あなたのもとへ
朝ごはんの香りで目が覚めた。
むくりと身体を起こすと、見慣れない部屋の景色がそこにあった。ここどこだっけ、なんて思ってすぐにはっとする。そうだよ、私引っ越して来たんだった。一週間たってもまだ慣れないこの家での暮らし。顔を洗って鏡を見る。ずいぶん間の抜けた顔だ。まだ眠いからだろう。ごしごしと目をこすった。


「おはよう、ねぼすけさん」

「…おはよう。お母様」


お母様が朝ごはんを用意してくれている。お母様の朝ごはんはとっても美味しくて、愛情に溢れている。昔と同じ味がする。今まで食べ慣れて来た食堂での朝ごはんとは違う味だ。


「理御、おはよう。今日はずいぶんと寝坊じゃないか。まだ眠そうだね」

「おはようお父様…うん、眠い」


お父様が先に朝ごはんを食べている。ずず、と味噌汁をすすりながら新聞を広げるお父様が、お、と声をあげた。


「真選組が載っているぞ」

「え、どれ!?」


攘夷テロ真選組活躍なれど苦戦と書かれた見出しででかでかと載っていたのは、縄で縛った攘夷志士と近藤さんや総悟、そして、トシだった。写真からは笑顔は見れないが、一週間ぶりに見たトシの顔は何かを満たしていった。
頑張ってるなあ、お疲れ様。あたしがいなくてもやっていけてるのかな。トシは相変わらずマヨネーズかな、相変わらず煙草かな、相変わらず仕事に明け暮れてるのかな。
元気かな。


「皆さん、すごいわね。かっこいいわ」


お母様が微笑んで言う。あたしはぱっと顔を上げた。


「すごいんだよ…!トシなんてね、本当に強いしかっこいいんだよ!何度も助けてもらったし、トシは」

「"トシ"のことばかりだね」

「!」


そうだ、総悟と近藤さんもすごいんだよって言わなくちゃ。なんでトシのことばっかり。ああそれにしても、トシはあたしがいないのに大丈夫かな。仕事なんて、二人でやっとだったのに。
悶々と考えていると、お父様は浮かない顔をして私を見ている。どうしてだろう。


「…理御、私たちとの暮らしは嫌か?」

「まさか、不満なんてないよ!なんで?」


にっこり笑ってみせると、お父様は心配そうに顔を覗き込む。


「この一週間、真選組のことばかり…副長さんのことばかりじゃないか」


ぎくりとする。そんなにトシのこと言ってたかな。


「そ、そんなことないよ」

「…後悔、してるか?」

「ここに来たことを?後悔なんてしてない!」

「………帰りたいか?」

「話を聞いてよ!」


一方的に話すお父様の隣に、お母様がお何も言わずに座った。まるでお父様に同意しているようだ。
心外だ。だって、真選組をやめることはあたしが自分で決めたことなんだ。だから後悔なんてしていないし、間違っているだなんて思わない。帰りたいだなんて、思っていない、のに。
いつのまにか、あたしの分の朝ごはんは冷え切っていた。


「理御。本当は…帰りたいんだろう、真選組に。会いたいんだろう、副長さんに」

「そんなこと…っ!」

「言わなくても分かるわ。この一週間の間、理御を見ていれば」


お母様とお父様は神妙な面持ちからふっと力を抜き、苦笑してあたしの頭を撫でた。そんなこと言わないで。そんなことしないでよ。あたしは…お母様とお父様を、もう悲しませたくないのに。
本当は、本当は。
帰りたい。
いつのまにかぼろぼろと流れ落ちる涙は、とても熱かった。


「大好きなのね、副長さんのことが」

「と、トシだけじゃなくて総悟も近藤さんも好きだよっ」

「それとは違うわ。理御は副長さんのことが、"好き"なのよね」

「よく、わから…」

「会いたいんでしょう?」

「……………あい、たい」


会いたい。
今すぐ、会って、あの煙草の匂いと優しいぬくもりに包まれたい。ぽろぽろ溢れる涙と一緒に気持ちが溢れて行く。
今なら分かる、美紀が言っていたことが。
その人のことしか考えられなくなって、無性に会いたくなったり触りたくなったりする。そばにいたくて、もっと一緒にいたい。
ああ私、
トシのことが好きなんだ。


「あいたいよ…っ」


せっかく、やっと、この気持ちに気づけたのに、伝えられないだなんて。会いたいのに、会えないだなんて。


「行っておいで、理御」


顔を上げると、お父様が柔らかく微笑んでいた。


「ごめんな、理御。縛るつもりはなかったんだ。…私達はもう一度理御から居場所を奪おうとしていたんだな」

「理御の居場所は、帰るべき場所は…真選組になっていたのね。ごめんね、もう十分よ。ありがとう理御」


お母様までそう言う。あたしの涙をタオルで拭いながら鼻を啜り、笑った。
お母様とお父様が送り出してくれるなら、私はもう迷わない。大きく頷いて、立ち上がり、玄関へ走る。早く、早くと自分を急かしながら、扉を開ける。そして庭から出ると、


「理御っ!!」


幻覚かと思った。好きすぎてついに、まぼろしまで見たかと。だって、こんなところにいるはずない。あたしが会いに行こうとしてたのに、なのにいるわけない、のに。そう思っていながらも立ち止まらない足が動いて、あちらもあたしの元へ走って来て。そして、抱きしめられた。あたしも背中に手を回して、しっかりと、離さないように。


「トシ…っ、だよね…!?」

「ああ、会いに来ちまった」

「どうやって、ここが分かったの?住所なんて言ってないよ」

「警察舐めんなよ、やろうと思えばすぐわかった」


それよりも、とトシが肩を持って離す。近距離で見上げるトシの額にはじわりと汗が滲んでいて、急いで来たということがすぐに分かった。


「理御、俺___」

「あたし、トシがすき」


あたしの口がトシの言葉を遮って言う。止まらなかった。溢れる想いを言わなきゃ言わなきゃと思うあまり、つい。トシは拍子抜けしたようにきょとんとして、数秒たってから顔を背けた。その耳は赤い。


「ってめ…俺が今から言おうとしてたのに先に言いやがって…ここは男から言うモンだろ」

「え、それって____」


トシは不服そうにじろりと睨んで、今度はトシがあたしの言葉を遮った。口にトシの唇が触れて、塞がれて。ゆっくり離れて行く顔を見つめていた。


「愛してる。もう離さねェ」


宝物を扱うように優しく抱きしめられる。幸せすぎて、嬉しすぎてどうにかなりそうだ。きっと、言葉はいらない。頷くだけでいい。こくりと頷いて、背中に回した腕に力をこめた。ぶわりと溢れる涙が視界を揺らしても、見える世界は鮮やかに色づいて見える。
声が震えるのを感じながら、つぶやいた。


「私、真選組に帰って来てもいい…?」

「元からそのつもりだ」


お母様、お父様。ごめんね、ありがとう。短い間だったけれど楽しかったよ。いってきます。どうか見守ってて。あたしはあたしのやり方で、幸せを掴んでみせるよ。
心の中でそう言って、トシの胸に顔を押し付けた。






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