下した決断
痛く。
ない。


「………ッ!!!?」


がばっと起き上がろうとする。でも、起き上がれなかった。それはなぜか。体に何かがのしかかり、重かったからだ。
それは何か。
そんなの、考えなくても分かっていた。


「何…してるの…!!!」


なんとか這い上がったあたしの目に飛び込んで来たのは、重なるように倒れたお母様とお父様だった。血だらけの体にひっ、と息をのむ。
助けてくれたのだ、二人は。自分の体がどうなってでも、あたしを守るために。折り重なるように覆って。


「返事…してよ!!ねえっ!」


助けたのに!!助けたのにっ!!最後の最後であたしが助けられてしまったなんて!ぼろぼろとこぼれる涙。すると二人の体がぴくりと動いた。


「……りおん…」


ホッとするのもつかの間、ゴホッと咳き込んでゼエゼエと辛そうに息をしている。
死んでしまうの?
さあっと血の気が引いて行く。


「お母様っ!お父様っ!いかないで!!あたし…!!」


うずくまるあたしにお母様が手をのばした。


「最後に…親らしいことを…して、あげられた…」


最後に?最後って…何?やだよ、やだ!!
爆弾は小規模だったらしく、被害はここだけ。小規模のかわりに強力な爆弾だったのだ。


「あたしね…っ、あんな態度とったけど…っ!」

「ああ、」


弱々しく相槌を打つお父様。
お母様とお父様が真選組を訪ねて来たとき、あたしはすごくぶっきらぼうで二人を憎んでいる、そんな態度をとったけど。本当は違うんだ。
ぼろっと大粒の涙がこぼれた。


「嬉しかったの……!!もう一度会えて嬉しかった!!大好きだったお母様とお父様に、もう一度理御って呼んでもらえて、本当に嬉しかったの……っ」


だから、いかないで。
せっかく会えたのに。


「死なないさ、理御を置いては死なないさ」


お父様はそう言って笑う。お母様がもぞもぞと動いた。


「理御、これ…」


お母様が何かを私に渡す。きれいな包装がしてある袋だ。おそるおそる開けると、綺麗なかんざしだった。


「あげるわ、あなたに、きっと似合う」


言葉を紡いでにっこりと笑うお母様。かんざしを見つめる。おみやげ、そういえば、買ってくれるって言っていた。再びお母様を見ると、目を閉じていた。


「いやああああああ!!」



そのとき、誰かに抱きすくめられた。


「っ理御、落ち着け!大丈夫だ、まだ息がある。救急車が来た。大丈夫だから」


目を見開く。トシが、私を強く抱きしめていた。いつもの匂いに包まれて、途端に心が落ち着いて行く。涙は止まらないけど、ぎゅうううっと力いっぱいしがみつく。


「生きてる…よね…?大丈夫だよ、ね……」

「大丈夫だ。俺を信じろ、理御」


力強いトシの言葉に、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔で大きく頷いた。


*


病院に運ばれたお母様とお父様のことが気になってしょうがなくて、あたしは屯所に戻らず、そのまま病院に直行した。トシや近藤さんがついてくると言っていたけど、断って、あたしだけで。
あたし自身もかなり傷を負っていたので、治療を受けて。落ち着かなくてうろうろしていたところ、目を覚ましたと知らされた。


「お母様、お父様!」


部屋に駆け込む。包帯が痛々しいけれど、穏やかな表情で手を振った。


「理御、あなた、大丈夫?たくさん包帯して…」

「お母様の方が重傷だからね?」

「心配かけたな。私達は大丈夫だよ」

「……よかった」


ぎゅ、とお母様に無理矢理抱きつく。ああ、懐かしい匂い。ぬくもりを堪能してから、お父様にも抱きついた。


「よかった、生きてて。本当に」

「理御も」


鼻をすする。ぐいっと滲む涙をぬぐった。


「お母様、お父様。あたし、」


ずっと、考えてた。二人が目を覚ますまで。でも、今、決めた。二人の温かみをもう一度感じて、気持ちが定まった。
ぬぐったはずの涙が頬を伝う。


「一緒に、住もう。もう一度、ゼロから。家族になろう、お母様、お父様」


もう二度と、両親を失いたくないから。もう一度、懐かしいあのぬくもりを感じたいから。
たとえ、もう一つの"家族"を捨ててでも。


「あたしを娘にしてください」


震える声で口にした"願い"。あたしを、両親は泣きながらもちろんだと言って抱きしめてくれた。


病室から出ると、トシが壁に寄りかかっていた。


「…トシ」

「迎えに来た。帰るだろ」

「うん、ありがと」


いつ来たんだろう。泣き声とかやり直そうって話、聞こえたのだろうか。いや、きっとトシには聞こえていない。
だったら言わなきゃ。
歩き出すトシの隊服の端をきゅっと握る。トシは少し驚いたようにあたしを見た。


「…なんだ?」

「…あたし、」


ずきんと胸が痛む、でも言わなきゃ。


「やり直すことにした。お母様とお父様のところへ行く」


トシは目を見開いて固まる。沈黙が痛くて、俯く。


「…行く、のか」

「う、ん」

「じゃあ…真選組は、やめるんだな」


ぎゅっと固く目をつぶってゆっくり頷く。トシの表情はわからないけど、声は動揺を隠せていない。
怒るだろうか。薄情だと、裏切り者だと、あの時の恩はどうしたんだと。
体に力を入れていると、トシは予想に反して、あたしの頭をぽんぽんと撫でた。


「…そうか。分かった。近藤さんにも言わねェとな」

「…トシ…」


止めないの?怒らないの?揺れるあたしの瞳を見て察したトシがぐりぐりと頭を混ぜる。


「理御の好きなようにしたらいい。俺たちは誰も反対なんかしねェよ。…理御には幸せになってもらいてェから」


そう言うトシの声が優しくて、手が優しくて。髪の毛がぐしゃぐしゃになったのは気にしない。優しく腕を引かれて、ぽすっとトシの腕の中に収まる。トシは言い聞かせるように言う。


「……ありがとな、理御。真選組の副長補佐、やってくれてよ。男ばっかの中女一人だったし、たくさん痛い思いさせた。たくさん斬らせて、罪を背負わせた。それでも真選組にいてくれて、俺たちを、俺を支えてくれて」


涙が溢れて止まらなかった。どんどん溢れて流れて、トシの隊服が濡れてしまうからと思ってぐいっと胸板を押すが、びくともしない。


「いつも感謝してた。だから、理御がやっと幸せを取り戻せるなら、笑って送り出す」


だから、行って来い。そう言ったトシの声はほんの少し涙声で、いっそう泣けてしまって、返事が出来ずにただ頷いた。
もしかしたら、やはり、ここで聞いていたのかもしれない。あたしとお母様とお父様の話を。なんとなく、そんな気がした。
背中に腕を回して力を込める。


「あの、ここ病院なんで。いちゃつくのはやめてもらえます?」


いつのまにか二、三人の看護婦さんに見られていて、注意されてハッとして離れた。







下した決断

(か、帰ろっか、トシ)
(んなツラで帰れねェだろ。涙くらい拭いとけ)
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