ここしばらく、三日に一度のペースの防衛任務でいろんなチームと合同になり、皆さんとても良い人たちばかりなのだがあまりのレベルの高さにメンタルが毎回削れていて大変な毎日だ。チームを組んでいないとこんなに大変なのか。しかし良いこともあった。それが、先日諏訪さんや小佐野先輩に借りた小説の数々だ。まさかこんなに貸してもらえるとは思っていなかった。冊数をずいぶん減らしたのに結局重くなってしまい、当真師匠に甘えて置かせてもらったので冬島隊作戦室で読んでいる。
今日は非番の休日、朝っぱらから作戦室にお邪魔して、何やら仕事でパソコンと戦って夜を明かし朝を迎えた冬島さんの隣で狙撃訓練もせずに小説を読むといういわゆるサボりをしてしまっていた。ううう私のバカ。当真師匠に怒られる。罪悪感を感じつつもページをめくる手は止められない。あとちょっと、あとちょっとで終わるから、もう少し…。

「くあ〜〜、疲れた…コーヒー飲むか。瑠花ちゃん、コーヒーいる?」
「…ハッ。い、いりますっ。すいません…」
「いーよ。それにしても珍しいねえ、ボーダーに来ても瑠花ちゃんが訓練しない日なんて」
「ううっ、すすすすいませんんん」
「ああ、いや悪い、責めてるわけじゃなくてね。いつも真面目すぎるくらいだから、こんな日もあっていいと思うぞ。当真なんていつもそんな感じなんだからよ。息抜きダイジ、な」

インスタントコーヒーを淹れつつ、にっと笑う冬島さん。そう言ってもらえると少しは気が楽だ。しかし、それは冬島さんに言いたいことでもある。

「ふ……冬島さんも、息抜き、ダイジですよ。ずっとお仕事やってるんでしょう…?お辛くないですか…?」
「んー?まあ、慣れたもんよ。それに、今日は瑠花ちゃんがいるからな、癒されてるよ」
「わ、わたし何もしてないです、よ……」
「そういうとこだよ。ミルクいる?」
「あ、お願いします…」

はぐらかされた感じは否めないが、ブラックが飲めるほど大人ではないので大人しくミルクを頼む。ぺら、と次のページをめくる。もう少しで読み終わる。読み終わったら、訓練しに行こう。コーヒーをもらい、こくりと一口。冬島さんの愛用しているインスタントコーヒーはとても美味しい。
コーヒーを味わいつつ小説を読み進めていると、ウィーンと自動ドアが開く音がした。当真師匠だろう。さっと立ち上がって迎えに行く。

「当真師匠、本置かせてくださってありがとうござい、ま…す………」
「当真じゃなくて悪かったな」

当真師匠だと思って出迎えたらまさかの風間さんだった。ぎゃあああ!!なんで風間さんがここに!一瞬でパニックになって口をパクパクしていると、風間さんは返事を聞きに来たと言う。ええええ!返事って、まさか、勧誘の件ですか!!

「あん?風間?なんか用か?」
「冬島さん。こんにちは。ちょっと蒼井借りていいですか」
「……ああ、その件ね。……お手柔らかにな〜」

ちらっと私を見た冬島さんに向かってブンブンと首を振るが、送り出されてしまった。冬島さんに裏切られた。信じてたのに!!それに私本読んでたのにいいい!と内心叫んでも、風間さんは相変わらずの無表情でくいと外を指差す。大人しくついていき、テーブルのあるラウンジへ向かった。

「どうだ、あれからしばらく経つが、考えたか」
「はっ、はい………えっと………」

向かい合わせに座るとすぐに汗が出て来た。断る意思は固めている。が、何かと気にかけてくださっている風間さんの勧誘を断るのも申し訳ないし、何より以前当真師匠に勧誘を受けたときに菊地原くんからバカと言われたことが蘇ってきていた。”まあ僕はスカウト受けたけどね、蒼井と違って懸命だから。”ううう、私はまた同じことを繰り返しているのか…?でも、でも、A級三位なんて私には…。
俯く私の様子を見てある程度察したのか、ふうと息をついて風間さんが口を開く。

「…まだ悩んでるようだが…まあ、断るだろうとは思っていた」
「えっ………」
「菊地原が蒼井なら断ると予想していたからな」

ぎくりとする。菊地原くんにはお見通しのようだ。その通り。断る気満々だった。

「だが、それでも…お前に、風間隊に入って欲しいという思いは変わらない。俺の気持ちだけじゃない、風間隊四人の総意見だ。
風間隊に来い、蒼井。お前の力が、必要だ」

ぐぐ、と下唇を噛む。そこまで言われたら、私の力じゃ無理ですなんて。言い出せるわけがない。でも、ここで頷くには、私には勇気と自信が足りない。

「あした、」
「明日?」
「明日…必ずお返事します。…もう一晩だけ、待っていただけませんか……?」

声を振り絞ってそう言う。怒られるのも不快にさせるのも承知の上だ。もう一晩だけ、時間が欲しかった。

「…分かった。じゃあ、明日また聞く。明日断れば、もう勧誘はやめて潔く諦めよう。もし入ると決めたなら、そのときは歓迎しよう」

席を立った風間さんに頭を下げ、ありがとうございますとお礼を言う。風間さんが去ったのち、テーブルに突っ伏した。どうすればいいんだ。どうすれば……。そんなとき、トントンと肩を優しく叩かれた。顔を上げると、東さんが私を見下ろしていた。

「大丈夫か、蒼井」

東さんんんん。その姿を見た瞬間、ぶわっと涙がにじんできた。あなたって人は、なんでこんな素晴らしいタイミングで登場するんですか。東さん、と呟きつつぐすぐす鼻水をすすっていると、東さんから背中をさすられる。

「な、なんで泣くんだ。俺が泣かしたみたいじゃないか。どうした?俺でよければ話を聞くぞ?」
「はっ、はいぃぃ………」
「でもその前に、俺の用件を済ませていいか。蒼井に用があって来たんだ」

用とは。東さんをきょとんと見つめると、東さんは申し訳なさそうに頭をかきながら、苦笑して言った。

「今日の防衛任務の茶野隊が、メディアの仕事が入って出来なくなったらしくてな。今日非番なところ悪いが、お前に東隊と合同で入って欲しいそうだ」
「えっ!?わわ、私ですか!?」
「俺たちは元々防衛任務だったんだ。なんでお前かっていうと…今日急に防衛任務に入れるとなると、部隊を動かすよりソロの方が融通がきくからだろうな」

な、なるほど。確かに。私一人の予定さえ合えばいいからなあ。実際私は今日はのんびり小説を読んでいたくらいだし。わかりました、と頷くと、助かるよと頭を撫でられた。

「それで?まだ防衛任務までは時間がある。相談に乗ろう」
「はっ。はい、ありがとうございます………」

ううう、東さんは常々思うが、素晴らしい方だ。そんな方にこんなことで相談するなんて申し訳ないが、私にとっては大問題なので、相談に乗ってもらうことにした。
カメレオンが視えるサイドエフェクトをかわれて風間さんに誘われているということ、でも自分の実力ではA級三位のチームでやっていく自信がないこと、決断を迷っていることをぽつりぽつりと話す。東さんは相槌を打ちながら真剣に話を聞いてくれていた。

「なるほどな……。話は分かった。」

東さんは神妙な面持ちでゆっくり頷く。そして言い聞かせるように、話を始めた。

「風間隊に入るメリットとしては、お前は強化視力をどうにかできると聞いてボーダーに入った理由もあったよな。だからその点では、サイドエフェクトを一番有効活用出来る道だと思う」
「そ、そうですよね……」
「それから、メンバー的に考えても人見知りのお前でも十分やっていけるだろうってところだな」
「確かに……それも重要です…」

その通りだ。どちらも私には重要なことだ。風間隊なら、私のサイドエフェクトとこのコミュ障のどちらの条件にも適していることは、重々理解している。

「それから…A級三位って肩書きにビビってるみたいだが…お前はお前が思うより、実力があるんだからあまりネガティヴにならないでいい。実際、今まで見てきたが、お前の努力の量は誰にも負けないと思う。お前はその真面目な性格と一生懸命さが最大の武器だからな。」
「…………は、い…」

東さんにそう言われると、そんな気がしてきた。東さんの言葉の一つ一つの説得力がすごい。そこで、しかし、と東さんが話を続ける。

「実力があるとは言ったが、確かに風間隊でやっていくのは簡単なことじゃない。逆に考えると、強くなるチャンスだとも言えるが…それなりの覚悟が必要だ。ハードな練習にも心が折れない覚悟と、A級三位部隊で活動する覚悟がな」
「……はい」

それなのだ。私の悩む一番の理由はそれだった。私には覚悟が足りない、実感がなさすぎて覚悟も何もないのだ。

「それから…これは可能性の話だが…、ないとは思うんだがな。もちろん蒼井の努力の成果だが、トントン拍子で上がってきてるだろ。B級に上がるのも早かった、当真の弟子でもあり、その上風間隊に入るとなると…妬む奴らが出てこないとも限らない。それは少しだけ心配だな」

ボーダーにもいろんな奴がいるからな、と言う。その点は全く考えていなかった。ボーダーに来てから、良い人としか巡り会っていないので、そんなことがあるとも思わなかった。でも普通に考えればそうか。確かに私なんかが当真師匠の弟子になり、もてはやされてB級になり、上がりたてのくせにレベルの高いチームとばかり合同で防衛任務。さらには風間隊に入るだなんて。思い上がってんじゃねえ、なんて言い出す人がいてもおかしくない。それは怖い。…でも。

「でも、それは…受け止める覚悟があります。確かにその通りですから。逆に、今までそう言われなかった方がおかしいくらい…。なんて言われようと、いくらでも受け止めます」

そうはっきり言うと、東さんは苦笑して頷いた。

「俺が言えることはこのくらいかな」
「…はい。ありがとうございます、頭の中が整理できました。あとは一晩じっくり考えようと思います」
「うん。最後は蒼井自身が決めることだからな。いろいろ言ったが、参考程度にしてくれ」

東さんはにっこり笑ってそう締めくくった。これは、考えすぎてこの後の防衛任務に支障が出ないようにしなければ。頬をぺちっと叩いて、気合を入れ直した。


ふやけた翅では飛べないね


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