ボーダー。
危ない「ネイバー」という怪物から、三門市民を守る仕事。
この町に越してきてそんなに年月経ってない私が知っている、ボーダーについての知識はそれくらいだ。でも、「ネイバー」は見たことは何度もある。授業中に教室から視えたこともあるし、越してきてすぐ警戒区域に入ってしまって襲われたことだってある。とても大きく、得体のしれない怪物だ。そのときはボーダーの隊員の方が颯爽と現れて、いとも簡単にやっつけてくれたのだ。あんまりあっさり倒すから、恐怖もなにもなくて、ただ、すごいなあ、この町は怖いところだと思ってたけど大丈夫だ、なんてことはないじゃないか。この人たちがやっつけてくれる。そう安心したことだけ覚えている。
で、そんなヒーロー育成所みたいなところへ、なぜ突然私が誘われているのか。

「……………えっと、今なんて…?」
「え?この距離で聞こえなかったの?」
「いや、き、聞こえたけど、ボーダー、って」
「聞こえてんじゃん」

聞こえてましたが、そうじゃなくて。しどろもどろになる私をじっと見て、心臓うるさすぎ、と菊地原くんがつぶやいた。

「心臓…?」
「あー…説明すんのめんどくさ。まあ仕方ないか…」

ぶつくさ言いながら、そして紙を拾い集めながら、菊地原くんは短く説明した。まず、サイドエフェクト、という秘めた能力が存在し、菊地原くんは強化聴覚というサイドエフェクトを持っていること。サイドエフェクトの所持者はボーダーで重宝されるということ。そして、最後に。私の"目が良い"は、そのサイドエフェクトであり、強化視力というのだということ。

「だから、ボーダーに入ればその視力を有効活用できるかもよって言ってんの」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。菊地原くんボーダーのひとだったの…!?」
「え、そこなの。それは知ってる前提で話してたんだけど」

正直頭が追いついてないが、とにかくまず、衝撃の新事実が発覚した。菊地原くんは、ヒーローの一員だったというのだ。私は拾い上げた紙束をもう一度落としてしまい、当の本人からため息をつかれてしまった。

「ちょっと。何してんのさ」
「ごごごごごめん…でも、菊地原くんボーダーの人だったのししししらなくて」
「どもりすぎ」
「ご、ごめん…」

クラスメイトとこんなにたくさん話すこともあまり、というかほとんどなかったので、話し方がわからない。いや、わかっても、どもる。なぜだ。私こんなにコミュニケーション力なかったっけ。なかったね。声がさっきからうわずっているのは自覚済みである。菊地原くん私と話してて嫌じゃないかな、とさえ思ったが、菊地原くんは話を続けた。

「それより。知らなかったの?じゃあ歌川のことも?」
「う、歌川遼くん……同じクラスの」
「そいつもボーダー。さらに僕のチームメイト」
「えっ!!?」

同じクラスに二人もヒーローがいた。ボーダーには学生が多いのだという。うちの学校にもほかにもいるのだとか。何も知らなかった。

「すごい、ねえ…学校もあるのに、大変でしょう?」
「別に。好きでやってるんだし」
「ほぇー…」
「ほぇーって何」
「えっっ」

ほぇーって何でしょうか!!私もわからない!なぜか口から出てきた!なんてまぬけな響き!途端に恥ずかしくなってごめんと謝りつつ紙束を必死に集める。別に謝らなくていいけど、と呆れた様子だ。こわい。ごめんなさい。

「…ところで、話戻すけど」

紙束を集め終え、やっと立ち上がった私に菊地原くんが言う。久しぶりのクラスメイトとの長い会話に体力が削られているのですが、まだ何かあるのでしょうか。

「ボーダー、入れば?」

ここでまた爆弾発言をされた。

「むむむむっ、無理だよ!私なんかが、ひ、ヒーローになんて!」
「は?ヒーロー?」
「だって、ボーダーって、ヒーロー養成所みたいなところだよね…!?」
「何それ。それだと、僕もヒーローってこと?」
「う、うん。街を守って、敵をやっつけて…すごいよ、すごく、かっこいい、よ」

しどろもどろになりながらも、そのすごさを表現する。菊地原くんは目を見開いてぽかんとしていたが、ふいっと顔をそむけた。

「……ふーん。大げさだと思うけど」
「大げさじゃないよ…!私も、ボーダーの人に助けてもらったことあるんだよ。だから、ほんとにすごいと思ってるの」
「え。誰に?どんな人だった?」

あのときのことを思い出す。印象的だったから、ちゃんと覚えている。ばっちり見た。どこからともなく現れて、ものの数秒で大きな怪物を倒し、そうしてゆっくり振り向いて、大丈夫かいお嬢さん。そう動けない私に声をかけてくれた、忘れられないヒーローだ。あまりの出来事に返事もできずに、うなずくことしかできなかったけれど。

「ええっと…サングラスを頭につけてた…男の人で、剣みたいなのを持ってて…青い服で、ロゴがボーダーって書いてあって、それで私、ボーダーのことを初めて知ったの」
「…迅さんかも。よりによってあの人か…。ロゴまでよく見えたね」
「っ、えっと…目だけは、いいから」

ぎくりとした。目のことを打ち明けるのは慣れていない。こわいし、緊張する。不気味って思われるのかな、とびくびくしていたが、菊地原くんは何でもないことのように話を続けた。

「僕のは耳がいいってだけ。うるさいしいらないことまで聞こえるし、何も良いことないって思ってたんだけど、ボーダーじゃ結構役に立つ」
「……そうなんだ」
「だから、キミも」
「わ!!私は無理!!!」

自分でもびっくりするくらい大声が出た。廊下に響いて、ここが廊下のど真ん中だということ、担任のもとへ課題を提出する途中だったことを思い出した。よかった、みんな帰ったあとの誰もいない放課後で。
それより、ボーダーに私が、なんて。あのでかい怪物をやっつける自分を想像しようとしてあきらめた。私にはそんなことできない。第一この目をどう有効活用するというのだ。無理だ。私が短い沈黙の間にそんなことを考えていると、菊地原くんは不服そうな声で言った。

「……無理じゃないかもしれないじゃん」
「無理だよ!人と話すのも苦手だし…見えるだけで何も出来ないもの!」
「訓練すれば出来るようになるって」
「運動神経なんか皆無なの!」
「僕だってインドア派だよ。でも、戦闘体はトリオン体っていう特別な体で」
「とにかく!私には、無理だから!わ、私いくね…!プリントありがとう!」

最後には涙声で、プリントを抱えて走り去ってしまった。せっかく善意で誘ってくれたのに、断ったうえに逃げ出すなんて。菊地原くんに嫌われたに違いない。申し訳ないやら情けないやらで、涙がぼろぼろとこぼれていく。抱えた紙束に数滴落ちたのを見て慌てて涙をぬぐう。そこで足を止めて気が付いた。職員室と反対側に逃げてきてしまった。なんてことだ。自分のあほさ加減を呪いながら、菊地原くんがいなくなったのを確認してから届けに行ったのだった。


カーテンからのぞいたせかいは


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