その日を境に、理御は変わった。
たまに訪れる両親を見つけると、受け入れはしないものの、拒むこともせず、多少の会話をする。あんなにも拒絶していたのに、どういう心境の変化なのだろうか。俺が与えた見廻りの間に、何があったというのだろうか。
そう思いつつ、副長室で書類に書き込む理御を見る。
ほぼ無意識的に指が理御のさらさらした綺麗な髪を一房すくう。きょとんと不思議そうに俺を見上げて来た。慌てて髪から手を離しながら、冷静を繕う。そして、ここ最近思っていたことを聞いてみた。
「これから、どうすんだ」
「何が?」
「…親と、暮らすのかって事だ」
ああ、そのことね。と理御は筆を置いて伸びをした。
「暮らさないわよ、だってまだ許してないし。真選組が今のあたしにとっての家族だもん。やり直そうなんて思ってない」
そう言いつつ、目が迷いを帯びていた。複雑な気持ちだ。そうか、とだけ言って、また仕事を再会した。
休憩がてら一服していると、女中の美紀が俺を呼んだ。珍しいなと思って近寄ると、美紀は泣きたいような怒っているような表情で俺を見た。
「またご両親が来てます」
「…そうか」
「多分、理御、揺れてます。迷ってます」
真選組と両親と天秤にかけて。まだ真選組に傾いているが、もしかしたら、両親の方に傾く可能性もあるかもしれない。
「副長は、理御がここを出て行っても良いんですか?」
良い訳ねェだろうが。でも、これが最善なんだ。
「…あいつにとって、両親とまた家族になるのが、幸せだ。だから、理御次第だ。理御の決断に従う」
あいつの幸せを思えば。
俺達が引き止めちゃいけないんじゃねェかと、そう思う。
美紀は目を伏せて、それはそうかもしれませんが、と呟いた。
「私は、行って欲しくないです。ご両親は理御にひどいことをしたそうですし、何より、理御が好きなので離れたくないです。副長は…副長は、理御のこと、好きじゃないんですか」
俺が黙っていると、手をがっと掴んだ。その顔はくしゃ、と今にも泣きそうに歪められていた。
「理御、行っちゃうんですか…?」
懇願のようなそれにも、わからねェ、と答えるしかなかった。
*
朝の稽古が終わり、外の空気を吸うため外に出ると、総悟もついて来た。
「あー疲れたっ」
「そーだねィ。…あ、あれ」
総悟が指差す方に、お母様とお父様の姿が見えて、そっちへ行った。
「おはよう理御!それと、沖田さん、よね?」
「…おはよ、お母様、お父様」
「おはよう。稽古か?頑張っているね」
二人は、なんだかいつもよりおしゃれ、というか。素朴ないつもの服装よりこころなしおめかししているように見えた。どうしたのかと聞くと、お母様は嬉しそうに答えた。
「今日はね、大江戸デパートに行くのよ」
「大江戸デパート…」
この江戸でも有数の大きなデパート。だから柄にもなく張り切っているのか。
「買うものもあるしな、せっかくだし楽しもうかと思ってな」
「理御も来る?なんなら沖田さんもいかが?」
「いや、あたしは仕事あるから。二人で楽しんで来たら?」
なんだかぶっきらぼうな言い方になったかな、と思いつつそう言うと、あまり気にしていない様子でじゃあそうするわ、と笑った。すると、脇腹にごすっと総悟の肘が刺さる。いたいんだけど、とじろりと見れば、腕を引っ張られてお母様達と距離を取って、小さな声で言われた。
「行って来ればいいじゃねェか。親子水入らずで」
「え…なんでよ。いいよ、やだ」
「土方さんには俺が上手く言っておいてやりまさァ」
「いいって、余計なお世話!」
ぐい、と総悟を押す。どうしたの二人とも?というお母様の声でその話は終わった。余計なお世話なのよ、あたしはまだそこまで気を許した訳じゃないんだから。
仲が良いのね、微笑ましいわ、と笑うお母様。総悟がいえそんな、と言いながらさりげなく放った肘がまた脇腹にヒットした。痛い。
そろそろ行くかとお父様がお母様を促す。
「いってくるわね、理御」
「おみやげ買って来るからな」
去ろうとする二人。見送ろうと手を振る。
「…理御?」
「…………あ、」
気がつけば、お父様の腕を掴んでいた。不思議そうに振り向いたお父様と目が合う。ど…どうしたんだろう、あたし。慌てて離して、手を後ろで組む。
「いってらっしゃい」
ざわつく胸を気のせいにして、離れゆく背中を見つめていた。
*
「こっち終わったわ、トシ」
「ああ、じゃあ次これ頼む」
「うん。確認よろしく」
今日はわりと書類が少ない。午後になった今では、もう少しがんばれば終わりそうだ。早めに終わったら、あたしも大江戸デパートに行こうかな、なんて考える。冗談だけど。サボっちゃだめね。書類をパラパラとめくり、筆をとる。
「理御」
「ん?」
トシから声をかけられ、顔をあげる。トシは口を開きかけ、しかしすぐにばつが悪そうに視線を逸らして口を閉じた。
「…いや、いい」
「なに?気になる」
言ってよ、と言うと、難しい顔をしてから、ようやくあたしを見て口を開いた。
「………俺は、」
「副長っ!!」
ばんっ、とふすまが勢い良く開く。息を荒げたザキだった。何かあったのだろうか。筆を置いてザキを見る。トシが小さく舌打ちをした。
「副長…大変です!」
「どうした山崎」
ザキの様子がおかしい。トシが眉間にしわを作り、反射的に刀を掴む。あたしの刀もトシの刀の近くに置いていたので、手を伸ばすと取って渡してくれた。ザキは一呼吸だけ置くと、一息に言った。
「事件です…!!詳しいことは説明するので、早く来てください!!」
トシと顔を見合わせて、すぐに立ち上がる。上着を素早く羽織って、刀を腰に、それから髪を束ねながら、先を急いだ。
「説明を頼む」
近藤さんがザキに言う。ザキはこくりと頷き、説明を待つあたし達にかいつまんで話し始めた。
「攘夷志士ではないと思われますが、強盗団がついさっき、大江戸デパートにたくさんの客を人質に立て籠もったそうです!身代金を用意せよと言っていて、それで数は___」
焦りを見せて説明するザキの言葉は途中から耳に入って来なかった。
大江戸…デパート?それってたしか、お母様とお父様が…。
朝の情景が脳裏をよぎった。
『今日はね、大江戸デパートに行くのよ』
『おみやげ買って来るからな』
ま…まさか、
立ち上がりかけて、ハッとする。いや、駄目だ。一人で行かないで、みんなと行ったほうがいい。冷静になれ、理御。お母様とお父様は、もうあたしの親じゃないんだから。ただ、あたしは一般人を解放しないといけないから、そのためにやるんだ。
でも、
「…………っ!!」
立ち上がって駆け出した。全速力で一目散に、大江戸デパートへ。もつれそうになる足を必死に動かし、街を駆け抜ける。ぐっと下唇を噛む。
助けなきゃ。あたしのお母様とお父様を。
助けなきゃ!
最悪の事態
(胸騒ぎがしてたんだ、)
(あのとき手を離さなければ)
たまに訪れる両親を見つけると、受け入れはしないものの、拒むこともせず、多少の会話をする。あんなにも拒絶していたのに、どういう心境の変化なのだろうか。俺が与えた見廻りの間に、何があったというのだろうか。
そう思いつつ、副長室で書類に書き込む理御を見る。
ほぼ無意識的に指が理御のさらさらした綺麗な髪を一房すくう。きょとんと不思議そうに俺を見上げて来た。慌てて髪から手を離しながら、冷静を繕う。そして、ここ最近思っていたことを聞いてみた。
「これから、どうすんだ」
「何が?」
「…親と、暮らすのかって事だ」
ああ、そのことね。と理御は筆を置いて伸びをした。
「暮らさないわよ、だってまだ許してないし。真選組が今のあたしにとっての家族だもん。やり直そうなんて思ってない」
そう言いつつ、目が迷いを帯びていた。複雑な気持ちだ。そうか、とだけ言って、また仕事を再会した。
休憩がてら一服していると、女中の美紀が俺を呼んだ。珍しいなと思って近寄ると、美紀は泣きたいような怒っているような表情で俺を見た。
「またご両親が来てます」
「…そうか」
「多分、理御、揺れてます。迷ってます」
真選組と両親と天秤にかけて。まだ真選組に傾いているが、もしかしたら、両親の方に傾く可能性もあるかもしれない。
「副長は、理御がここを出て行っても良いんですか?」
良い訳ねェだろうが。でも、これが最善なんだ。
「…あいつにとって、両親とまた家族になるのが、幸せだ。だから、理御次第だ。理御の決断に従う」
あいつの幸せを思えば。
俺達が引き止めちゃいけないんじゃねェかと、そう思う。
美紀は目を伏せて、それはそうかもしれませんが、と呟いた。
「私は、行って欲しくないです。ご両親は理御にひどいことをしたそうですし、何より、理御が好きなので離れたくないです。副長は…副長は、理御のこと、好きじゃないんですか」
俺が黙っていると、手をがっと掴んだ。その顔はくしゃ、と今にも泣きそうに歪められていた。
「理御、行っちゃうんですか…?」
懇願のようなそれにも、わからねェ、と答えるしかなかった。
*
朝の稽古が終わり、外の空気を吸うため外に出ると、総悟もついて来た。
「あー疲れたっ」
「そーだねィ。…あ、あれ」
総悟が指差す方に、お母様とお父様の姿が見えて、そっちへ行った。
「おはよう理御!それと、沖田さん、よね?」
「…おはよ、お母様、お父様」
「おはよう。稽古か?頑張っているね」
二人は、なんだかいつもよりおしゃれ、というか。素朴ないつもの服装よりこころなしおめかししているように見えた。どうしたのかと聞くと、お母様は嬉しそうに答えた。
「今日はね、大江戸デパートに行くのよ」
「大江戸デパート…」
この江戸でも有数の大きなデパート。だから柄にもなく張り切っているのか。
「買うものもあるしな、せっかくだし楽しもうかと思ってな」
「理御も来る?なんなら沖田さんもいかが?」
「いや、あたしは仕事あるから。二人で楽しんで来たら?」
なんだかぶっきらぼうな言い方になったかな、と思いつつそう言うと、あまり気にしていない様子でじゃあそうするわ、と笑った。すると、脇腹にごすっと総悟の肘が刺さる。いたいんだけど、とじろりと見れば、腕を引っ張られてお母様達と距離を取って、小さな声で言われた。
「行って来ればいいじゃねェか。親子水入らずで」
「え…なんでよ。いいよ、やだ」
「土方さんには俺が上手く言っておいてやりまさァ」
「いいって、余計なお世話!」
ぐい、と総悟を押す。どうしたの二人とも?というお母様の声でその話は終わった。余計なお世話なのよ、あたしはまだそこまで気を許した訳じゃないんだから。
仲が良いのね、微笑ましいわ、と笑うお母様。総悟がいえそんな、と言いながらさりげなく放った肘がまた脇腹にヒットした。痛い。
そろそろ行くかとお父様がお母様を促す。
「いってくるわね、理御」
「おみやげ買って来るからな」
去ろうとする二人。見送ろうと手を振る。
「…理御?」
「…………あ、」
気がつけば、お父様の腕を掴んでいた。不思議そうに振り向いたお父様と目が合う。ど…どうしたんだろう、あたし。慌てて離して、手を後ろで組む。
「いってらっしゃい」
ざわつく胸を気のせいにして、離れゆく背中を見つめていた。
*
「こっち終わったわ、トシ」
「ああ、じゃあ次これ頼む」
「うん。確認よろしく」
今日はわりと書類が少ない。午後になった今では、もう少しがんばれば終わりそうだ。早めに終わったら、あたしも大江戸デパートに行こうかな、なんて考える。冗談だけど。サボっちゃだめね。書類をパラパラとめくり、筆をとる。
「理御」
「ん?」
トシから声をかけられ、顔をあげる。トシは口を開きかけ、しかしすぐにばつが悪そうに視線を逸らして口を閉じた。
「…いや、いい」
「なに?気になる」
言ってよ、と言うと、難しい顔をしてから、ようやくあたしを見て口を開いた。
「………俺は、」
「副長っ!!」
ばんっ、とふすまが勢い良く開く。息を荒げたザキだった。何かあったのだろうか。筆を置いてザキを見る。トシが小さく舌打ちをした。
「副長…大変です!」
「どうした山崎」
ザキの様子がおかしい。トシが眉間にしわを作り、反射的に刀を掴む。あたしの刀もトシの刀の近くに置いていたので、手を伸ばすと取って渡してくれた。ザキは一呼吸だけ置くと、一息に言った。
「事件です…!!詳しいことは説明するので、早く来てください!!」
トシと顔を見合わせて、すぐに立ち上がる。上着を素早く羽織って、刀を腰に、それから髪を束ねながら、先を急いだ。
「説明を頼む」
近藤さんがザキに言う。ザキはこくりと頷き、説明を待つあたし達にかいつまんで話し始めた。
「攘夷志士ではないと思われますが、強盗団がついさっき、大江戸デパートにたくさんの客を人質に立て籠もったそうです!身代金を用意せよと言っていて、それで数は___」
焦りを見せて説明するザキの言葉は途中から耳に入って来なかった。
大江戸…デパート?それってたしか、お母様とお父様が…。
朝の情景が脳裏をよぎった。
『今日はね、大江戸デパートに行くのよ』
『おみやげ買って来るからな』
ま…まさか、
立ち上がりかけて、ハッとする。いや、駄目だ。一人で行かないで、みんなと行ったほうがいい。冷静になれ、理御。お母様とお父様は、もうあたしの親じゃないんだから。ただ、あたしは一般人を解放しないといけないから、そのためにやるんだ。
でも、
「…………っ!!」
立ち上がって駆け出した。全速力で一目散に、大江戸デパートへ。もつれそうになる足を必死に動かし、街を駆け抜ける。ぐっと下唇を噛む。
助けなきゃ。あたしのお母様とお父様を。
助けなきゃ!
最悪の事態
(胸騒ぎがしてたんだ、)
(あのとき手を離さなければ)