手は届くはずだから
「で。何があったの。銀さんに話してみなさい」

「な…何もない」

「何もないわけねーだろうが。泣いてたろ」


所変わってとあるファミレス。銀さんに半ば無理矢理連れ込まれ、事情聴取されている。
おごってもらったオレンジジュースをストローで吸い、ちらりと銀さんを見上げる。銀さんはというと、オーダーしたチョコパフェの長いスプーンをあたしに向けている。


「放っておけるわけねーだろ、目の前で理御が泣いてたんだからよ。さあ言え、今言え」


…よく考えれば、銀さんはあたしの事情を知っているのだった。監禁された時にパニックになったあたしを知っているし、この前も助けてくれたし。それに、誰かに相談してみるのも良いかもしれない。そう思い、ゆっくりと顔を上げた。

「実は___」





「そうか」


全てを聞いた銀さんは、軽く流すでもなく、励ますでもなく、ただ受け止めて、頷いた。それがなぜか安心できた。


「理御、お前の気持ちは俺はわかんねェ。お前にしかわかんねェ。だから、てめーのやりたいようにやりゃあいい」


親に歩み寄るのかどうかも、親と暮らすかどうかも。
飲み干したグラスの中の氷が、カランと音をたてた。


「自分がどうしたいのかわかんない?ちげェだろ。真選組と親とで板ばさみになって、無意識にリミッターかけてんだよ。お前本当は、親と会えて、親にそんなこと言われて嬉しいんだろ?」

「…」


再会したときは。びっくりして、怖くて、恐くて、逃げた。でも、心のどこかで、ずっと残ってたわだかまりが、放置して忘れかけてたしこりが、疼き始めたのを感じていた。
そして、会って、話して。泣き崩れたとき。何かが溶ける音がした。水晶のように硬くて固くて痛かった何かの、尖った先端が、折れた気がした。
そっか、あたしは。
嬉しかったのか。


「本当はどうしたいのか、分かってんだろ」

「どう…したいのか」


銀さんはあたしの頭に手を置いて、ゆっくりと撫でた。


「本当に大事なものは、失ってから気づく。失ってからじゃ、遅い。手が届くうちに、掴んどけ。お前の手は、まだ届く。今なら、届くから」


銀さんの手のあたたかみとか、撫で方とか、言葉とか。全部が、体に染み渡って行く。何かがみるみる溶けていく気がするのと同時に、ほろりと涙が溢れた。


「オイオイ、泣いてんですか?俺が泣かせたのこれ?そんなことになったら、俺そちらの副長にシメられるんですけどー」


ぽんぽんと頭を優しく叩かれる。ぐい、と涙を拭ってくすりと笑った。


「泣いてないよ、大丈夫」

「ほんとかァ?しっかりしてくださいよ理御さん」

「はいはい」


通りすがった店員さんにジュースのおかわりを頼む。それに乗じて銀さんは二つめのパフェを頼んだ。


「ありがとうね、銀さん」

「礼ならいらねェから、パフェ代払ってくんね?」

「うわー台無し」


何はともあれ、銀さんに相談してよかった。パフェ代は払ってあげないけど。



幾分かすっきりして屯所に帰る途中、お母様とお父様に会った。手には地図。江戸を観光すると言っていたか。二人は笑顔でまた話しかけて来る。あたしはあんなに無視したのに、めげないな。


「理御!お仕事だったのかしら?お疲れ様」

「江戸はにぎやかだな。京に負けないくらい賑わっている」


反射的に後ずさりしかけたところをふんばる。銀さんの言葉を思い出し、一呼吸置いてからすっと指をさした。


「ここをまっすぐ」

「…?」

「美味しい甘味処があるわ。行ってみたら?」

「!」


すると、ぱあっと顔を輝かせる。緊張しながら反応を待っていたけど、一気に緊張がほぐれた気がする。


「ありがとう、行きましょうあなた!」

「さっそく行ってみるよ。ありがとう理御」


嬉しそうにしながら手を振って歩き出す。その姿を見送って、ふうと息を吐く。まだ、全然許したわけじゃない。お母様もお父様も嫌いだ。
でも、でも、少しだけ。
歩み寄ってもいいのかもしれない、と考えた。







手は届くはずだから

(もう二度と失わないように)
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