涙の跡
「お…はようございます、理御さん」

「…………………」

「理御さん?」

「……あ、ごめん、ザキの存在に気がつかなくて。おはよう」

「さりげなく辛辣!?」


ザキに声をかけられたのに気づくのが遅れて、はっとする。あ、そっか、あたし食堂にいたのか。朝ごはん、早く食べないと。
朝食待ちの列に並ぶ。談笑していた隊士達が急に黙々と食べ出したり、列の前を譲ろうとしたり、いつもよりたくさんあいさつをして来たり。みんなが気を使っているのが分かる。
気にしなくていいのに。
昨日のことなら。

昨日、泣き尽くしたあたしは、部屋に戻ってすぐさま寝た。戻る最中、総悟の添い寝の申し出があったり、隊士達から心配されたり励まされたりしたけど、ありがとうとお礼を言って眠りについた。

そして今日の朝だ。泣き腫らした目を水で冷やしてなんとか見れるまでにして、食堂に来たのはいいけど、ぼーっとしていたようだ。
美紀から朝食を受け取る。


「理御、はい」

「ありがと」


美紀は昨日騒ぎを聞きつけるなり、あたしの元へ駆けつけた。眠る直前、部屋に駆け込んで来たのにはびっくりしたけど、まるで自分のことのように泣いてくれて嬉しかった。

さあ、食べよう。と箸を手にとったたけど、なんだか食欲がわかない。美紀に怒られちゃうし食べなくちゃと思ってご飯を一口含むけど、その一口でもう十分、というくらいだった。箸をゆっくりと置くと、向かいにトシが朝食を持って座った。


「食わねェのか」

「あ、うん…なんか、食欲わかなくて」


苦笑すると、トシはそうかと相槌を打った。


「お前、今日は外出て、空気吸って来い」


急にそう言われてぱちくりと瞬きを繰り返す。味噌汁を啜ったトシがあたしを見る。


「そんなのいらないよ、仕事あるし」

「何言ってんだ、別に休みじゃねーからな。見廻りだ見廻り」

「…」


トシなりに気を使ってくれてるのだろう。じゃあ、お言葉に甘えようかな。ありがとうと笑うと、トシはまた味噌汁に口をつけながら礼言われるようなことはしてねェよと言った。優しいんだから。

屯所から出ると、お母様とお父様がちょうど訪ねて来たところだった。


「あ、理御!」


お母様が手を振って、来る。あたしは思わず身構えた。まさかこんな朝から会うなんて、微塵も思っていなかった。


「おはよう、理御。昨日ぶりね」


嬉しそうなお母様。一歩後ずさる。すると、お父様も近寄って微笑んで言った。


「理御、昨日のこと、考えてくれたか?ああ、言わないでいい。返事は急がないから、じっくり考えてくれ」

「…っ」

「そうそう、理御。私達、江戸は久しぶりなのよ。観光したいのだけど、案内してくれないかしら?」


あたしは思わず駆け出した。何も言わずに。引き止める声が聞こえたけれど、足が勝手に動いた。ある程度走ってから、立ち止まる。
逃げてしまった。
どう接すればいいのかわからなくて。
お母様達は、昔のようになるために、一緒に住む事を申し出たり、話しかけたりしている。お母様達なりの努力をしているのだ。でも、それをどう受け止めればいいのか、わからない。
許せない気持ちはある。だからといって、無視はしたくない。でも、仲良く話すのも、何か違うと思うのだ。自分の気持ちさえもよくわからない。あたしはどうしたいんだろう。
あたしは深いため息を吐いて、涙がぽとりと一粒落ちて、地面にしみを作ったのを見ていた。


「理御じゃん、何してんのこんな所で」


聞き慣れた声に顔を上げると、銀さんが目の前に立っていた。







涙の跡

(え、おま、泣いてんのか?)
(な、泣いてない!)
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