まあ実際か弱いが…弱音だけは吐かないからな」
「大丈夫ですの一点張りですよね。心配かけまいとしているのは分かりますけど…」

そう、どれだけハードでも、蒼井はやめますとは言わない。大丈夫です、と言って自分からやめようとしない。俺は無理して欲しいわけじゃなかった。確かに強くなってほしいし、そうでなくては困る。A級三位部隊に恥じない活躍をしてもらわなくては、入れた意味がない。それはそうなのだが、無理をしろと言っているのではなかったのだ。

「…真面目なのはいい。しかし頑張りすぎるのは良くない所だ。一人で抱え込むのも駄目だ。これではチームに迷惑をかけると分かっていない」
「………そうですね」
「しかし、蒼井はそういう奴だと分かっていた。蒼井を気にかけてやれなかった俺の責任でもある」

そう口に出して、俺もまだまだだなとため息を吐く。すると、それまで黙っていた菊地原が口を開いた。

「風間さんの責任なわけない。自分の体調管理も出来てなかった蒼井が悪いに決まってます。大体おかしいでしょ、なんで倒れるまで我慢してんの?なんで言わないの。……なんで頼ってくんないの」

チームなのに、と言う菊地原の声は怒りと悲しみを含んでいるように聞こえた。菊地原の言う通りだった。菊地原はバッグを掴んで、気分悪いので先に帰りますと言い残して去っていった。あんなに機嫌が悪い菊地原を見たのは初めてだった。

「……菊地原の奴。」
「…歌川も、今日は早く帰れ」
「風間さんは?」
「俺は……」

スマートフォンがチカッと光り、見ると三上から瑠花ちゃん無事お母さんのお迎えで帰りましたというメッセージが届いた。安心すると同時に、必死に努力していた蒼井の姿を思い出す。努力する姿勢は評価できる。しかし倒れるまで努力し続けるのは、褒められたことではない。体調管理は自己責任。それが出来てこそ、一人前の防衛隊員なのだ。しかし、それを俺たちがさせられていなかったのかもしれない。
蒼井にとって俺たちは、信頼に足る関係では無かったのか。俺たちの存在は、無理をさせるほど圧力をかけただ怯えさせるものだったのか。それより俺はもっと蒼井のために、隊長として何かしてやれることは無かったのか。
了解とメッセージを送ってから、歌川に言った。

「気晴らしに太刀川に喧嘩でも売ってくる」

もやもやした、この複雑な気持ちを晴らすにはランク戦が一番いい。今だけは無性に憂さ晴らししたい気分だった。


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