ひどく優しい悲劇
しん、と静まり返る応接室。
近藤さんとトシがあたしの隣に、そして向かい側にお母様とお父様が座っている。みんな黙り込んで異様な空気が漂う。時計の秒針が時を刻む音がやけに響いてうるさい。
しばらくして、あたしは視線を向けずに下を向いたまま呟いた。


「いまごろ何しに来たの」


自分でも、こんなに低い声が出せたのかと驚くほど、低く、冷たい声が出た。


「…理御。まずは謝らせてくれ」

「ごめんなさい。本当に申し訳なかったわ」


頭を下げているのだろう、ぱさりとお母様の髪が落ちる音が聞こえた。顔を少しだけ上げて、二人を見る。心からの謝罪なのだろうけれど、あたしの心に何ひとつ響いて来なかった。
まだ頭を上げようとしない二人に、諦めたように言う。


「…いいよ。もう」


あたしは、そんなのが聞きたいわけじゃない。
すると、お母様ががばっと顔を上げてあたしを見た。目が合う。ああ、やっぱりほんの少し、老けた。こんなときに不謹慎だけど、時間の流れを感じた。


「私達の話を聞いて頂戴。あの後、理御と…、別れて…京で小さなお店を始めたの」


初耳だ。お店、だなんて。知らなかった。知らなくて当然だけれど。
あたしがいないところで、お母様とお父様の人生が始まっていたんだと思うと、胸がちくりと痛んだ。


「でも、そのお店が少し前につぶれてしまって…何もかもを失って気がついたわ。理御がどれだけ大事な娘だったか。どれだけ馬鹿な事をしたか。どれだけ大きな過ちを犯したか」

「…」


やっと、お父様が頭を上げる。お父様も歳を取った。でも、あの頃と変わらない凛々しさを持っていた。
お父様は辛そうに口を開いた。


「そして、なんとか京にまたお店を持つ事が出来た。なんとかやっと安定した暮らしが送れそうになった。だから、けじめを…つけにきた。理御。本当にすまなかった」


再び頭を下げる。近藤さんがあたしを見る。
ずっと、ずっと、どうしても聞きたかった事がある。


「…なんで、あたしを捨てたの」


お母様がびくりと肩を跳ねさせた。


「それは………」

「あの時は…気が、狂っていた。正気じゃなかった」

「そんなの、理由になってない」


自然と口調が強まる。止まらなかった。ずっと、心のどこかに溜まってた物が吐き出される。トシが止めるのも聞かずに、机を叩いた。


「理御、落ち着」

「あたしは!ずっと待ってた、最後まで信じてた!帰って来てくれるって、これは嘘だって!でも、帰って来てくれなかったじゃない!!」

二人は何も言わない。反論の余地がないのだ。二人が黙り込む事で、ああ、あたしは捨てられたのだと、思い知らされた。


「…本当に…すまなかった…」

「あの時、気づけば良かったの……なんで、あんな事をしたのか、自分でも…」

「…!!遅いよ、もう手遅れだよ!今さら謝りに来たって、もう何年も経ってる!!あたしを救い出してくれたのは、お母様じゃない、お父様じゃない。近藤さん達なんだよ!なんであの時、あたしをっ…!」


立ち上がりかけたあたしの手を、近藤さんが掴む。


「理御ちゃん」

「っ…」


座り直す。また、しんと静まり返る。あたしは、怒りと諦めと悲しみとで、なんだかもう、ぐるぐるしていた。この場から去りたくなって、立ち上がろうと力を込めた時、お父様が言った。


「私達は……心の底から、反省している。そして、もし…許してくれるなら…どうか、もう一度チャンスをくれないか」


足から力が抜ける。あたしは理解出来ずにお父様を凝視する。何かを覚悟したような表情だった。


「やり直したいの。ここからは少し遠いけど、私達の家で一緒に暮らして欲しいの。もう一度…いちから…ううん、ゼロから…家族を始めたいのよ」

「もう一度、我が子を愛したいんだ、理御」

「…!!」


ぐっ、と下唇を噛む。
どれだけ、欲しかった言葉だったか。聞きたかった言葉だったか。もう一度、あの優しさに溢れた声で、名前を呼んで欲しかったんだ。
でも…
あたしは、無理矢理声を低くして、言い放った。


「…用件が済んだら帰って」

「理御…」

「私は、あなた達に捨てられた時、あなた達の娘の天海理御は捨てた。真選組副長補佐の天海理御に生まれ変わったの。だから、真選組副長補佐として生きて行く」


近藤さんとトシの視線を感じながらそう言うと、お母様はふっと目を閉じて、ゆっくりと開けた。


「…そう。でも、まだ結論づけずに、ゆっくり考えて頂戴。また来るわ」

「もう一度…やり直したいんだ。考えておいてくれ」


何回来られたって、何度聞かれたって、あたしはこう答えるだろう。だってあたしは、副長補佐天海理御なんだから。
視線を落として、膝に置いた拳をぐっと握る。その握りしめた手は、もう血が止まって、青白くなっていた。

二人はそこから去る直前、振り向いて、あたしを見た。


「あ…理御。一つだけ、最後にいい?」

「…?」


瞬きして先を促す。
お母様とお父様はにっこりと、微笑んだ。昔と何も変わらない笑顔で、嬉しそうに、でもどこか泣きそうに。


「大きく…なったね」

「立派に育ってくれて、良かった」

「「ありがとう」」


そう言い残して、今度こそ歩き出した。
ぎりぎりと歯を食いしばる。そうじゃないと、今にも涙がこぼれてしまいそうで。滲んで揺れる視界に、昔のような大きな背中が映った。







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