先日、私は晴れて風間隊の一員となった。なったのはいいが、一週間ほどですでに疲れ切っていた。

「オイオイ、ずいぶん元気ねーな、大丈夫か?瑠花ちゃんよ」

狙撃手訓練室のソファにイーグレットを抱えたまま体を沈めていると、背後から当真師匠が見下ろしてきた。ここ数日風間隊作戦室にこもりっきりだったため、久しぶりに会うような気がする。

「当真師匠〜〜……!」
「風間隊大変そうだなー」
「はいぃぃ…!!」

最初から、今までのボーダー人生で経験と知識を積んだ皆についていけると思っていたわけではなかったが、身体的にキツい。日々の私の狙撃訓練にくわえて、作戦室のトレーニングステージにこもって援護の練習に練習を重ねる。狙撃手込みでの連携プレーを練り直し、風間隊のランク戦の記録を見るのも欠かさない。
何よりキツイのは、トリオン体でない生身での体力トレーニングだ。生身での運動能力も必要な要素だと考える風間さんは、週末は朝から皆でジョギングをするのだ。運動神経が皆無だと言っていい私にとっては地獄である。狙撃手だから無理しなくてもいい、とは言われたが、私だけしないわけにもいかない。
そんな毎日を過ごすうち、自分の足りないところが目立ってきたり、疲労が溜まってきたりで苦労が絶えない。

「じゃあ、お疲れの瑠花に久しぶりにエクレアでも奢ってやるか。行こうぜ」
「!は、はい……!」

疲れすぎて狙撃訓練をやりたい気分でもなかったので、気分転換にもなるかもしれない。食堂へ向かう当真師匠について行った。

当真師匠は私にエクレアを一つ買って、自分用にカフェオレを買った。お言葉に甘えて奢ってもらう。とてもおいしい。疲れた体に甘さが染み渡るようで、噛み締めながら食べていたが、この際当真師匠にずっと悩んでいたことを相談することにした。

「あの、当真師匠。私、悩んでることがあって……」
「ん?どーした」
「あの…風間さんから言われたことなんですが、私は機動力がない、と……」
「…ははーん。察したわ」

当真師匠に苦笑されて、しゅんと肩を落とす。この頃の悩み。風間さんに、狙撃は当真仕込みの良い腕をしていると褒められたが、機動力のなさが目立つと言われてしまったのだ。私も感じていたことだった。狙撃をした後の隙が多いのだ。一番最初に模擬戦をしたときにもそうだった。撃って、居場所がバレて落とされる。一発限りの残念な狙撃手なのだ。これではいけない。

「ちゃんと撃ったら逃げてるか?」
「はい!でも…運動神経とか…皆無で…やっぱり、俊敏な動きが…得意じゃなくて…」
「俊敏な動きとか必要かァ?うーん、じゃあ…隠岐みたいにグラスホッパー使ってみるとか?」

グラスホッパー、という前にも聞いたことのある言葉に首をかしげる。そういや説明してなかったなと当真師匠が説明を始めてくれた。一言で言えば、ジャンプ台トリガー。隠岐先輩は、グラスホッパーを使いこなす狙撃手で、機動型狙撃手と呼ばれているらしい。確かにそれは便利そうだが…

「でもなあ。言っちゃなんだが…瑠花はグラスホッパー出来なさそうだな」
「わ、私もそう思います…」

ジャンプ台というからには、それなりの瞬発力を兼ね備えてないと駆使出来なさそうだ。私が使ったところで、変な風にジャンプしてしまってバランスを崩すのが目に見えている。もっと初心者向けの方法はないものか。

「じゃあ、弾トリガー何か使うか?ハウンドとかなら狙撃手でもやりやすいだろうけど」
「ハウンド……とは…射手のアレですよね…」
「そうそう。まあ使うなら一応誰かに習った方がいいだろうな」
「えっ!と、当真師匠は…!?」
「俺そういう系使わねーもん」

けろりと告げた当真師匠。ということはもう一人師匠を作るということだろうか。無理ですが!!!青ざめているのにもかかわらず、当真師匠は話を進める。

「んー、習うとしたら誰だァ?ハウンドねえ…二宮さんとか」
「にっにっ二宮さん!?ですか!?」
「贅沢すぎるか?」

二宮さんといえば、犬飼先輩のいるチームの隊長さん。二宮さんのアステロイドやハウンドは目を奪われるくらい鮮やかだ。しかし焼肉屋さんで見たときから第一印象はこわそうの一言で、時々遠くから見かけたら避けてしまっている。そんなお方の弟子なんて。

「そ、そもそも私射手のトリガーなんて使える気しません、と、トリオン多くないし…」
「あー、そうだな。トリオン量は考えてなかったぜ」

わかってもらえてよかった。なんとか二宮さんの弟子になるのは回避できたようだった。しかし振り出しに戻ってしまい、二人でうーんと考え込んでいると、そこへある人がやってきた。

「お!風間隊の隊服似合うじゃないか!」
「っひ!!」
「お、嵐山さん。こんちはー」

嵐山さんだった。びっくりしすぎて小さく叫んでしまった。いきなり有名人の爽やか挨拶は心臓に悪いのでやめてほしい。

「今日は何もないんすか?」
「さっき収録だったんだ。今終わって来たところだよ」
「あ、なるほど。お疲れ様っす」
「ありがとう。蒼井、この前の防衛任務以来だな。元気か?」
「は、はい……たぶん」

たぶんって何だ、と笑う嵐山さん。元気じゃないんですもん。エクレアを一口食べると、当真師匠がふと声を上げる。

「あ!嵐山隊といえば…テレポーター!」
「ん?テレポーターがどうかしたか?」
「嵐山さん!ナイスタイミング!そうだ、瑠花、テレポーターだ!」
「て…テレポーター?」
「嵐山さんのおかげでコイツの悩みが解決されそうです!」
「そうか?それはよかったな!」

にこにこと笑う嵐山さんはそこで時枝くんと落ち合って去っていった。私はといえば、当真師匠がなぜそんなに自慢げにテレポーターと言ったのか未だに分かっていない。

「テレポーターっつーのは、視線の先数十メートルだけ瞬時に移動できるトリガーだ。単発しか出来ないしそんなに長い距離じゃねーから、狙撃手で使ってる奴は見ねえけど…お前にはちょうどいいかもしれねーぞ」
「なるほど……?」
「よし、一回やってみようぜ。この後時間あるな?」
「はい!」

にっと笑った当真師匠。なんだかよくわからないが、活路が見えたようだ。やってみるしかない。


花冷えの夜半


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