「狙撃手合同訓練?」
「おう」
かなり的に的中するようになった頃、当真師匠が私をいつもの狙撃ブースではなく模擬戦のブースへ入れた。そして狙撃手合同訓練にそろそろ瑠花も参加すんぞ、と告げたのだった。
「ボーダーの狙撃手ほぼ全員が参加するやつで、そこで三週連続C級トップ5に入ればB級になれるってわけ」
「おおっ……!そうなんですね!」
「とりあえずの目標はそれってことで、今日から実戦形式でガンガンやってくぜ」
「は、はいっ。」
緊張してきた。実戦形式、ということでこのブースに入ったのだろう。合同訓練までまたみっちり稽古の日々かなあ。また時間かかりそうだなあ。
「ちなみに、それはいつの話で…?」
「毎週あってんだけど、来週から参加し始めようと思ってんだけどよ」
「えっ!?一週間後ですか…!?」
悲鳴に似た声を上げる。たった一週間では、実戦形式に慣れたあたりでタイムオーバーだ。学校は普通にあるわけで、まとまった時間がとれるのは少ない。まともな練習になるのかどうか。
「ちょっとキビシイかなと思ったけど、早くB級になりてえだろ?」
「それはそうですけど…!」
「まあここでサイドエフェクトの出番なわけだ」
「へ?」
「使い方いろいろ考えてたんだけどよ、お前の強化視力は実戦形式でこそ発揮されるはずだ。まあいっちょがんばってこーぜ」
妙に楽しそうな当真師匠。頑張ることには頑張るが、プレッシャーが…。これでボロボロな結果を残してしまえば、当真師匠に恥をかかせてしまう。やるしかない。サイドエフェクトでもなんでも使って!!気合を引き締めて稽古にのぞむのだった。
「よし、今日はこのくらいにしとくか」
「はひぃ……あ、ありがとうございましたぁ…」
「おいおい、初日からそれとかこの先思いやられるぜ」
やっと実戦形式での初訓練を終えた。へとへとだ。た、大変すぎる。屋根の上から撃ったり、窓から身を乗り出して撃ったりして、いつもの体勢と違うと命中率ががくんと落ちる。そして、撃ったら逃げるということがなかなかできない。撃つのに必死で、その後すぐ走り出せないのだ。
「俺仕込みの狙撃技術はあるんだけどなあ。まあ、あとは慣れだな。慣れてきたらサイドエフェクト使って見つける練習やるか」
「はい…」
「ま、今日はとりあえず終わりな。おつかれ」
「おつかれさまでした…」
ぐったりしたまま頭を下げる。この調子じゃ、一週間でどうにかできる自信はないし、合同訓練で残す結果もたかが知れている。嫌だなあ、参加したくないなあ。にじんだ涙を拭って、ブースを後にした。
とぼとぼと歩いていると、荒船先輩と村上先輩がやってくるのが見えた。
「お、蒼井。何でこんなとこにいるんだ?」
「…珍しいな、こんなところにいるなんて。」
「こ、今度から…狙撃手合同訓練に参加するので、その練習に…」
「おお、やっとか。そろそろだろうなとは思ってたよ。頑張れよ」
頑張れの言葉を聞くと、なぜかぼろっと涙が溢れた。は!?と慌てる荒船先輩。困らせるつもりはないのに。慌てて涙を拭って、何でもありません、とごまかして早足で去ろうとすると、村上先輩に手を掴まれた。
「…!?えっ」
「何でもなくないだろう。…ポジションも違うし頼りにならないかもしれないが…話してみないか?」
村上先輩それは反則ですうう。ぶわあっと涙があふれてしまい、とりあえず近くの椅子に座らせられて落ち着いてから話し始めた。実戦形式の狙撃が始めたばかりで全く出来ないこと、一週間でどうにかなるのか自信がないこと、などを話すうち、だんだん落ち着いてきた。
「蒼井は真面目だから深く考えすぎるんだよなあ。その上心配性だし。どうにかなるもんだよ、万が一合同訓練で良い成績残せなくても死ぬわけじゃねーし」
話を聞き終えた荒船先輩がそう言うが、私はもごもごと言い返した。
「…でも、…当真師匠の弟子、なのに…へなちょこだったら……」
「ナンバーワン狙撃手の名に傷がつくって?」
こくりと頷く。荒船先輩はそんなの気にしなくていいのによ、と呟くが、私にとっては大問題なのだ。すると村上先輩が真剣な表情で私を見た。
「言いたいことは分かった。俺は狙撃手じゃないけど、アドバイスできることがある」
「……?」
「実戦形式の狙撃を身につけたいんなら、荒船隊のB級ランク戦の記録を見て参考にしたらいいと思う」
「はっ!?鋼、なんでウチの隊なんだよ」
「狙撃手だけのチーム構成だろう。今の蒼井の手本になりやすいのは荒船隊だと思ったんだ」
「あー…まあ…そう言われてみりゃ、そうかもしれねえな」
「記録…というのは、DVDとかに焼いてもらえるものなんでしょうか……」
「ああ、東さんあたりに頼んでみろ」
すごくいいことを教わった気がする。それなら家に帰ってからも勉強できる。一週間という時間を、有効活用できるのだ。
「そ、そうしますっ。荒船隊の記録見させてもらいます…!」
「なんか恥ずかしーな……まあいいけどよ」
「頑張ってくれ。無理しない程度に、な」
こくこくと力いっぱい頷いて、すっくと立ち上がった。ちょっとだけ、希望が見えてきた気がする。やれることはたくさんある。出来ることは全部やろう。
*
珍しく学校が終わってからすぐにボーダーに来た。いつもならどっか遊びに行ったり、寄り道してから来たりで、こんなに早く来ることはない。蒼井を弟子にとってからはわりと早くなった方ではあるが。しかし今週に限っては蒼井の稽古をフルで見てやらないといけない。弟子とるっつーのも大変だぜ、と思いつつ狙撃手訓練室に入ると、見慣れた姿が見えなかった。
「当真。今日は早いな」
「ども。東さん、瑠花見てねーっすか?」
近くにいた東さんに尋ねてみる。東さんは微笑んで答えた。
「ああ、蒼井ならとっくに模擬戦のブースに行ってるよ。ずいぶん急いで向かってるのを見たぞ」
「は、もうですか?はえーなあいつ」
「……昨日、B級ランク戦の荒船隊の記録をDVDに焼いて欲しいとせがまれたよ」
「は?」
荒船隊の記録なんて見てどうするというんだ。首を傾げると、東さんは妙に楽しそうに言った。
「荒船隊は三人とも狙撃手だからな、確かに手本になりやすいのは荒船隊だろう」
「…実戦形式の手本にすんのか」
「そうみたいだ。冬島隊の記録も頼まれたよ。お前の狙撃が見たいんだろうな。持って帰って何度も見たんだろう、今日は隈が出来てたよ。…真面目で勉強熱心な子だな、あの子は」
にこりとして俺にそう言う。隈が出来るほど記録を見ていたのか。家でテレビの前に座って、食い入るように見つめる姿が思い浮かぶ。何度も何度も、巻き戻して。…本当、すげーなあいつは。真面目で努力家、一つのことに一生懸命になれる奴。俺とは正反対だ。
「……模擬戦のブース行ってきます」
「ああ。いってらっしゃい」
むずむずする説明しにくい感情を抱えて、ブースに向かう。あいつの才能は俺が誰より早く目をつけた。あいつのために俺が出来ることは、稽古をつけることだけだ。
星になるための仮眠