無慈悲なる終焉
どうしてこうなってしまったのだろうか。
客をロビーに全員集められ、身動きが取れないよう、何人もまとめてぐるぐるに縛られているこの状況。身をよじれば隣の人にぶつかるし、縄から抜けられたとしても監視の目から抜け出すことは不可能だ。ぎらりと刀が光を反射した。ぞくり、と寒気が襲う。


「…」

「大丈夫か」


こそっと声をかけてくれる夫。こくりと頷いた。
これが、報い、なのかしら。
理御を捨てた身でありながら、もう一度、なんて考えてしまった、報い。
せっかく買った理御へのおみやげも、無駄だったかしらね…。懐にある、小さな贈り物に視線を落とす。
泣いている子供の声や、すすり泣く人の声が聞こえる。
こんな状況、涙も出ないわ。
でも、諦めない。すぐに助けが来るはず。夫もいる。怖くなんてない。


「フウ、これで人質は全員か?」

「ああ…おいてめえら、もう一度良く確認しておけ!ちゃんと縄をきつく結べ」

「了解」


窮屈で呻く私達を見下ろして、嗤う男。その手には黒く光る球体がある。なんなのだろうか、と思っていると、男はそれを掲げて言った。


「見ろ、これは爆弾だ!大人しくしてねェとドカンだぜ。ああ、もし警察が来てもドカンだな。助けは来れねえだろうよ」


ひっ、と息を呑む音がいくつも聞こえた。体が震え出す。ついに隣の人までが泣き出した。


「くっくっく…順調すぎて笑えて来るぜ」

「今夜は良い酒が飲めそうだな」


男達は金が目的らしく、レジなどから奪った金を数えては笑い、そんな会話をしている。


「なあ、終わったら一杯やろうぜ」

「金はあることだしな」


いつ出られるのだろうか。早く出て、理御に会いたい。少しでも気持ちを落ち着けるため、聞きたくもない会話を聞きながら、目をつぶる。


「ああ、それはいいな。とっておきの場所を知ってるんだが」

「なんだって?どこだそりゃ」


「牢屋の中よゴロツキどもっ!!!」


ものすごい粉砕音と男達の悲鳴と雄叫びが混ざって、鼓膜を劈いた。
ばっと目を開ける。だってその声は、


「御用改めである!!痛い目にあいたくないなら今すぐ降伏しなさい!!これは忠告よ!」


理御…!!
男達と同じ服装をしていた理御が、ばっと服を脱いで真選組の姿になって刀を持って立っていた。変装して紛れていたのだろう。現れた救世主にどよめきが起こる。しかし、男達がぎろりと睨んで来たので、すぐに黙る。


「真選組かっ!?」

「こいつ…あの副長補佐だ!」

「一人か!?」


焦りを見せる男達。顔を見合わせ、さっきまでの余裕はない。


「みんなすぐ来る。今のうちに降参しておいたほうが身のためだと思うけど」


ということは、一人で来たの!?あの子なんて無茶を…!危なすぎるわ!
それを聞いた、倒れていた男が起き上がりながらニヤリとする。


「女が一人で乗り込んで来ても何も怖くねェなあ…!野郎ども!応援がくる前に、こいつも人質として捕獲しろ!良い切り札になる!」


男達は途端にニヤニヤしだして、刀やらナイフやらを構える。
理御…。ごくりとつばをのむ。理御を信じるしかない。だって、理御はあんなにも、動揺せずどんと構えているのだから。私たちが信じなくてどうするの。
理御は真剣な面持ちでそれを見ていたが、ふと人質を見て微笑んだ。視線はあわないが、顔が見れてほっとする。


「今助けますから、少し待っていてください。大丈夫です、必ず助けます。出来れば、目を閉じていてくださると助かります」

「…!」


言われるままに目を閉じる。凛とした理御の声が聞こえる。


「容赦しないからね。あたしは今怒ってるんだから」


理御の声からは苛立ちが感じられる。理御が怒っている。明らかに怒りを含んだ声だ。


「ほぉ?くっくっく、女一人でこの人数相手に何が出来る」


男達が小さく笑う。チャキ、と刀を動かす音がした。


「全員しょっぴく!!」


理御が力強く床を蹴った。


*


男達を次々打ちのめしながら、汗を垂らす。
正直、一人でこの量はキツい。本当は、維持など張っている場合ではない。かなりピンチだ。
でも、それでも。やらなきゃ。あたしの大切な人まで人質にされているんだから。許しておけない、全員この場でしょっぴいてやる…!
襲いかかるたくさんの刃をすり抜けながら、無我夢中で刀を振るう。時には回し蹴りを繰り出し、相手の隙をついて刀を振り下ろす。


「ぐあっ!!」

「っくそ、なんだこの女…!」

「おらああ!!」


向かって来た男のみぞおちを蹴り、落とした何本ものナイフを拾う。


「ナイフか、使えそうね!」


クナイのように投げると、命中。相手がうめいて崩れ落ちた。



時間と共に増える、倒れ伏す男達とあたしに出来る傷。
まだ敵はいるが、あちらがあたしから距離を取ったので、少しだけ休もうとがくりと膝をつく。一度乱れる呼吸を整える。
腹を斬られた、腕も足も。痛い、とても痛い。でも、まだ、まだいける。大丈夫だ。やれる。もう少し踏ん張れば、みんなが来てくれるはず。


「おい女、見ろ!!」


ふと顔をあげると、男は手に何か黒く丸いものを掲げていた。
あれは…何?


「これは爆弾だ!それ以上動くとドカンだぞ。こいつらがどうなってもいいのか!?」


目をつぶっていろと言った人質の人々は、男の発言を聞いてさすがに目を開き、恐怖におののいている。男は汗を垂らしながらもニヤリと笑う。策を考えようと思考を巡らせるが良い考えが思い浮かばず、ぐ、と下唇を噛む。


「…卑怯よ…」

「人質はこうやって使うんだよ」


そう言いながら、球体を弄るふりをする。くそ、何か…何か手は…!痛む手で刀を握りしめる。
すると、男の首に刀の刃が当てられた。


「そこまでだ」

「……………遅いよ」

「悪ィ、遅れた」


本当、遅い。待ちくたびれた。
一気に安堵して、へなへなと力が抜ける。尻をついて、刀から手を離した。


「御用改めであるゥゥーッ!真選組だァァ!!」

「「おおおおおっ!!」」


近藤さん率いる真選組がやっと到着した。
こうなればもう決着はついたも同然。すぐに男達は取り押さえられ、あっという間に縄で縛られた。
よか、った…。
心底安心してへたり込んでいると、トシに手を差し伸べられた。


「無事か」

「なんとか」

「ったく、また傷ばっか増やしやがって…嫁入り前だろうが」

「嫁入り前って」


立ち上がりながらぷっ、と小さく笑うと、笑うな、と小突かれた。だって、母親みたいなこと言うから。
…母親?
はっとして、駆け出す。ザキ達が人質の人々を解放し、散り散りになった人々の中に、二人が立っていた。


「お母様っ!お父様っ!!」


勢い良く抱きつくと、二人は驚きながらも受け止めて、背中を撫でてくれた。


「無事で良かったっ…!」

「…ありがとうね、助かったわ」

「理御も無事で良かった」


ぎゅっとしがみつく。本当に、本当に心配した。もう会えないかと思った。


「お父様、お母様、あたし____」


そのとき、足に何かがぶつかった。視線を落とすと見覚えのある黒い球体が足元に転がっていた。カチリカチリとやけに響く音が聞こえる。


「…………………ぇ」


これ、は、


「理御っ!!!!」


ドゴォォオオン!!







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