三輪隊との初の防衛任務はとても勉強になった。奈良坂先輩が攻撃手のサポートの仕方を丁寧に教えてくださって、ちょっとはコツがわかった気がする。ゲートが開いて近界民をはじめて狙撃する時はこわくて手が震えていたが、内線で三輪先輩が冷静に指示してくれたり、奈良坂先輩や米屋先輩が励ましてくれたりしたし、月見さんの優しい声に後押しされて思っていたよりはわりと落ち着いて撃てた、と思う。これが風間さんがずっと前に言っていた、「仲間の力」かな、なんて思って、少しうれしかった。役に立てたのかどうかは置いておいて、とりあえずは初の防衛任務をクリアしたということで満足している。

そんな三輪隊との防衛任務を終えた翌日、今日は任務はない日で狙撃訓練だけだ。自販機のジュース目当てに中庭へ向かうと、三輪先輩を見つけた。目が合ってビクッとしたが、自販機のもとへ行くには避けては通れない。昨日の今日で、なんだか気まずい。

「みっ三輪先輩、こんにちは…先日はお世話になりましたっ」
「ああ。……」

会話が途絶えるのが早すぎではないだろうか。もしかして三輪先輩も私と同じコミュ障…!?なんて思ったがそんなわけはない。勝手に仲間意識抱いてすいません。

「…蒼井」
「はっ、はい」
「姉は見えるか?」
「あ、今はトリオン体なので…す、すみません」
「ああ、そうだったな。いや、悪い」

実は昨日から、三輪先輩にお姉さんが視えると言ったことを後悔していた。霊だと気づいてなかったから仕方ないことではあるのだが、三輪先輩が気にしているのが昨日の時から伝わってきていた。米屋先輩はフォローしてくれたが、不快にさせてしまったに違いない。耐えられず、私は謝ることにした。

「あの…すいませんでした。昨日の、その、お姉さんの話…忘れてください、なんて都合がいいですが……お話することではなかったです、よね…」

そう切り出すと、三輪先輩はコーヒーの缶をぷしっと音を立てて開ける。そして口を開いた。

「…気にしないでくれ。…確かに、驚いたが…姉さんを今でも心配させているんだと思うと、しっかりしなくちゃいけないと思ったよ。あんまりいつまでも引きずっていると、姉さんは安心できないよな。……それに」
「…?」
「少しだけうれしかったのも事実だ。どんな形であれ、見守ってくれているんだと思うことにするよ」

ふ、とゆるむように笑った三輪先輩の表情が普段とは全く違う優しい”弟”のような表情になっていた。しばし目が離せずにいたが、なんだかうれしくなって私もふっと体の力を抜いて微笑んだ。

「…はい。きっと、三輪先輩の幸せを誰よりも願ってらっしゃるんだと思いますよ。自慢の素敵な弟さんですから」
「……そういうセリフはさらっと言えるんだな」
「えっ!?わ、私そんなに変なこと言いましたか……!?」

ぱっと表情を変えて慌てていると、三輪先輩はくくっと喉で笑い、自販機の前に立つ。そして小銭を入れてオレンジジュースのボタンを押す。あれ、さっき三輪先輩、自分のぶんのコーヒー買ってたのに、もう一杯飲むんだろうか。なんて考えていた私に、たった今買ったばかりのオレンジジュースの缶が押し付けられた。

「やる。」
「えっ!?なななんでですか!?お、おごっていただくわけには…!」
「いいんだ。礼もかねて、受け取ってくれ。じゃあ」

そう言い残してすたすたと歩いて行ってしまう三輪先輩。私はジュースを返すわけにもいかず、わけもわからないまま受け取ってしまった。ええええ。どうしよう。とりあえず、お礼を言わねば。

「ありがとうございますっ…!」

早口でそう背中に叫ぶと、少しだけ振り向いた三輪先輩がふと微笑むのが見えた。なんだか打ち解けられた気がして、しかしオレンジジュースをなぜいきなりおごってくれたのかはわからないまま、缶のくちをぷしっと開けた。






「は?三輪にジュースおごってもらったァ?」

訓練室に戻るとオレンジジュースをもっているのを当真師匠に見られ、だれからもらったんだとすぐに尋ねられた。私はいつも自販機で買うジュースはリンゴジュースなのでオレンジジュースを持っているのが不審だったらしい。さすが当真師匠、鋭い。すぐに答えると、そう言って意外そうに片眉を上げた。

「あいつって後輩にジュースおごってやるようなやつだったか?いつのまにそんなに仲良くなってんだよ」
「え……し、知りませんが…もらってしまいました」

すると当真師匠は訓練の休憩中だった奈良坂先輩を見つけてずんずん進んでいく。

「奈良坂ぁ、昨日はウチの弟子が世話になったなー」
「…師匠のあんたとは違って、蒼井は素直で真面目だから理解が早くて助かった」

どうも当真師匠と奈良坂先輩は仲が悪いようなのだ。普段から当真師匠からはわりと友好的に(?)話しかけに行くのだが、奈良坂先輩は相手にしないし威嚇しているのが伝わってくる。私には優しくてすばらしい対応をしてくださるのに、当真師匠を相手にするといきなりとげとげしくなるのだから最初は驚いた。

「三輪がこいつにジュースおごってくれたんだってよ」
「…秀次が?」
「は、はい」
「……それは驚いたな。やはり昨日のことで…」
「あん?昨日のこと?やーっぱなんかあったのか」
「……まあいろいろとな」

奈良坂先輩の視線を感じて目をそらした。ううう当真師匠絶対笑うから言いたくなかったのですが。

「ま、それはゆっくり聞くとして。次回はどこの隊だって?」
「あ、それが、まだ聞いていないんですが…」
「…聞いてないのか。沢村さんが太刀川隊だと言ってたぞ。太刀川さんが狙撃手をいれてみたいと立候補したんだと」
「マジか。あの人なぜか瑠花のこと気に入ってるよなあ」

太刀川隊……A級1位……!!!ひいっと声が漏れ、当真師匠に笑われた。笑いごとじゃないですよぉぉぉ!!




そうこうしているうちにA級1位太刀川隊との防衛任務がやってきてしまった。すでに涙目である。もっと私の実力を加味してほしいのだが、切実に…。

「ああああの、私、まだまともに援護もできないのですが……!」
「だーいじょうぶ、だいじょうぶ〜。テキトーでいいよ、うち狙撃手いなくても強いからさ〜」
「そう!ボクら太刀川隊は狙撃手なんて必要ないんだ!なんたってA級1位だからね!」

じゃあ私いらないじゃないですか!と心の中で全力で叫んだ。それよりも時間まだあるしゲームしない?と言ったのは、オペレーターの国近柚宇先輩、というらしい。のんびりした性格でかわいいです。自信に満ち溢れた表情の方は唯我尊くん、こっちの方は同い年らしい。同い年でA級1位…す、すごすぎる。絶対私この場にいていい人間じゃないんですよね。縮こまっていると、すでにコントローラーを握っている出水先輩が手招きした。太刀川さんはなぜか餅を食べている。

「来たな、瑠花!マリカやるから一緒にやろーぜ!ほら、ここ座れよ」
「ウチはゲームよくやるんだよ。国近も出水も手加減してやれよー。唯我は別に弱いからいいけど」
「ま…まりか、とは…?」

コントローラーを受け取りつつ、首をかしげる。ゲームの名前だということはさすがにわかるが、やったことがない。きょとんとしていると、全員から信じられないとばかりに呆然とされた。

「瑠花ちゃんマリカ知らないのー!?」
「マジかよ!カートレースのゲームだぞ」
「わ、私ゲームのたぐいはあまり………」
「まーまー、ちゃんと教えてやるから安心しろって。まず、これがアクセル、これがブレーキ」
「は、…はい…」
「こ、これは…このボクの脱☆最弱の気配…!!」

かなり時間をかけて習ったあと、一番簡単なコースで練習してみた。しかし、カーブは曲がりすぎて激突しまくり、下手に加速してコースアウトし、挙句の果てには逆走して溝に落ちて全くゴールしない。涙目になりながら全身を揺らしつつ必死で操縦したというのに、このざまである。だから機械は弱いんですってばー!!

「ぎゃははは!だからそっちは!逆だっての!!」
「なんでパックンのほうに自分から行っちゃうの〜!?」
「はっはっは、コースわかってねえなこりゃ」
「こんなことにならないボクってやっぱり上手だったんだ…!!」
「………もう…やめていいですか……」

太刀川隊の面々からこれでもかとバカにされ、出水先輩なんてお腹を抱えて笑っていた。結局相手にならなさすぎて戦線離脱し、出水先輩と国近先輩と唯我くんのレースを眺める。国近先輩がとても強いのは初心者から見てもわかる。しかし出水先輩もそれに負けていない。唯我くんはお二人と比べると見劣りしてしまうが、私みたいにコースアウトしたり逆走したりすることもない。みんな上手だなあ、と感心していると、太刀川さんが餅と皿をもってやってきた。

「瑠花、餅食うか?焼きたてでうまいぞ」
「も、もち……ええと、い、いただいていいんですか…?」
「おう。これ砂糖醤油な。のりもあるぞ」
「……ありがとうございます…」

おもちを受け取りながら、太刀川さんってソロランク1位だよなあ、と考える。あの風間さんよりもランキングが上なんだから、もっと厳格な人だろうと勝手に思っていた。前々から思ってはいたが、こうしてあらためて話してみるとやはり想像と違う。偏見は悪い癖だと自分に言い聞かせる。太刀川さんをまねて、砂糖醤油につけてからのりで巻いて食べてみる。久しぶりに食べたからなのか、とてもおいしく感じる。普通の餅であるはずなのに。

「おいしいです…!」
「だろー。……なんか、当真の気持ちわかった気がする」
「え?当真師匠の気持ち…?」
「そうそう。当真が弟子とってから、なんか気持ち悪くなったって評判じゃん」

ええっ、と大きな声を出してしまった。何ですかその評判、初めて聞きましたが!?!?気持ち悪くなった!?とは!?えっ当真師匠はいつもかっこいいですよ…!?相変わらずリーゼントだし!と思っていると、餅をほおばりながら太刀川さんが言った。

「弟子を猫可愛がりしてるってことだよ。確かに後輩思いなとこはあるけど、そもそも弟子とる気配もなかったのによ。きょうだいみたいだって狙撃手界隈じゃちょっとした名物らしいぞ」
「きょっ、きょうだいですか!?」

きょうだい!当真師匠が兄だなんてそんな恐れ多いことを!と思うが、ちょっと、いやかなりうれしい。確かに、私はいつも当真師匠にへばりついているし同じような前髪のヘアスタイルなのだから、そうも見えるかもしれない。それに、猫可愛がっている、だなんて。恥ずかしいような、嬉しいような、複雑な気持ちだ。

「あの当真がいきなりどうしたって思ってたが…なんか、こう、甘やかしたくなる気持ちはわかった」

そう言われても、私はどう反応すればいいのか。もっと精進します、ととりあえず言うと、太刀川さんは愉快そうに笑った。


誰も彼もが天使を探している


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