ボーダー入隊からあっという間に一週間がたつ。週末はいつもは遅起きなのだが、今日は違う。目覚ましを平日通りにセットして、早起きして向かう先は、言わずもがなボーダーだ。
なぜこんなに張り切っているのかというと、狙撃訓練が楽しくてしょうがないのだ。ただ的を撃つだけに見えるが、実は奥が深い。まだまだ始めたばかりで的に当たることさえままならないが、練習すればするだけ感覚が身についていくようで、研ぎ澄まされていくようで。とても、楽しい。性に合っているようだ。
早く上手になりたい思いももちろんあるが、ただ単に、楽しいから。夢中で撃ち続けている。
あともう一つ、朝早く行く理由がある。
朝早いと人はほとんどいなくて、人目を気にせずブースに入れるのだ。なんたってコミュ障ですから。訓練中は自分のブースからほとんど動かないが、やむを得ずうろつくときは必ず訓練時にはずしていた眼鏡をかけている。長い前髪に分厚い眼鏡、やはりこのスタイルが安心するのだ。



その日は午前中いっぱい、おなかがすくまで撃ち続けて、やっとブースを離れた。ソファに座ってのびをする。ずっと同じ体勢でやるので肩がこるのが難点だ。
家から持ってきたおにぎりをバッグから取り出し、一口ほおばる。うーん、おいしい。頑張ったあとのおにぎりはおいしい。

「精が出るな、蒼井」

いきなり声をかけられ、全身が跳ねた。おそるおそる振り向くと、東さんが立っていた。

「驚かせたか?」
「いっいえ、だだだいじょうぶです。…ええと、何か…?」
「いや、よく集中力が持つなあと思ってな。ずっと撃ってただろう?」
「…はい。楽しくて、夢中で」
「…そうか。それはいいことだ」

東さんはこうしてときどき様子をうかがってくれる。まだボーダーに全然なじめていないので気にかけてくれているようだ。親切な方だ。狙撃のエキスパートだというし、本当に完璧な人だなあ。

「ところで強化視力は活かせそうか?」
「それが、よくわからなくて…」

そうなのだ。私には課題が一つあった。せっかく強化視力のサイドエフェクトを持っているのに、全く有効活用できていない現状だった。的は十分すぎるほど見えるが、それだけ。まあ始めたばかりだし、まずまともな狙撃の技術が身についてから考えようと思っているが、なにか利活用の手立てが思いつけばいいのだが。

「うーん、蒼井の強化視力は、”千里眼”に似てるよな。心の中までは視えないが、視界に入るものは何でも視えるってことだろう。何か利用方法があると思うんだが…。」

せ、千里眼。なんかいきなりかっこよくなりましたね。ちょっと気分が上がった。ちょろい女とは私のことです。真剣に考えてくださる東さんにぺこりと頭を下げる。

「ありがとうございます、でも、まだ焦らなくてもいいかなと思ってます」
「まあ、そうだな。じゃあ、俺は行くが…がんばりすぎて倒れないようにするんだぞ」
「ありがとうございます」

ううう、優しい。優しすぎる。まだお若いのにこの貫禄、すごい。ぺこぺことお礼をして、その後姿を見つめた。ありがたや。

おにぎりを食べつつ、ほかの狙撃ブースをちらりと見る。狙撃手の先輩は皆すごい技術だ。的から外れるのはほとんどない。どころか、この前こっそりアドバイスしてくれた先輩はさっきから真ん中に命中しかしてない。ひえええ。すごすぎて近寄れない感ある。おとなしく私も頑張ろう…。



またしばらく撃ち続けてちょっと疲れたなあと顔をあげると、ブースの外からこちらを見ていた隊員二人と目が合ってしまった。慌ててばっと顔を背け、どくどく鳴り出す心臓を落ち着けようとする。
ボーダーに入って一週間がたつが、”菊地原の紹介で入隊したサイドエフェクト持ちの女子がスナイパー界に入ってきた”という噂で持ち切りのようだった。こうして隊員が現れては、私の様子を眺めていく。大抵の人たちは私が予想とは違ういたって普通の初心者狙撃手だということに落胆して去っていくのだが、今日の人たちは違うようだ。ちらりと見ると、まだいる。私を指さして何やら話している。ひいいい指ささないでくださいぃぃ。一人はこの前全力で逃げてしまった荒船隊の隊長さん。非常に気まずいしこわいので要注意人物だ。もう一人はわからないが、リーゼントが強烈でこわい印象しかない。まさかあの人も狙撃手だというのだろうか。こわい、近寄らないようにしよう…。
訓練の合間に何度か顔を上げると、ソファでリーゼントの人が寝ているのが見えた。えええ。そこで寝るの…。やっぱりなんかこわい。あの先輩は危険、と勝手に心の中の”こわい先輩リスト”にリストアップした。





「おーい」

誰かの呼び声ではっとして顔を上げる。と、ブースの外から例のリーゼントの先輩が私に向かって声を張り上げていた。あれ、人違いじゃないかな。というかいつ起きたんだろう、ずいぶんぐっすりだったようだが。おろおろしていると、もう一度先輩が私に呼びかけた。

「お前いつまでやんの?まだ帰らねーの?」
「えっ、えっ、わ、私ですか…?」
「お前しかいねーだろが」

ハッとして周りをみると、確かにほかのブースはがらりとしていてもう誰もいない。とっくに皆さん帰ってしまったようだ。えええ。もうそんな時間だったとは、気づかなかった。今何時だろう。わからないが、訓練室の窓から見えた空はもうとっぷり暮れていた。慌てて訓練用トリガーをおろしてブースを出る。眼鏡もしっかりと忘れずに。

「こ、声かけてくださって…あ、ありがとうございます…」
「いいってことよ。ま、俺も寝てて今起きたばっかなんだけどな。誰もいねーから焦った」

よく寝たわー、とのびをする先輩の前で、私はかちこちに固まっていた。ひえええ近寄らないって決めたのにさっそく近寄ってるううう。こわい。こわいです。もう帰っていいですか。

「にしたってお前、よく飽きねえなー。そんなにずっと撃ってさ」

ぎゃー!話しかけられた!

「…た、楽しいので……」
「練習が?確かに誰かをぶち抜いたり近界民やんのは楽しいけどよ、練習とか楽しくもなんともねーけど」
「そ、そんなことないです。楽しいです。はじめたばかりで下手なので、早く上手になりたいし…。」
「ほー。おりこうさんなことで」

誰かをぶち抜く!?怖い!やはりこわい!と内心びくびくしながらも、言い返す。ふおおお私変なこと口走ってないですか!?大丈夫!?と誰に聞くわけでもないのに心の中で叫んでいた。それより、やはりこの人も狙撃手のようだ。いろんな人がいるなあ、ボーダー。

「てか、サイドエフェクトあんだって?強化視力ってどんな感じなわけ?使えんの?」
「え、と。”千里眼”に似た感じらしいです。視界に入るものは何でも視える、みたいな……。で、でも、有効活用できてないです。的を撃つのにそんなサイドエフェクトあってもどうするんだって話です…よね…」

ほとんど東さんの受け売りだ。最後のほうは自分で言っておいて自分でショックを受けるというあほなことをしてしまった。ううう。サイドエフェクトの無能さに泣けてきた。しかし、そんな私の話を聞いて、先輩が言った。

「へー。すげえじゃん。やりようによっちゃあ、使えると思うぜ、そのサイドエフェクト」
「…え…ど、どうやって…?」
「まだわかんねーけどさ。…お前、名前は?」
「へっ。蒼井瑠花、です」
「瑠花な。俺、当真勇っつーの。俺、決めたわ」
「…な、なにをですか…?」
「お前を俺の弟子にしてやるよ」

でし?でしってなんですか?デシ。でし…
弟子?

「えええええ!?」

弟子って、つまり当真先輩の弟子になるってことですか!?私が!?
まさかの弟子にしてやる発言をもらいましたがちょっと頭が追い付いてないですすみません。どういうことなんですか。師弟制度があるということは東さんからさらっと聞いていたが、私には当分関係のない話だと思っていたのに。え?え?と動揺しまくっていると、当真先輩はもう一度言った。

「だーから、このナンバーワン狙撃手様の弟子にしてやるっつってんの」
「ナンバーワン…?」
「おう。まさか知らねーの?まあ、入ったばっかだからしょうがねーか。俺、狙撃手ランキング1位なんだぜー」
「えっ、………ええええ!1位!そんな人が、わ、私をでっででででしに!?」
「ぶはっ、噛みすぎだろ!コミュ障ウケる」

ウケられた。いやちょっと待ってください。このリーゼントの先輩が狙撃手のトップに君臨していたのか。失礼な言い方になった気がするが、いや、本当に、見た目によらないものだ。すすすいませんこんなこと言ってたら撃たれる。とにかく、え、どうしよう!そんなすごい人の弟子に私なんて、無理じゃないですか!?当真先輩は慌てる私を見てクックッと笑っている。笑ってる場合じゃないです。

「そっ、そんなの無理です、私入ったばっかりで、何もわかんなくて…!お、お断りします!」
「だーから、俺が教えてやるって。ちなみに、今の撃ち方全然なってねーかんな。下手なまんま数撃っても上達しねーって」

かなりストライクに私のメンタルを削ってくる。しかし正論だ。何も言えない。

「うまくなるには、誰かの弟子になるのが一番だぜ。普通はそうやって上達するもんなの」
「そ、そうなんですか。いやいやでもっ、ナンバーワンの方を…師匠にだなんて!」
「俺から言ってるんだからいーんだよ。まあ別に嫌ならいいけどな?どーすんの?断って下手なまま終わるか、弟子になって教えてもらうか」

そんな聞き方ズルいと思います。そりゃあ、弟子になって教えてもらったほうがいいに違いない。俯いていると、まあ弟子とんの初めてだから、教えるの下手かもしんねーけどよと当真先輩は頭をかいた。は!はじめて!?

「は、初めての弟子が私なんですか…!?」
「おう、前々から弟子欲しいなと思ってたんだよなー。でも、なんつーか、おもしろそーなやついねえしよ。中途半端な技術持ってるやつ弟子にとってもおもしろくねーし。どうせなら、一から育て上げてみてーじゃん?お前ならちょうどいいなって。サイドエフェクト興味あるし」

え、ええええ。ちょっと、何この急展開。どうしよう。と、とりあえず、時間が欲しいです。こんな大変なこと、すぐにはハイと言えない。

「…ちょ、ちょっと、考えさせてもらっていいですか……?あの、しゅ、週末明けにはお返事するので………」
「そう来たか。ま、いつでもいいぜ」

すいませんと何度も謝り、へこへこしながら帰った。ちょっと、誰かに相談したい。き、菊地原くんんんん!






「もしもし荒船?話しかけたけど、あいつおもしれーな!噛みすぎ!どもりすぎ!前髪長すぎて目見えねえのに眼鏡したらさらに見えねえ!」
「だから言ったろ、あいつコミュ障やばいって。俺一回話しかけたけど、全力で避けられたからな」
「やー、めっちゃ理解したわ。てか俺決めたわ、弟子にするわ。育ててみたくなった」
「ハア?本気で言ってんのか?お前が弟子とる?それも、よりによってあいつを?」
「本気本気。でも一回断られた。結局時間が欲しいって逃げられたし」
「マジかよ。あいつやるな」
「ウケるわー。ま、とりあえず、待機ってとこだな。さて、初弟子ゲットなるかー?」




きみの劣性をあいするのだ


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