とある週末の午後。防衛任務の前に食堂で昼食を食べていると、風間がカレーをお盆に乗せてやってきた。

「諏訪、席もらうぞ」
「お前またカレーかよ」
「そううらやましそうに言われてもやらん」
「別にいらねーよ!」

向かい側にストンと座ってスプーンで黙々と食べ始める。同い年ということもあってよくつるむ仲だ。木崎や寺島と四人で飲むこともままある。風間はほとんど表情が変わらないポーカーフェイスな奴だが、俺くらいの長い付き合いになると表情の少しの変化に気づくようになる。今日は少し上機嫌らしい。カレーを食べるペースも幾分か早い。

「諏訪、蒼井瑠花って知ってるか」
「あ?あれだろ、当真の弟子の、サイドエフェクト持ってるっつー狙撃手」
「ああ。風間隊に勧誘してる」
「ふーん。…ハア!?」

危うくコロッケを喉に詰まらせるところだった。今何つった、風間隊に勧誘してるだあ?狙撃手を?クエスチョンマークを浮かべながら風間をみるが、いたって真面目そうな表情だ。少し楽しそうだが。

「何でって顔してるな」
「だってお前…狙撃手入れてどーすんだよ。隠密戦闘はどーした」
「蒼井のサイドエフェクトは強化視力でカメレオンが通用しない。隠密戦闘でも関係なく援護狙撃ができる。それにあいつの狙撃は当真仕込み、即戦力になる」
「はあ?カメレオンが効かない奴とかいんのかよ!」
「いるから言ってる」
「いや分かるがよ…」

それは確かに風間がスカウトするのも分かる。風間隊はA級三位なだけはあり確かに強いが、がっつり近距離型であり遠距離型には向いていないのは明らかだ。もし狙撃手が入れば、遠距離にも対応出来てさらに強いチームになりそうだ。これ以上強くなってどうするんだか。

「そういやそいつ、噂は前から聞いてたが、つい最近実際に見たぞ。なんかわかんねーけど廊下を走ってた」
「走ってた?」
「俺と目があってすぐ立ち止まってたけどな。随分恥ずかしそうだったからなんかわりー事した気分になったよ」
「まあどんな状況でも金髪タバコのヤンキーに出くわしたら女子なら怖がるだろうが、特に蒼井だからな。泣き出さなかっただけマシだろう」
「あ?どういうことだ?」
「蒼井は極度の人見知りなんだ」
「コミュ障ってやつか」

つい最近、なぜか全力で走り回ってたのを目撃したのだ。見た事ない奴だったし二度見してしまったら目があった。…ように見えたが、前髪が長すぎて本当に目があってたのかは定かじゃない。それにしても、あの弱そうな女子がカメレオン効かない当真仕込みの狙撃手とは。あんななりして脳天ぶち抜いたりするのだろうか。あまり想像したくない。人は見た目によらないものだ。

「お、諏訪さんと風間さんじゃん。隣いい?」

そんなところへやってきたのは太刀川だ。俺たちを見つけるとコロッケ定食の乗ったお盆を持って近づいてきた。げ、俺と同じ定食じゃねーか。

「よくない。他を当たれ」
「その言い方ひどくない?お邪魔しまーす」

邪険に扱う風間だが、太刀川は全く気にせず隣の席を陣取る。太刀川のこういうところはすごいと思う。馬鹿しか出来ない真似だ。

「何の話してたんすか?」
「蒼井の話だ」
「おっ。俺この前一緒に防衛任務やった」

B級ソロは日替わりでチームを回るらしいから、それで太刀川隊と合同になったのだろう。いいタイミングで現れたものだ。風間がどうだったかと聞くと、太刀川はコロッケを頬張りつつ感想を述べた。

「楽しかったっすよ、狙撃手いるチームってのも。俺は普段通りに動いてただけなんだが蒼井が慎重に合わせてくれてた」
「へー。お前らの動きに合わせられるもんなのか」
「お前から見て蒼井はどうだった」
「んー、まだ荒削りな感じはあったけど、うまい方なんじゃないすか。あと、むやみやたらには撃たない所とか、無駄な狙撃はしようとしない所が、当真の弟子だなあとは思ったな」

太刀川が褒めるくらいなら、相当の力があるのだろう。興味が湧いてきた。黙って聞いていた風間が、満足そうにカレーを口に入れた。

「そういや、あいつ次の防衛任務って諏訪さんのとこと合同って聞いたけど?」

太刀川が俺にそう言ってきて、今度こそコロッケを喉に詰まらせてせき込んだ。

「ごほっ、はぁ!?そんなん聞いてねーぞ!!」
「沢村さんから隊長かオペレーターに連絡があるらしい。俺はたまたま瑠花が沢村さんから言われてるところを聞いただけだけど」
「ってことは…おサノぉ!」

スマートフォンを慌てて確認すると、ついさっき諏訪隊のグループにおサノからメッセージが届いていた。「忘れてたけど、今日の任務B級狙撃手?と合同だって〜」とおサノらしいメッセージだ。くっそ、仕事しろオペレーター!!と思いつつ、そういうことはもっと早く言え!と返事を送る。

「そうなのか、諏訪」
「ああ、おサノのやつ連絡し忘れてただと。ったく、狙撃手なんざ、入れたことねーってのに…」

ぽりぽりと頭をかくと、終わったら感想聞かせろよ、とからの皿をもって立ち上がる風間。慌てて残りの飯をかきこんで立ち上がった。えっ、おいてかないでよーとほざいている太刀川はとりあえず無視し、作戦室へ向かった。噂の蒼井瑠花とついにご対面か。何気に楽しみである。





作戦室に入ると、もう蒼井は来ていた。以前見た格好とだいぶ違うが、小南のように格好を変えたトリオン体らしい。それにしたって何分前行動だよ、はえーな。俺が遅刻したみたいになってんじゃねえか。堤も日佐人も集まっていて、おサノと一緒に蒼井を囲んでいた。

「すわさんおっそーい。何やってたの?」
「普通に飯食ってたよ、まだ時間あんだろーが」
「時間には余裕を持たないと〜。つつみんとひさとはさっき来たけど瑠花ちゃんはとっくに来てたよー?」
「へっ。い、いえ私は、早く来すぎたくらいなので…えと、早く来てすいません……」

囲まれていた蒼井と目が合うと、おろおろしたのち謝られた。なんだこいつ、と思ったとき、風間が極度の人見知りだと言ってたのを思い出した。ああなるほどな、こういうことかと納得する。

「いや、謝らなくていいぞ。隊長の諏訪だ、こっちこそ遅れてわりーな。狙撃手いれたことねーけど、まあ、お互い気楽にやろーぜ」
「はっ、はいぃっ。蒼井瑠花です、ほほ本日はよろしくお願いします……っ!」

ぺこっと頭を下げられる。緊張しすぎなところはあるが、礼儀正しいところは好評価だ。こんなに真面目そうな女子が本当にあの当真の弟子か?と疑いを持つほどだ。

「蒼井は本好きらしいですよ、諏訪さん!」
「そうそう、今それで盛り上がってたんです。な、蒼井」
「は、はい…!漫画はあまり読まないんですが、小説はよく読みます…」
「ほー。どんなん読むんだ?」

くわえていたタバコを灰皿に押し当てつつ、椅子にぎし、と座って話に加わる。俺たちは全員の趣味が読書という本好きの集まりだ。蒼井もそうだというのなら、案外気が合うかもしれない。俺の質問に悩むそぶりを見せながら、蒼井が答える。

「…どんなの、というより、広く浅く、なんですが…一番のお気に入りは、”星の王子さま”です…」
「あ!それ知ってるー」
「は、はい!子供向けの文庫本を幼いころから何度も読んでいて…本当に大好きな作品なんです」
「聞いたことはあるなあ。今度貸してくれよ!」
「あ、ぜひ…!持ってくる、ね!」

嬉しそうにこくこくと頷く。日佐人も楽しそうだし、同い年だということもあってわりとすぐに打ち解けたように思える。おすすめの海外小説を紹介するおサノも後輩の女子と話すのはそう多くないからか、どこかテンションが高いし、堤もにこにことそれに相槌を打っている。頬杖をついてその様子を眺めていると、蒼井と目が合った。おおう。どうした。しかしぱちくりと瞬きを繰り返すばかりで、会話を探しているように見える。口下手というのを理解し、こっちから会話を作ってやる。

「…俺はミステリーをよく読むんだが、そういうのは読まねーの?」
「!よ、読みます。あの…ガリレオシリーズが大好きで」
「おおっ、いいじゃん。俺も好きだぞ。ならこういうのも好きそうだな」

立ち上がっておすすめのミステリーものをひっぱりだしてくる。これも、これもと見せるたび、目を輝かせてリアクションするものだから、ちょっと楽しくなってきた。なんかおサノとは全然違うタイプの女子だな。

「あ、あの……」
「ん?どうした?」

一通りのラインナップを見せると、申し訳なさそうにしながら、か細い声で言った。

「おすすめの海外小説と、時代物と、漫画、ミステリーも…どれもすごくおもしろそうなので……お借りしても、よろしいですか……?」

俺たちは目を見合わせてきょとんとした。そんなの、許可をとるまでもない。おサノが蒼井の肩を叩く。

「もちろん、そのつもりだったよー!読んでよ、そんで、感想聞かせて!」
「いいんですかっ?」

ぱあっと表情を明るくして、じゃあこれとこれと、と紹介された本を次々積み上げていく。そこで堤が止めに入った。

「そんなに一度に持って帰れないだろう。とりあえずいくつか選んだら?それで、また返すときに他の本を持って帰ればいいから」
「で、でもそれだと、たくさんお邪魔することに…ご迷惑じゃないですか…?」
「迷惑なんかじゃないさ!」

ちら、と俺の方に視線を向ける蒼井。堤の言葉に同意し、いつでも来ていいぜと言ってやると、へにゃりと眉を下げて笑って、ありがとうございますと言った。本を貸す、たったそれだけなのにあんまり幸せそうなので、もっと与えたくなってしまう。

「じゃ、まずはこれだな」
「あ、それは…読んだことあります」
「おお。じゃあ、この続編は?」
「続編…!知りませんでした!ぜ、ぜひ!」
「よしよし。じゃ、このシリーズ持ってけ」
「すわさんばっかりずるいー。これ、これオススメだから、絶対読んで!」
「漫画はどんなのがいいかな、スポーツ系とか?」
「おいおい、結局積み上がってきたじゃないか」

わいわいと賑やかにしているといつのまにか防衛任務の時間が迫っていた。外へ出る際、蒼井を見る。先ほどとは打って変わって真剣な表情になった蒼井は、バッグワームを着ながら緊張した様子だ。いつものようにタバコをくわえつつ、わしゃわしゃと頭を撫でてやる。

「援護頼むな」
「…!はい!」

にっと笑ってそう言うと、蒼井もつられたように不恰好に笑った。柄にもなく、この癒しが諏訪隊にも欲しい、なんて考えた。


依存性の高いなんとやら


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -